6.相席 ②
「
というか。
「ど、どこから聞いてた……!?」
迩愛はベンチを回り込んで、俺の前でしゃがんだ。
俺の心臓はまだばくばく鳴っている。
迩愛は自分の膝の上で頬杖をつき、ニコニコと微笑む。
「可愛いところあるんだね」
気の強そうなその声は、すこし鼻声だった。
「……は!? 何が!?」
ニタニタと下から覗き込まれ、俺は頬が熱くなるのを感じた。
さすがに可愛い。
どこかで
出かけたときはスッピンだったはずだが。
迩愛は俺の足元で座り込んだまま「ゴホン」と咳払いし、
「『30手前になってこれじゃいけないよ~』」
なにやら渋い声で、『課長の口真似』をする『俺の口真似』をした。
俺は悶絶する。
このまま気を失ってしまいたかった。
「捜しにきてくれたんだ」
俺の隣に掛けた迩愛は、手提げバッグを自分の横に置きながら、どこかそっけない口ぶりで言った。
「いや。ちっとも」
「ふうん」
迩愛はじっとりと俺を見る。
白い吐息が浮かんで消える。
少し間をおき、
「『…………マジであいつ、どこをほっつき歩いてんだ』」
今度は渋い声で俺の口真似をする。
「や、やめろ……!!」
顔から火が出るかと思った。今の俺ならライターなしでもタバコが吸えるだろう。
「ペットを飼うと独り言が増えるっていいますよね」
迩愛はまだにたにたしている。
「飼ってねえっつうのに……」
俺はそう返すので精一杯だった。
けらけら呑気に笑う迩愛の横顔を見ながら俺は、まるでこの世の心配事が一つ残らず消し去られたのではという気持ちだった。
まさに、胸の
でも同時に腹も立った。
「何してたんだよ」
俺は苛立ちを隠すことなく訊いた。
何時間も帰ってこないで。
化粧まで直して。
これだけ心配かけておいて、『薬局行ってました』は通用しない。
迩愛は、剥き出しの脚を両手で
「別に。ご飯食べてただけ」
「ネズミでも捕まえて食ってたんだろ」
「ま、そういう日もある」
「え!?」
俺はまじと迩愛の顔を見る。若干距離をとる。迩愛は噴き出した。
「ぶふっ。冗談に決まってるじゃん」
「いや、……いや、まぁ、そうか。家出中の身の上とはいえ、さすがにネズミは食わねえか……」
「あたし家猫じゃなくて野良猫でーす」
迩愛は軽い口調で答える。
なんだかアホらしくなってきた。
俺はこんなやつに振り回されてここまで来たのか。
「……はいはい。それで、何食ってきたんだ?」
せいぜいパンかおにぎりか。あるいはサバ缶か。
そう予想した俺は、迩愛の口にしたメニューに驚いた。
「んー、いっぱい。もち明太春巻きとか、たこ焼きとか、かつおの叩きとか。あと、意外なところでハンペンとか。あれはないな」
「は? なんだそれ? 居酒屋でも行ってきたのか?」
食文化を無視したその雑多な感じは、間違いなく『居酒屋』のそれである。
「まさにそう。居酒屋いってきました」
「な……、」
なんだそれは。
俺の中の『家出少女』のイメージ像とぜんぜんマッチしねえ。
それとも俺が古臭いだけなのか。家出というのはもっと、こう……貧しくて、ひもじくて、心細いものだと思っていた。
こいつ本当は家出してないんじゃ、とさえ思った。
これがジェネレーションギャップというやつか。
そういや昔、『ネオ・ニート』なんて言葉が流行ったか。ネットで金を稼ぐ引きこもりのことをそう呼んだ。
じゃぁこれは、『ネオ・家出』。
金に困っていない家出女子。そんな時代なのか。世間はそういう感じなのか。
「なに、お前けっこう金に余裕あんの?」
さっき俺の部屋でこいつの財布を見たが、中身までは見えなかった。
「まぁね。ご飯はタダだし」
「んなわけねえだろ。さすがにそこまで時代は変わってねえよ」
「え? 秋田さん、たまに話が飛ぶよね」
「い、いや……。時代のくだりは気にするな。そうじゃねえ。タダでそんな贅沢なメニューが出てくる店、あるわけねえだろって俺は言いたいんだ」
「本当だって。かかるの交通費くらいだよ。ここまで往復でワンコインだし」
経済的だよねー、と言って迩愛ははにかむ。
「二つ隣の駅にあるよ。あそこランチの時間から開いてていいんだ~」
「マジなのか……。なんだそれ。ふつうに俺も行きたいんだけど」
「や、それは、……無理かな。……ぶっちゃけると、男の人はむしろ『二倍払わないといけない』から」
迩愛はすこし歯切れの悪い言い方をして苦笑した。
俺はハッとする。
──それって。
「……もしかしてそれって、『相席居酒屋』のことか?」
迩愛は俺の問いには答えずに、小さな声で歌うようにつぶやいた。
「迷惑かけないって言ったよ」
きれいに
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