回復職詐欺(ヒーラースキーム)

如何ニモ

ヒーラースキーム

 冒険者、それは未踏の地やダンジョンを踏破せし者たちであれば、大地にはびこるモンスターを狩る者たちである。

 彼らはパーティーを組み、各々の得意な役職を全うし、お互いの力をかけ合わせて協力することで難しい困難をも打ち破る。

 

 さて、そんなパーティーの中で、もっとも重要なジョブはなんだろうか?

 敵を倒し、味方を守る前衛の戦士なのか。

 はたまた、強力な攻撃魔法で敵を蹴散らす魔術師なのか。

 機動力を活かした攻撃や、ダンジョンのギミックを解き明かす斥候(スカウト)?

 

 様々なジョブがあるなかで、冒険者の中で最も重要なジョブは決まっている。

 それは、回復職(ヒーラー)であると。

 

 □   □   □

 

 ダンジョンを探索する、若い冒険者のパーティー。

 彼らは若さに身を任せ、危険なダンジョンを攻略しようと先を急ぐのだが。

 

「おい、メイベル! なんで、まだアリシアを回復させてないんだ!!」

「すいません! まだ、時間がかかりますし、それにもう魔力が……」


 パーティーの長である、戦士アデルは非常に苛立っていた。

 雇っているヒーラーの女性:メイベルの手際が悪いことに。

 傷を負った魔術師のアリシアもまた、不満顔でメイベルの治療を受けている。

 

「あんた、もうちょっと頑張れないの? そんなんじゃ、まだダンジョンの奥にいけないじゃない」

「すいません……本当に魔力がもうないんです。このままだと、全滅しちゃいます……きゃっ!」


 パンっと頬を叩かれたメイベルは、杖を握りしめたままその場で倒れこんだ。

 痛む頬を手で押さえながら、目線を上げるとそこには怒りきったアデルの姿が。

 

「ふざけるな! お前がレベル低いせいで探索が全然進まないんだろ! もっと根性見せろよ!」

「ごめんなさい、これでも精一杯頑張って―――」

「口だけじゃなくて結果出せよ! ふざけんな!」


 ふうふうと鼻息荒く、アデルの怒りのボルテージは収まることを知らず。

 そんな彼を眺めていたアリシアと、トレジャーハンター職のベリルは白けた顔をしていた。

 

「まーた始まった……もういい加減、このやりとりやめようよ。メイベルがすっとろいのはいつものことだろ」

「そーね。もう私たちもうんざりなのよ。とりあえず、治療して、さっさとここから抜け出しましょう」


 居づらい気持ちを押し殺しながら、メイベルは治療を終える。

 そして、撤退の聖魔法をメイベルが唱えて、パーティー一同は街へと帰還した。

 

 

 

 

 次のダンジョン探索の予定が決まると、メイベルも冒険者ギルドへと赴いた。

 しかし、そこには見知らぬ男の冒険者が一人混じっていたのだ。

 

「おい、メイベル。お前みたいなどんくさいやつはうちにはいらないんだよ」

「その、一体どういうことですか……」


 アデルは非常に機嫌が良さそうに、近くに居た背の高い回復職らしい僧侶を首で指した。

 

「拙僧は、ポンジと申します。このパーティーのヒーラーをさせていただくことになりました」

「え? そんな、パーティーは4人じゃなきゃ、だめなんですよね……」

「そういうこと。お前はクビ。ポンジさんはベテランのヒーラーでお前より全然優秀だからな」


 話を聞くところによると、酒場で冒険がうまくいかないことを愚痴っていたアデルが、偶然話しかけられたポンジと意気投合し。彼をメイベルの代わりに、ヒーラーとして雇うことを決めたようだ。

 たしかに、メイベルよりも遥かにレベルが高く、その佇まいからもかなりの強者のオーラを放っている。

 そんな同役職と比べられたら、たしかにメイベルはお荷物と言われても、言い返せなかったのだ。

 

「そんな……」


 メイベルは気が弱かった。そして、自分がパーティーの足を引っ張っていたとも思っている。

 彼らの実力であれば、たしかにもう少し難易度の高いクエストも受けられただろう。

 それが出来なかったのは、ひとえにヒーラーの回復力不足が原因であることも……

 

