第15話 最終話 本当の思いやり

 司教が帰った後で、美羽は街に繰り出していた。久しぶりの梅雨の晴れ間だ。街は6月も半ばになるともう初夏を意識して、店のショーウィンドウはまるで夏に向けていくかのように、涼しそうで軽やかな飾り付けがなされている。

 マネキンが着ているのは、色とりどりの露出多めのワンピースやシャツだ。長い梅雨が開ければもうすぐ開放的な夏が来ると気持ちを明るくさせる。


 美羽はデパートのエスカレーターを上に上にと上がってメンズフロアに来ていた。沢山ある商品に目を奪われながらも、美羽は目的の場所にまっすぐ向かっていった。


 ショーケースの中の商品を何点か出してもらい、散々吟味した後で、やっと笑顔になった。

「あぁ、これがいいわ。これなら裕くんも気に入るかも」


 美羽は丁寧に包まれた裕星への贈り物を胸に、裕星の笑顔のことだけを考えながら軽快な足取りで帰路についたのだった。




 マンションに先に着いていたのは裕星の方だった。先にシャワーを浴びて、少し緊張気味に美羽を待っていた。


 美羽が鍵を開ける音がした。裕星はコホンと一つ咳払いをして、急いでソファーでくつろいでいるふりで待っている。



「あら? 裕くん先に帰っていたの? お疲れ様でした」


 心なしか美羽もどこか余所余所よそよそしい。



「なあ、美羽、食事の前にちょっとこっちに来て」



「なあに?」



「ん? ちょっと話があるんだ」



「それじゃ、ちょっと待ってて、私も話があるの。手を洗って着替えたら行くわ」



 裕星はソファーに座ったまま美羽がリビングに来るまでの5分間がまるで一時間のようにも感じて、れったくなっていると、「裕くん、これプレゼント」と美羽が裕星の隣に急いで座った。


「これ、私から日頃のお礼の気持ちよ!」



 裕星は驚いて目を見張っていたが、背中からそっと包みを取り出すと「俺からもプレゼントだよ」と美羽の目の前に出した。



 実は美羽がデパートを訪れていた頃、裕星はアメニティを売っている店に来ていた。

 美羽への贈り物を探していたのだ。初めて入る店は、まるで男性客けなのかとでも思えるほど、こってりとしたパステルカラーの可愛らしい内装と陳列になっている。


 裕星は目深まぶかに帽子を被り、サングラスを掛けると、ふうと息を吐いて決心したように中に入った。


 あちこち探すのも面倒な上、一刻も早くこの場を去りたい裕星は、店員に耳打ちして目当ての商品棚に案内してもらった。

 数ある商品の裏に書かれている説明書きの一つ一つを目を細めながら読むと、その中の一つを手に取ったのだった。





 二人は、この日同時にプレゼントを用意していたことに驚きながらも、いつものようなシンクロに二人顔を見合わせ大笑いした。



「裕くんもだったの?」


「中身はなんだ?」


「裕くんの必要なもの、だといいな」


「俺の方も、美羽が喜んでくれることを祈るよ」



 同時に包みを開けると、同時に声が出た。

「わあ、これ、欲しかったんだ!」


 裕星の手には、しっかりとした素材と機能性を重視した革財布が、美羽の手には、潤いと肌荒れに効果のある香りのいいハンドクリームとボディクリームのセットがあった。





「裕くん、私がいつも手荒れしていたこと気付いていたのね? ありがとう」


「俺の方も、あの財布は俺がデビューした時に、自分への褒美として奮発して買ってからずっとそれだけを使ってたからな。時間がなくてまだ一度も買い換えてなかったんだ。そろそろ買おうかと思っていたところだったよ。ありがとう」


「裕くんが買ったものほど高価じゃないけど、私がちゃんと選んだお財布なの。良かったら使ってね」



「俺も、日頃、文句も言わないで働いている美羽のことを、何の苦労してなくても十分綺麗だって思っていたけど、毎日手入れする時間もないのに頑張っていたんだな、と気付いたよ。

 これも、俺たちが思いもよらず入れ替わったからこそ、お互いの見えない悩みが分かったんだな」



「うん。裕くんだって、プライベートがなくなるくらい忙しくて……。それなのにプライベートの時にファンの方に会っても無下むげにするわけにはいかない葛藤かっとうがたくさんあったのよね?

 モテていいな、くらいにしか思ってなかった私の考えは浅はかだったわ」






 その晩、二人がベランダに出て夜空を見上げると、真っ黒な夜空に張り付いている星たちがあちらこちらでチカチカと瞬いているのが見えた。二人はそっと寄り添い、温かいカフェオレを手に、尽きることにない話で夜が更けていったのだった。







 運命のツインレイシリーズPart14『男女入れ替わり編』終

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運命のツインレイシリーズPart14『男女入れ替わり編』 星の‪りの @lino-hoshi

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