第3話 食べられる

 お腹の音が鳴り、我に返る。


 やはり、アイスだけでは足りなかったようだ。


 頬を流れる涙を拭う。


 姉はどこで何をしているのだろうか。なぜ会いに来てくれないのだろうか。


 最悪な予想が頭に浮かんだ。


 あいつらは話の通じる相手では無い、何を考えているのか分からない。


 まさか・・・・・・。


 姉の安否を確認したいが、その方法が分からなかった。


 私はいつまでこの部屋に閉じこもっていなければいけないのだろうか?


 考えがぐしゃぐしゃに絡まり合って、頭の中が熱くなる。ネガティブになるのは私の悪い癖だ。


「よしっ!」


 わざと大きな声を出して気合を入れる。考えてもどうせ答えは出ない、気持ちを切り替えよう。


 今日はチートデイにしよう!


 つまりは何でも好きなだけ食べて良い日にしよう。


 たまにはそういう日を作って、ストレスを発散させるのも大切だ。


 さっそく立ち上がり、冷凍庫から茄子のミートソースパスタを取り出す。


 レンジにセットしてスタートボタンを押す。


 温まるまでの時間が待ちきれず、ポテトチップとプリンを取り出しテーブルに並べる、飲み物はオレンジジュースにしよう。


 なんだかパーティーみたいで楽しくなってきた。よし、今夜はお腹いっぱいになるまで食べるぞ!


 ポテトチップの袋を開け、手を突っ込む、一気に三枚掴んで口の中に放り込んだ。


 ザクザクとした食感の後にサワークリームオニオンの味が口の中いっぱいに広がる。


 食べている間だけは余計な事を考えずにいられる、幸せな時間だった。




 リリリリン、リリリリン。


 聞き慣れた目覚ましのアラーム音が響いている、朝の七時だ。


 目を開けると、テーブルの上には昨日の夜に暴食した残骸が山の様に積まれていた。


 普段なら部屋の掃除も寝ている間にやってくれるのだが、私が夜遅くまで起きていたから出来なかったのだろうか?


 耳障りなアラームが鳴り続けている。


 布団をどけて、ゆっくりと上半身を起こす、寝不足と胃もたれで体は気だるさに包まれていた。


 立ち上がり、部屋の隅に置いてある大きな体重計の上に乗った。


 体重計に乗るとアラーム音が消え、目の前の液晶画面の数値が上がっていく、八十キロを少し過ぎた所で止まった。


 予想はしていたが、ついにやってしまった。


 今日から本格的にダイエットを始めよう、とりあえずは五キロ減らす事を目標にしよう。


 それにしても何で毎朝、体重計に乗らなければアラーム音が止まらないシステムなのだろうか?


 毎度の事ながら面倒臭くて仕方がない。


 そんな不満を抱きながらも、寝ている間に補充された食品を確認するために冷蔵庫へ向かう。 


 「コンコン」


 背後で扉をノックする音が聞こえた。


 恐怖で体が硬直する、膝が震えて立っているのもままならない。


 「ガチャ、ガチャリ」


 扉がゆっくりと開き始める。


 首を左右に振り、隠れる場所を探したが狭い室内にそんな場所は見当たらなかった。


 日中にこの扉が開くのは、姉が出て行った二年前以来だった。


 頭が真っ白になりながらも一縷の望みをかけて声を張り上げた。


「ねぇ、誰なの! お姉ちゃん? お姉ちゃんだよね!? やっと、私を迎えに来てくれたんでしょ?」


 扉を屈むようにして二メートル近い巨体が入ってきた、あいつらだ。


 いつも寝ているタイミングで食料を補充しに来るため、その姿を見るのは久し振りだった。


 明るい場所でじっくりと見ると、その造形はやはり恐怖そのものだった。


 手脚は長く筋肉質で、皮膚は緑色で体毛は生えていない。頭部には赤い大きな目玉が二つあり、耳の横まで開いた口の両端には牙が生えていた。まるで、人型の巨大なカマキリのようだ。