 □   □   □

 

 退職金として少量の金貨と、失業保険を申請してきたメイベル。

 だが、その評定は非常にどんよりとしていて、かなり気が沈んでいたのだ。

 

「私が弱いのが悪かったのでしょうか……」


 メイベルは商家の娘であったが、生まれつき聖魔法の適正があった。

 両親の勧めで教会に入り、聖魔法を学んだ後に冒険者の道を選んだのである。

 冒険者は命がけの仕事だったため、親の反対もあったが、自立したかったメイベルは冒険者の門を叩いた。

 まだ未熟だった頃に出会った、最初の仲間がアデル達であった。

 

「ぐすっぐすっ、私って、冒険者向いてないのかなぁ……」


 昼間の町中で、噴水の縁に座りながらメイベルは泣いていた。

 パーティーだって、最初は各々研鑽しあい、一緒に頑張ってクエストをこなしてきた。

 当初はお互い未熟であり、お互いを思いやりながら戦ってきたのだが。

 次第に、パーティーのみんなは上昇志向に取り憑かれ、一流の冒険者を目指そうと励みだしたのだ。

 それゆえに無茶な行動も増えて、傷も増えて。ヒーラーの仕事がかなり負担になってきた。

 

「私いっぱい頑張りましたよ! この6年間……なのに、なんで」


 パーティーにとって、回復職は継戦能力を支える役職と言ってもいい。

 回復能力によって行動できる範囲は決まり、どれだけ冒険者が強くても体力がなければ全滅しかねないのだ。

 メイベルは特筆して優れた能力はないが、劣ったヒーラーではない。

 それでも、アデル達は彼女を無能だと突き放したのである。

 

「そこの君、大丈夫?」

「ふえ? あっ、大丈夫です……その、お気になさらず」


 隣を振り返ると、そこには女の冒険者が居た。

 背中に大きな剣と盾を背負った、赤髪の明るそうな女の子だった。


「女の子がそんなめそめそ泣いてたら気になっちゃうよ。同じ冒険者みたいだし、なにかあったの?」

「……パーティーをクビになってしまったんです」


 自分の身の上話と、そしてパーティーの話。それらを全て打ち明けた。

 ちょうど誰かに愚痴を聞いてもらいたかったのもあるのだろう。

 見知らぬ相手であるのにも関わらず、メイベルはすらすらと饒舌に語った。

 

「私、たしかにどんくさいですけど、皆さんだって無駄にダメージ負ったりしてて」

「うんうん、それは良くないねぇ」

「そうですよね! 私だってパーティーの一員として精一杯頑張ってきましたよ! それなのに……」


 それなのに、パーティーを除名されてしまった。それがあまりにも悲しくて仕方なかったのだ。

 話をうんうんと真摯に聞いてくれた女冒険者の顔を見る。少し年上のお姉さんといった感じだった。

 

「メイベルちゃんは悪くないよ~~お姉さんはね、ヒーラーにちょっと酷い目にあってさ」

「ヒーラーにですか? それは、やっぱり、私みたいに……」

「いやいや! そうじゃないそうじゃない。メイベルちゃん、冒険者にとって一番重要な役職ってなんだと思う?」


 冒険者のお姉さんの問に、メイベルはうーんと悩む。

 当初、冒険者を志していた時に、教会の人間に言われたことがあった。


『ヒーラーはパーティーにとって最も大事なジョブだ。心優しいお前は回復職としてのかけがえの無い素質があるのだよ』と。


 その言葉の意味が未だに分からず、せいぜい支援職ぐらいの価値しか無いとメイベルは思いこんでいた。

 

「やっぱり、前衛でみんなのターゲットを取ってくれる前衛職ですかね」

「ははっ、そりゃ後衛やってくれる魔法使いや、罠や宝箱、マッピングしてくれる斥候も大事だよ? でもね、本当に一番重要なのはヒーラーなの」

「え? でも、ヒーラーって、仲間を回復したりバフかけたりするだけで、戦闘にはあまり関わらないですし」

「何言ってるの? ヒーラーが居ないと、パーティーはダメージを回復出来なくて、全滅しちゃうじゃん。パーティーの命綱はヒーラーが担っているといっても過言ではない。一番、本当に大事なのはヒーラーなんだよ!」


