第11話(終)

 夕方。

 いつもの、街。

 簾の、花の回廊。

 その、近く。


「そっか。この簾を守ろうとしてくれたんだね」


 彼。

 私の腕の中にいる。


「しねなかったな」


 腕のなかで。彼がもぞもぞと動く。


「しにたかった?」


「しにたかった。と、思う」


「そっか」


「でも。生きててよかったと、今、思ってる」


「そっか」


 腕の中。彼が、制止する。


「大丈夫かな、これ。動いたら顔3枚に割れたりしないかな」


「私がさわってる感じ、大丈夫だと思うけど」


「ちょっと、動きます。行きます」


 彼が、私のハグから逃れ出てきた。


「のうじるぶしゃぁしちゃうところだったね?」


「あぶねぇ。まじであぶねぇ。しぬところだった」


 綺麗な、彼の顔が、目の前にある。


「これ大丈夫なのか。自分では分かんないんだけど。ちゃんと顔くっついてる?」


「くっついてるよ。大丈夫。くっついてる」


 傷という傷は、お互いに、ない。


「殺したときの、ぐちゃぐちゃは?」


「なかった、と、思う」


「やっぱ刺し違えてたんだな」


 彼が、そこそこダメージを与えていたらしい。私が刺したのは、とどめだけだったのかも。



 彼が、何かに気付く。


「おい。どれぐらい経った?」


 花のほうを、見ている。


「1年と2、3ヶ月、かな」


「うわぁちょうど良い見頃じゃん」


 彼が、花のほうに走っていく。

 まるで。あの頃の私みたいに。


「おぉ暖簾の花が咲いてる。咲いてるよ。えらいねぇちゃんと咲けて」


 私も、彼のあとに続いて彼の隣に。


「むりだよ。あなたにぱりぴ陽きゃぎゃるは」


「無理でもやるんだよ。ぱりぴ陽きゃぎゃるにしか救えない世界があるんだから」


「いみわかんないよ?」


「助けてくれて、ありがとう。いつも感謝をくれて、ありがとう。ちょうど、任務でいなくなる前の日だっけか。そのときに、伝え忘れてた」


 思い出した。1年以上も前。なんだか、遠い昔のことのような。そんな感じがしてしまう。


「わかってた。わかってたよ。わかってたけど、はずくてまともに返せなかった」


「え、なに、はず、え、なに?」


 はずいが伝わらんか。


「やっぱ、ぱりぴ陽きゃぎゃるはむりだよ。わたしがやる。わたしがやるから」


「ぱりぴ陽きゃぎゃるってのは、難しいなあ」


 もうすぐ、夜。

 花房の周りを、わちゃわちゃと楽しそうに回る、ふたり。

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夕陽、花房の周り 春嵐 @aiot3110

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