最終話 二つの世界が繋がるとき

 アレンの屋敷を出た私は、事故に遭った場所の近くにある湖の畔に一人で立った。空にはあの日と同じように青い月が浮かんでいる。

 月が映された湖に手を浸けると、水の中とは思えない不思議な感触がした。風が吹き水面が揺れ、ミリユと紬の姿が交互に映し出された。ついに道が繋がったようだ。


「さようなら」


 私は別れを告げ、この世界でできた思い出を振り切るかのように、振り返ることなく湖に飛び込んだ。


 入れ替わった時のように意識が深く深く沈んでいく。

 こちらに来た時には何も感じなかったのに、温かな走馬燈が次々と頭の中を流れ始め、ずいぶんとたくさんの思い出ができたんだと思い知らされる。

 その時、紬にはミリユが、ミリユには紬が、それぞれの姿が見えた。


「ねぇ、つむぎ? そちらの世界で愛を知れた?」

「うん。この3年で一生分の愛をもらえて幸せだった。もう十分だよ。ミリユ、あとをお願いね。アレン様と二人で国を護って」

「うん……。なんかつむぎ、立派な女性に成長したね」

「……ありがとう。ねぇ、ミリユ? あなたこそ自由を楽しめた?」

「えぇ、本当に楽しかったわ。そうだ、ユキトがつむぎに会えるのを首を長くして待ってるわ」


 その言葉とは裏腹に、ミリユの顔には悲しみが浮かんでいる。


「ミリユ、もしかしてユキトのこと好きなんじゃない?」

「違う! ユキトはずっとつむぎのことだけを想ってた!」

「そうかしら? ねぇミリユ、上を見て」


 水面を見上げると必死な表情の幸人が見えた。


「つむぎ! いや、ミリユ! 待ってくれ! お前に伝えなきゃいけないことがあるんだ!」

「……ユキト?」

「今まで素直になれなくてゴメン! 俺、お前のことが好きなんだ! だから行くな!」

「ユキトのバカ……。今さらそんなこと言うなんて……」


 ミリユが私の方を見た。頬には涙が一筋流れている。

 

 次第に身体が重く、眠気に襲われ始める。


「ミリユ……、お別れの時間がきたみたい」

「つむぎ……」


 ミリユが何を考えているのか痛いほど分かる。私の頬にも温かな涙が流れた。


「「ありがとう」」 


 その言葉と同時に意識が急上昇を始め、次の瞬間、思い切り誰かに手によって身体を引き上げられた。


「ミリユ!」

「ゲホッゲホッ……」

「ミリユ、いやツムギ、大丈夫か!?」

「アレン様……騙してしまってごめんなさい」

「こちらこそ追い出してすまない。私はそなただからこそ愛せたんだ。だからずっと俺のそばにいてくれ」


 アレンはそう言うと力強く私を抱きしめた。



 一人で孤独を抱え、冷たく心を閉ざし、自由に憧れ、素直になれない、そんな幼かった私たち四人はともに時間を過ごし成長し、新たに守るべき大切なものを手に入れていた。

 だから私たちは元に戻る直前、『愛する人のそばにいたい』と願った。


 この世界に残った私はアレンと結婚し、将来の王妃として勉強に追われる日々を過ごしている。

 ミリユと幸人の二人も幸せに過ごしているのだろう。あの日以降何度ブルームーンが空に浮かんでも、二度と二つの世界が繋がることはなかった。



                          

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夜空に青い満月が浮かぶとき 元 蜜 @motomitsu

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