 そう熱く語るお姉さんに気後れしながら、メイベルは杖をぎゅっと握りしめた。

 

「うちさ、ヒーラー追い出してから、冒険者パーティー休止中なの」

「そう、だったんですか……」

「そのヒーラーがほんとマジでクソでさ。こっちの命握ってるからってセクハラしてきてたのよ」

「セクハラですか?」

「治療と称して女の子の体に触ったり、男だったら適当に中途半端な治療しかしなかったり。モテると思ってんのか、私とか他の子にめっちゃナンパしてきてさ。ほんとやになっちゃう。それでね、一番やばかったのが―――」


 怒りに震えているのか、次の言葉に詰まるお姉さんをメイベルは心配そうに覗き込む。

 すると、震えが収まったのか、はあっとため息を付いてお姉さんは語りだした。

 

「パーティーが全滅仕掛けた時にね、そいつが「後で一発ヤラせてくれたら助けてやる」って言い出して……そん時はこいつって思ったけど、命が掛かってたからさ、必死に悔しさ押し殺して「いいよ」って言ったの」

「ええ!? そ、それで、その、ヤっちゃったんですか?」

「なわけないじゃん。帰ったらそいつボッコボコにしてやってさ、パーティーから追い出してやったわ!」


 はははっと快活に笑うお姉さんを見て、メイベルも小さく笑った。

 

「もし、あの時に「いいよ」って平気な顔して言わなかったらさ、どうなってたと思う?」

「………ぞっとしますね」

「でしょ~あの時の私、マジでいい命乞いしたと思うわ。まあ、そんなだからさ。ヒーラーって本当は怖いんだ」


 お姉さんの話を聞いて、メイベルは心が詰まる思いだった。

 そんな酷い人が、ヒーラーをしているだなんてという、恐ろしさと怒りが混ざり合った感情。

 

 だが、メイベルが思っている以上に、ヒーラーの中には更に邪悪な者はいくらでも存在しているのだ。

 

 □   □   □

 

 何もかもがトントン拍子にすすんでいる。冒険者アデルはそう思い込んでいた。

 それも、メイベルというどんくさい無能を追い出し、新たに雇ったヒーラーがかなり有能だったのだ。

 今まで攻略に行けなかった場所にも行けるようになり、多少無茶をしてもポンジが治してくれる。

 

 そう、ポンジが治してくれるはずだった。

 

「いやあ、拙僧としましては、このまま皆さんに死んでいただけると嬉しいんですよ」


 それは、ポンジが加入して3か月のこと。ギルドで本加入の申請も済ませた後だった。

 新生パーティーとして、もっと高難易度の階層に挑戦しようとアデルが調子に乗ったのがまずかったのだ。

 敵は予想以上に強く、運悪く階層のボスキャラと遭遇してしまい、パーティーは壊滅状態。

 魔法使いのアリシアはボスキャラの吐く炎で大やけどを負い、ベリルは巨大な尻尾の薙ぎ払いで全身の骨が折れている。

 アデルはすっかり縮み上がっており、傷だらけの体は動けるのがやっとといったところ。

 

「何言ってるんだよ、ふざけんな! 早く、早く治療しろよぉお!!」


 ボスの火竜は口からさらに大量の炎を辺り一面に振りまく。

 

「ひぃい!!」


 アデルは怯え切った表情を浮かべながら、遮蔽物へと隠れるが。

 さらにその後ろでは、無傷でニコニコと笑みを浮かべるポンジが眺めていた。

 彼は途中から、なにかにつけて命令を無視し、パーティーの回復をせず。そして、今の惨状になった。

 

「まったく、たいして力もない若手の冒険者が、無茶なんてするからですよ。いや、そういう人たちが、私のカモになるのですが」

「早く助けろ!! このままじゃ、お前だって死ぬかもしれないんだぞ!」

「はは、拙僧はそんなミスはしませんよ……それに、脱出の魔法は聖魔法ですから、私だけ逃げることだってできますよ?」


 ぞくっと背筋が凍る。今目の前にいるモンスターよりも、さらに凶悪な怪物が1人いることに。

 

