6.相席 ①


 ぼちぼち夜になる。


 近くのコンビニでライターを買い、吸えそうな場所を探した。


「なかなかねえもんだな」


 喫煙スペースだけでなく、迩愛にあも探さなくてはならない。


 駅の方面へ移動しながら探しているから、当然、ひとけも増えていく。


 道も土地も整理されたものに変わっていく。


 吸えそうな場所など見つかるはずがない。


「こんなに肩身狭かったかなぁ」


 他人事のように、そんなことを思った。




 駅前通りは軒を連ねる店の明りで、昼間と変わらない感覚で歩けた。


「買い物でもしてるとかか?」


 だとしたら相当呑気だ。


 こちらの気苦労も知らないで。


 どの店もちらほら客がいて、俺は店内に目を向けながらゆっくりと通り過ぎていく。


「……いねえか」


 駅にも寄ってみるが。


「この場所を探すのは最終手段にするか」


 人がわんさか溢れ返り、探す気も失せた。


 心当たりがあるとすれば。


(あんまり行きたくねえなあ……)


 そこへ行くということは、自分の中で『猫=迩愛』説を認めてしまうようなものなのだ。


 とはいえ。


 思い当たる場所は他になかった。


 俺は、猫と出会ったあの公園へと足を向けた。




 並木道に施されたイルミネーションの光を辿るように歩いていると、次第に街明かりが減っていった。


 交差点を曲がる車のヘッドライトに目をすがめる。


 俺は歩きながら、スマホを操作した。


「東京、女子高生、事件……と」


 見当違いなページばかり上がってくる。検索の仕方が悪いのだ。


 さっき部屋で見たニュースのせいで、妙な気分が続いている。胃が浮いたような気持ち悪さ。


 タバコを吸いたい気持ちがますます強くなる。




 公園に着いた。大した広さではない。


 広場にはいくつか遊具があり、四方が薄い木々で覆われている。


 ざっと見渡したが、迩愛は見つからなかった。


「いねえか……」


 落胆しつつも、どこかホッとした。


 やっぱり迩愛は猫ではないと。


 猫が人に化けるなど、物語の中でしかあってはならない。


 いろいろな思いに胸の内をそわそわさせながら、俺は隅にあったベンチに腰掛ける。




「……はぁ」


 疲れた。本当に。


 仕事のほうが百倍楽だと思う。


 これで捜しているのが恋人だったなら、まだ意義があるだろう。


 けれど俺が今見つけようとしているのは、うちに居候したがる家出中の女子高生だ。


 言うなれば『厄介事』だ。


 なにを自ら厄介を背負い込もうとしているのか。


 三連休をつぶしてまで。


「『30手前になってこれじゃいけないよ~』、ってか」


 口をいて出た課長の口真似に、俺は自分で笑ってしまった。


 何をやってんだ。


 嫁に逃げられ、猫に追いかけられ、JKに振り回され。


 これが27歳の男のやることか。


「……ははっ……」


 残念すぎる。俺はついに失笑した。




 コートから煙草の箱を引っ張り出す。


 買ったばかりの百円ライターを擦って吸いつけるが。 


「…………──っげっほ! げっほ!」


 せて、煙のほとんどを吐き出した。


「…………こ、こんなキツかったか?」


 唇に咥えたフィルターの感覚すら新鮮で、俺はあらためて煙草から遠ざかっていた期間を思い知る。


 今度は慎重に肺に入れた。吐き出した紫煙しえんが空へ立ち上って流れていく。


 夜空一面に雲が張っている。星が見える隙間もない。


 雪でも降ってきそうな寒々しい空だった。


 もう午後の六時を回っている。


「…………マジであいつ、どこをほっつき歩いてんだ」


 そういえば明日得意先に見せる資料の最終確認をまだしていない。


 帰ったらやんねえと。


 冷たい風が吹きつけた。


「……さみぃ」


 がさがさと葉音がして、足元を枯葉が飛んだ。


 マフラーを締め、首をすくめる。


 これ吸ったら帰るか。


 俺は深く煙を吸い込んだ。


 短くなったタバコの先で、橙色の火の粒が煌々こうこうと光り、






「お兄さん、隣の席空いてますか?」






「──ゲボァッ! ……ッハ、……ゲっフォッ!」


 盛大に煙とツバを吐き散らす。


 振り返ると、茂みの前に迩愛にあが立って、にたにた笑っていた。

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