4.隙間 ①


「この辺に薬局ってある?」


 迩愛にあは細い指で、自分の長い髪をきながら訊いた。


 さらさらになった髪を、片方の肩から流して撫でるようにまとめている。


「あるけど……まぁまぁ歩くぞ」


「いいよそれは。ぶらぶら歩くの好きだし」


「うーん……」


 俺は渋った。


 ぶらぶらされても困るのだ。


 できれば早いうちに、この家出少女と話をつけてしまいたかった。


 居候させるにしろ追い出すにしろ、決断するならもう少しこいつのことを知ってからがいい。


 明日からはまた仕事に行かなければならないし、そうなら話せるもんも話せなくなる。


 だから。


 ぶらぶらされては困る。




「なにが必要だ? うちにあるものなら使っていいぞ」


「そう? なら、ブラシある?」


「おう。待ってろ」


 俺は戸棚の抽斗ひきだしからくしを出して渡してやる。


 歯が直列になっている、薄い、板状のやつだ。


「あ……こういうのじゃなくて、もっと目の粗い、本当にブラシみたいなタイプのやつだと嬉しいんだけど」


「ないな」


 抽斗ひきだしをかき混ぜてみるが、それらしいものは見つからなかった。


「そっか。じゃぁヘアゴム……なんてないよね」


「ないだろうなぁ」


 そう言いながら俺は立ち上がった。


 千紗ちさのバスタオルが入っていた洗面下の戸棚を開ける。ワンチャン、あるとすればここだ。


「だめだ。ない」


「だよねぇ」


 いつの間にか迩愛が、俺の背後に移動してきていた。


「スキンケア用品とか、も、……あるわけないよねぇ。保湿クリームみたいな」


「絶対ない」


 さすがにそれは探すこともしなかった。


 保湿クリームは多分、千紗が持っていっただろう。


 千紗の所有物で俺が貰ってきた物といえば、『俺でも使えそうな物』だけだった。




「やっぱりあたし、薬局行ってこよっかな」


 そう言った迩愛は、スマホを手にしている。


 グーグルマップを開こうとしているのが容易に想像できてしまう。


 ──が。


「そうか。電池ないの忘れてた」


 しゅるっとブレザーのポケットにスマホをしまう。


「まぁいいや。適当に歩くよ」


「いや、俺も行くよ」


 思ったのだ。


 別にこいつと歩く姿を誰かに見られても、困ったことにはならないだろう。


 この辺りに友人はいないし、千紗も愛知の実家に戻っている。


 それに、俺は離婚してから住所を変えている。近隣に結婚していたことは知られていない。


 スーツ姿で出掛けるのでなければ、隣に女子高生が並んでいたとしても妙な目は向けられないんじゃないだろうか。


 俺なら『歳の離れた兄妹かな』くらいに思う。


 俺が一緒に付いて行ってやれば、その道中で迩愛と話すこともできる。


 打ち解けることができれば、このデタラメ女も、真実を話すかもしれない。


 むしろメリットの方が大きいのだ。


 と、そう思ったのだが。




「ううん。嬉しいけど、一人でいいよ」


 言葉とは裏腹に、迩愛はつまらなさそうな顔で抑揚なく言った。

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