「冒険者保険ってごぞんじですよね? 冒険歴5年目の冒険者が加入させられる保険です」

「一体、何の話をしてるんだよ!」

「冒険で得た報酬の3割がギルドに流れるのですが、あれは様々な社会福利の他に、死亡保険も兼ねてるんですよ」

「はあ!? それが一体……」


 アデルは死亡保険という単語を聞いた瞬間、自分たちがポンジにハメられたことを察した。

 

「死んだ冒険者の遺産と多額の保険料は、その冒険者の遺族や与えたい人物へと送金されることになっております。しかし、残ったパーティーの仲間に対しても一部そのお金が入ってくるのです。これがなかなかバカにならない金額でしてね?」

「まさか、俺たちを危険な冒険に連れ出すように仕向けて、保険金殺人で金を得ようとしてるのか!?」

「人聞きの悪い。拙僧自身は手を下しませんよ。そこのモンスターがあなたを殺すのです」


 ごわあっと雄たけびを上げた火竜は大きな爪でアデルの肉体を切り裂く。

 鎧はひしゃげ、あばら骨は切り裂かれ。そして、そのまま大量の血を胸から噴き出して倒れこんだ。

 

「あははっ、これで拙僧以外のメンバーは死んでしまいましたね。いえ、ほんと実に残念……ぐふふ」


 残ったメンバーも、火竜に食べられるか、それとも他のモンスターの餌食にされるか。

 そんなことはポンジにとってさほど興味はなかった。

 興味があるのは、目の間にいるカモがちゃんと死んでくれるかどうかだ。

 

「まったく、若い冒険者というのは疑うことをしらない。ヒーラーはパーティーの命綱と昔から決まっているでしょうに」


 ポンジは死亡を確認した後、ゆうゆうと帰還魔法を唱えて見せた。

 

「命を握られているとは思わないだなんて、本当にバカなカモですよ」



 □   □   □

 

 その後、ポンジはギルドにパーティーが全滅したことを涙ながらに説明し、後日死亡が確認されたのちに多額の保険金を受け取っていた。

 本来、この死亡保険は、死にやすい冒険者稼業の福利厚生の為に行われていたもので、決して詐欺の為に使用されるためのものではなかった。

 そのため、保険金目当ての仲間殺しが起きないように、冒険者になってから5年経たないと、保険に入れないという制約を設けていたのだが……ポンジのようなヒーラーが後を絶たないのである。

 確かに、ヒーラー以外の保険金殺人がないわけではないが、ヒーラーが疑われない理由として、「戦闘能力がない」ことが後押ししているようだ。

 冒険者ギルド側もなんとなく不審がってはいるが、いまだにヒーラーによる詐欺への立件とは至っていない。

 

 だが、後世では、この手口のことを回復職詐欺(ヒーラースキーム)という名で呼ばれることになる。

 

「メイベル~冒険に行こう! 今日は美味しいモンスターを捕まえるわよ!」

「はい、マーレさん!」


 あれから、メイベルは冒険者のお姉さんことマーレと意気投合し、彼女たちのパーティーに加入した。

 レベルはマーレたちの方が一段階高かったのだが、メイベルは大事にされ、パーティーの一員として今日も日々冒険をしている。

 

「あんたが来てくれて本当によかったわ。ありがとうメイベル」

「私こそ、マーレさんが助けてくれなかったら……」

「ま、昔のことは忘れて、がんばりましょう!」

「おー!」


 メイベルには特筆すべき才能があった。それは、善良であること。

 ヒーラーという役職を利用して、他のパーティーに害をなさないのはとてつもない才能の一つなのだ。

 人の命を握る職業故に、人をたやすく操り、殺すことも出来るのがヒーラー。

 

 

 絶対に、回復職(ヒーラー)は能力ではなく、人間性を選ばないといけない職業なのである。

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回復職詐欺(ヒーラースキーム) 如何ニモ @eureikar

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