同居する少女

三鹿ショート

同居する少女

 恋人の自宅を初めて訪れた際、私は見知らぬ少女を目にした。

 恋人から説明を聞いていなかったが、親類と同居しているのだろうかと考えたため、特に指摘をすることなく、私は彼女に頭を下げた。

 私のその行動を見て、恋人は首を傾げながら、

「何をしているのですか」

 そのような反応は想像していなかったが、私は彼女を指差すと、

「あの子は、きみの関係者ではないのか」

 私がそう問うたところ、恋人は困惑した表情を浮かべた。

「恐くなるようなことを言わないでください。この家に住んでいる人間は、私だけなのですから」

 私は改めて、彼女に目を向ける。

 彼女は私の恋人の言葉が正しいかのように、頷いた。


***


 恋人が入浴している間、私は彼女に声をかけた。

「きみは、何者だ。俗に言う、霊的な存在なのか」

 私がそう発問すると、彼女は首肯を返した。

「その通りです。私の肉体は既に失われていますが、精神だけはこの場所に存在しているのです」

「何故、この場所なのだ」

 その問いを聞くと、彼女は不機嫌を露わにしながら、

「原因は、あなたの恋人にあるのです」

「原因とは」

「あなたの恋人は、この世界に誕生する前の段階で、私のことを排除したのです」

 即座に理解することは出来なかったが、やがて彼女の言葉を飲み込むと、私は首を横に振った。

「私の恋人は、そのようなことをする人間ではない。それほどのことを経験しているのならば、私に伝えているはずだ」

 彼女は私のことを鼻で笑った。

「無知というものは幸福ですね。愚かとも言い換えることができますが」

「何とでも言うが良い。きみの妄言に付き合うほど、私は暇では無いのだ」

 私が踵を返そうとしたところで、彼女は私に告げた。

「では、あなたの恋人があなた以外の異性と身体を重ねているということも、知らないのでしょうね」

 私は思わず振り返ってしまった。

 その反応を見て、彼女は笑みを浮かべる。

「私はこの場所から動くことが出来ませんが、この場所で起こったことは、全て目にしています。三日前、あなたでは無い異性とあなたの恋人が愛し合っているところを、私は見ているのです」

 三日前といえば、休日であるにも関わらず、私が出勤することになってしまった日である。

 まさか、それを幸いとして、私の恋人は裏切っていたとでもいうのだろうか。

 そこまで考えたところで、私は頭を左右に振り、恋人に対する疑いを消した。

「それも虚言だろう。何が目的なのかは不明だが、それ以上余計なことを口にしないでくれ」

「では、同じような状況を作った際にどう行動するのかを見れば良いでしょう。結果は見ずとも分かることですが」

 彼女の笑みが癪に障ったため、私は彼女に従い、恋人に対する疑惑を払うことにした。


***


 結論から言えば、彼女は正しかった。

 出張で一週間ほど会うことができないと恋人に告げると、私は恋人の自宅に存在する押し入れに身を潜めた。

 真実をこの目で見た後で、どのように彼女のことを責めようかと考えていたのだが、私が見たものは、恋人の裏切りだった。

 押し入れから飛び出し、恋人とその浮気相手を殴りたかったが、それでは私が不利な状況と化してしまう。

 震える拳を抑え、私は二人が自宅を出るまで待ち続けた。

 そして、二人が消えると、私は彼女に問うた。

「どうすれば、我が恋人の裏切りに対する怒りを晴らすことができるだろうか」

 私の言葉を聞くと、彼女は醜悪な笑みを浮かべた。


***


 恋人とその浮気相手が身体を重ねている場面を記録すると、私はその映像を二人の職場や知り合いに送りつけた。

 二人は自分たちの痴態が多くの人間の知るところになったことに衝撃を受けた様子で、恋人は私に対して一方的に別れを告げると、何処か遠くへと引き越していった。

 恋人の姿が消えた後、私は彼女に頭を下げた。

「きみの助言が無ければ、私は今後も騙され続けていたかもしれない。礼を言う」

 彼女は清々しいほどの笑顔で、

「気にすることはありません。あのような女性は、痛い目に遭うべきなのです」

「何か礼をしたいところだが、残念ながら、きみは生者ではない。それでも、私に出来ることはあるだろうか」

 私がそう尋ねると、彼女は首を横に振った。

「互いに良い気分と化すことができたのです。それで充分でしょう」

 私は再び彼女に感謝の言葉を告げると、その場を後にした。


***


 後で知ったことだが、恋人が住んでいた場所は、いわくつきだったらしい。

 話によると、かつてあの場所には母親と娘の二人が住んでいた。

 母親は自らの身体を売って生計を立てていたが、老いるにつれて、客がどんどん減っていってしまった。

 そこで、母親は娘を利用することにした。

 娘は拒否したが、その抵抗など高が知れている。

 玩具のように汚されていく生活に嫌気が差したのか、娘は寝ている母親の首を刃物で突き刺すと、自宅に火を放ち、共にこの世を去ったのだった。

 その娘の写真を見て、私は驚きのあまり、声を出すことができなくなってしまった。

 何故なら、その娘の顔が、彼女と瓜二つだったからだ。

 そうなると、話は変わってくる。

 彼女が私の恋人の悪事を暴いたのは、自身の母親のような悪人を放っておくことができなかったことが理由なのではないか。

 私の恋人の娘だと偽ったのは、己に関心を向けさせるためであり、話の内容はどうでもよかったのではないか。

 私は、彼女に同情した。

 彼女は今後も、あの部屋に住むことになる女性たちの悪事を暴くのだろう。

 それは素晴らしいことではあるが、彼女は何時までそのようなことを続けるつもりなのだろうか。

 ある意味で、彼女は死後も母親に苦しめられているということになる。

 気晴らしになれば良いと思い、私は彼女の話し相手になろうと考えた。

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