第6話 それぞれの別れの時

 私たちがそれぞれの世界に転生して3年が経った。

 ミリユとして過ごしたこの月日は私を大きく成長させた。孤独で愛情を知らなかった15歳の女の子が、家族や周囲からの愛情を受け、今や国民から慕われる人間にまでなれたのだ。


 終わりの日が近づくにつれ、ここから離れたくないという想いが強くなる。それはアレンに対しても同じ。アレンとは期間限定の恋だったのに、私は彼を心から愛してしまっていた。でも私はミリユの仮面を被った偽物。アレンの愛は本物のミリユに向けられたもの。だからこの気持ちは消さなきゃいけない。


 いよいよブルームーンの情報がもたらされた日、私はアレンの部屋を訪ねた。


「アレン様……、大事な話があります」

「どうしてそんな悲しそうな顔をしてるんだ? さぁ、こっちにおいで?」


 ソファーに座ると、いつもどおりアレンが後ろから優しく抱きしめてくれた。その感触に決心が揺らぐ。


「ワタクシ……、いや私はアレン様の知っているミリユではないんです」 

  

 私はこちらの世界に来た経緯、ミリユと入れ替わっていること、そして帰るべき場所があることをすべて話した。その間アレンは黙って話を聞いてくれたが、彼の瞳の奥の光は徐々に消えていった。


「ずっと……、この3年間、ずっと俺たちを騙していたのか?」

「ごめんなさい……」

「……出ていってくれ」


 部屋を出た私は、閉じられた扉の向こうにいる愛する人に別れを告げ、屋敷には戻らずそのまま湖に向かった。



◇ ◇ ◇


「ねぇユキト、今年の夏祭りも一緒に行こ?」

「おぉ、いいぞ。でも去年みたいに欲張って食いすぎるなよ?」


 幸人はスマホを取り出し夏祭りの日にちを調べ始めたが、すぐに別の記事に目が止まった。


「おいっ、夏祭りの日は3年ぶりのブルームーンだってよ!」

「そうみたいだね……」 

「じゃあ、お前がこっちに来てもう3年も経ったのかぁ。紬は元気にしてるかな〜」

「……もうすぐ会えるよ」

「え? なんて?」

「ううん、なんでもない」


 

 夏祭り当日、ワタクシは最後の思い出に浴衣を着た。幸人の記憶に少しでも残ってほしいという願いを込めて。

 

 二人で出店を回り、かき氷や綿あめ、焼きそばを一緒に食べた。そして、大きな破裂音を合図にいよいよ花火大会が始まった。

 夜空を見上げる幸人の瞳が、打ち上げられた花火によってキラキラと光輝く。その横顔に胸が締め付けられる。もうお別れの時だ。


「ねぇ、ユキト……大事な話があるの」

「なに?」

「紬は今夜こっちの世界に戻ってくるよ」

「……えっ?」


 ワタクシは、今夜のブルームーンでお互いの世界に戻る約束を紬としていることを伝えた。


「はっ……マジかよ……」

「ごめん」

「そっか……」

「止めてくれないの?」

「止めても仕方がないだろ? 紬にだって、お前にだって帰るべきところがあるんだし」

「そうだよね……」

「あぁ、そうだよ。あ〜、これでようやくお前にこき使われなくなるな!」


 幸人は笑って再び夜空を見上げた。

 黙ったまま花火を見ていると、この3年間の出来事が次々と思い出された。

 初めて学校に行った日、夏祭り、文化祭、体育祭、励まし合って乗り越えた高校受験――すべては大切な思い出。そしてこのすべてを幸人と一緒に作ってきた。


「ユキト、ずっとそばにいてくれてありがとう。おかげで3年間楽しかった。……大好きだよ」


 ワタクシはそこまで言うと、幸人の返事を待つことなく走り出した。

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