第10話

 殺した。

 彼は無事だけど、顔は3つぐらいに裂かれている。

 街に戻るまでは、ちょっと時間がある。何より、このまま街に戻ると、彼の顔が裂ける。


「俺が。食われてたのか。おかしいな。刺し違えたと思ったのに」


 だんだん、彼が正気に戻ってきてる。良い傾向なのか、わるい傾向なのか。このまま戻ったら、間違いなく彼はしぬ。

 のうじるぶしゃぁ、しちゃう。


「そう。あなたは感情が大きくて、食われるまでここに留め置かれてたの」


 なんとかして。


「俺を食ってたやつは」


「私が殺した」


 なんとかして。彼の顔をもとに戻さなきゃ。


「待って」


 もとに。

 戻さなきゃ。

 って。


 まちがってる。


 よね。


 まちがってる。


「ごめんね。私。あなたに謝らないといけない」


 違う。

 彼を。彼の顔をもとに戻すのは。

 やってはいけない。


「あなたが。あなたに。あのとき、一緒にいてくださいって」


 このまま。彼の望むままに。眠らせるしか。私にできることは。ない。


「簾の、花のとき。はじめて会ったとき」


「うん?」


 彼。怪訝けげんそうな顔。


「簾?」


「そう。最初に。あなたに告白したのを、謝りたかった」


「なんで?」


「あなたのことを、私は何も知らないのに」


「いや、人生のなかでもなかなかの、いや一番の良い出来事だったけど。自分の中では」


「ごめんね」


「いや」


 彼が、黙る。


 いたいたしい、沈黙。


「そうだな。何て言おう」


 彼の言葉を、待つ。


「人生で、感謝された瞬間がなかった。なにひとつ。この顔のせいで、何も良いことがなかった」


 彼の言葉を、聞く。つらい。


「でも、一緒にいたら、延々と感謝されるんだもの。ぱりぴ陽きゃぎゃるって、すごいんだなって思った」


 でも。いまの私は。


「感謝してる。ありがとうって言いたいぐらいに。一緒にいて楽しかったし、これからも一緒にいたいと思ってる」


「でも。いまの私は」


「綺麗になった?」


「ぱりぴ陽きゃぎゃるじゃ、ない」


「じゃあ俺がぱりぴ陽きゃぎゃるになるしかないなぁ。見て見て。顔が3枚おろしっ。あれ」


 彼の顔が。


「あなたのことが好き。雰囲気も好き。顔も好き。あなたの顔も。顔が3つに裂かれていても。これから戻って、すぐにしぬとしても。それでも。好き」


 すり抜けるとしても、せめて。

 彼の顔を抱く。

 せめて。私の腕のなかで。

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