その後

 数日間は生きた心地がしなかった。探偵の仕事は依頼主の満足度によって報酬がかわった。例えば行方不明者をどの程度探し手がかりをみつければ報酬が得られるなど、かといって確実に見つけられる保証など、一介の探偵になどない事は明らかだ。だからあらかじめ細かくどの程度の時間、どの程度の成果を出せるか見積もりを出して相談して決める。

 その数日も人探しをしていたが、簡単なもので、認知症の老人が出歩いたので連れ戻してほしいというものだった。家人も厄介で面倒なのだろう、この依頼は何度もあったし、場所も決まり切っている。かつてその人(老婆)の夫とよくデートにいった喫茶店である。やはり、その日もその場所にいた、見覚えのある、二度と見たくない人影と一緒に。

「!!」

 私はあの日の、死神じみた人間―武器こそ持っていなかったが―それが、彼女の、老婆のすぐ横の席にすわって老婆のことをじっとみて、時折話しかけていることに気づいた。すぐさま姿を隠し、入口から彼女の様子をしばらくみていた。

(どうしよう、どうしてここに?私のほうが怪しいかな?)

 意味もない事ばかりが頭をかけめぐる、しかし、ふと思い出すことがあった。幼少期から、逃げてばかりだった、最も後悔が残るのは兄を助けられなかったことだ。むろんあの状態で助からなかったのだと誰もがいうが、死に行く兄のために、何もできず、彼の言葉さえも聞けなかったあの時の事を思い出す。そしてそれに踏ん切りをつけるため、勉強やら、探偵のいろはの研究だの学んだことを思い出した。

(ここで逃げてたまるか!!)

 今度こそ逃げない。たとえ自分が殺されることになっても、そう思って思い切って自動ドアの前にたち、私は戦慄した。

「いらっしゃい」

「!!!!」

 例の女は、先ほどの席をはなれ入口にいて私の事を待っていたのだった。私は始めこそ動揺したが女に言い放った。

「あなた、私の依頼者と何をしているんです?」

 女は一瞬唖然としたが、すぐに、くくっとわらっていった。

「あなた、面白いわね、とりあえず落ち着いて話しましょ」


 そして奇妙な三者向かい合っての話し合いが始まった。

「それで、どうして私を付け回すんです?」

「ヤダ、付け回すなんて、私そんな野暮じゃないわ」

「はあ……探偵だからわかりますよ、これは脅しですよね?何日も前から妙な気配が付きまとっている気はしていましたが、まさかあなただったとは、一体、何を恐れているのですか?」

 ぴくり、と女の繭が反応する、気に障ったのだろう。あえてそうしたのだ。本当のところはなしを終わらせて一刻も早くこのヤバそうな女から離れたかった。

「あなたはAIオズオスの規約に違反した」

「は?何の?」

「死神は姿を見られてはならない」

「…………」

 私は沈黙を決め込んだ。


 コーヒーにパンケーキを注文し、食べてしばらく考え、ようやく理解した。

「わかった、あなた私に責任を押し付けているんですね?」

「……プハッ」

 女は先ほど同様に奇妙な間をおいて噴き出した。

「何で笑うんですか?」

「アハハ、確かに正解かも、でもね、普通は見えないのよ〝光学迷彩〟をしている死神の姿なんて、あなた、なにか特殊な〝技能〟もしくは〝アイテム〟をつかったでしょ」

 私は沈黙した、心当たりがないわけではなかった。姉にもらった例の電子棒は、私の手によって少しの〝工夫〟を施されている。

「で、でもそれが何だっていうんです?」

「いえ、あなたが黙っていてくれればいいのよ、でも、もし何か余計なことをしたら―」

「したら?」

「殺すわよ」

 一瞬シーンとした空気が、カフェ店内を覆った、別にその言葉が響いたからではなく、ただ単に漠然とした雰囲気がその一帯を支配したようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイバーパンク・バイオレンス ボウガ @yumieimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る