 突然別の星からやって来て、地球人と戦争を始めた宇宙人。


 私達姉妹を傷付けて、この部屋に閉じ込めた張本人だった。


 宇宙人は口の部分を僅かに動かしながら、奇妙な高い声で語りかけてくる。


「オネエサンガ、ソトデマッテイマス。ヘヤヲデテクダサイ」


「本当にお姉ちゃんがいるの? もう暴力を受けるのは嫌よ」


「ホントウデス。ボウリョクハシマセン、センソウハ、オワリマシタ。ニホンセイフトワカイシマシタ。ホリョヲカイホウシマス」


 やっと戦争は終わったのか、安堵で体中の力が抜けて床に座り込む。


 まさか、地球人側の捕虜としてこの部屋に閉じ込められていたとは知らなかった。


 そう考え直すと、この五年間で暴力を受けた事は一度も無かった。


 もしかしたら、本当に姉に会えるかも知れない。わずかに芽生えた希望はすぐに胸一杯に広がった。


 座り込んだ私を起こそうと宇宙人は緑色をした長い手を差し出してくる。


 さすがに直接触れるのはまだ怖かったので「大丈夫です、ありがとう」と伝え、自力で立ち上がると開いた扉の方へと向かう。


 部屋の外に出るのは五年ぶりだった。


 長い廊下の両サイドには、数え切れない数の扉が並んでいた。


 おそらく、その一つ一つが捕虜の監禁された部屋なのだろう。


「お姉ちゃんは何処にいるの?」


「コッチデス、ツイテキテクダサイ」


 素直に宇宙人の後をついていく。五分ほど歩くと大きな扉の前に着いた。


 宇宙人が扉を開けてくれたので、中を覗き込む。


 その部屋には同じ様な姿の宇宙人が四体いた。


 大きい体の宇宙人が二体、小さい体の宇宙人が二体、家族だろうか?


 言葉は理解出来なかったが、どうやら歓迎されている雰囲気を感じる。


 恐る恐る中に入ると、テーブルの上には様々な料理のような物が並んでいるのが見えた。


 これからパーティーでも始まりそうな感じだった。


 もしかして、私たち姉妹の再会を祝ってくれるのだろうか?


 後ろにいた宇宙人が顔を覗き込んできた。


「オネエサンハスグニキマス、イスニスワッテ、マッテイテクダサイ」


 宇宙人に促されるまま椅子に座る、テーブルの上には色とりどりの野菜が皿の上に盛られていた。


 四体の宇宙人が私をじろじろと見てくる。


 椅子から妙な甘い香りが漂ってきた、それを嗅いでいると次第に頭がぼーっとしてくる。


 気付いた時にはもう体に力が入らず、指先すら動かせなかった。


 歯医者にある椅子のように背もたれが自動で倒れていき、体が仰向けのまま横になった。


 唯一動く眼球で周囲を見渡す、四体の宇宙人が側まで近付いて来ていた。


 小さい体の宇宙人が私の腹を指で突っついた、大きい宇宙人がそれをたしなめる。


 悲鳴をあげようとしたが弛緩した口からは何の声も出なかった、心の中で姉を呼ぶ。


「お姉ちゃん助けて! お姉ちゃん助けて!」


 宇宙人達の表情は変わらないが、幸せそうな雰囲気は感じ取れた。


 寝ている私を囲むように立つと、全員で両手を合わせて、頭を下げた。


 なにやら祈りのようなものを捧げている様に見える。


 四人の宇宙人は声を合わせて、呟いた。


「イタダキマス」


 その言葉を聞いて、物分かりの悪い私もやっと状況を理解した。


 意識が遠のき、目の前が暗くなった。

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食べる幸せ噛み締めて 大北 猫草 @okitanekokusa

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