第14話 大天使の仕事
「え? お仕事って?」
「ほら、最近おかしなことはなかった?」
美羽は一瞬考え込んだが、「―—あっ、もしかして、私と裕くんの体を入れ替えたのは、
すると、その声でまたシスターたちが一斉に美羽に注目したが、美羽が何でもない、と慌てて手を振ってジェスチャーすると、彼女たちは首を傾げながらまた仕事に戻ったのだった。本当に彼女たちには来栖が見えていないようだ。
「ふふ、そうだよ。あれは僕から二人へのプレゼントだったんだ」
「プレゼントって……私たち、そのせいでとっても困ってたんですよ! もし元に戻れなければどうやって生きていこうかってまで考えて、本当に大変だったんですから!」
美羽はいつにも増して強い口調で言った。
「あれ? そんなに怒られることだったかな? だって、裕星さんとお互いのことをもっとよく理解したいって前に美羽さん言ってたでしょ? だから叶えてあげたのに……」
「そ、それはものの言いようよ。まさかあんなことになるなんて――でも、もういいわ。あなたの仕業なら悪意はないものね」と美羽が仕方ないというように苦笑した。
「悪意? 僕と悪は真逆のものですよ。それよりも、さっきも言ったけど、今日はお祝いしてほしくて来たんだ。僕ね、とうとう大天使から
例えがピンとこなかったが、美羽は手を叩いて来栖を祝福した。
「すごいわ! 来栖さんは人間のことが大好きだし、私がピンチの時に何度も助けてくれたもの。本当におめでとうございます!」
すると、来栖は透き通るほど色白の端正な顔を赤らめて嬉しそうに笑っている。
天使も照れて赤くなることがあるのか、と美羽は微笑ましくなった。
「ありがとう。美羽さんに一番先に知らせたかったんだ。それで? 裕星さんとの仲は深まった?」
「もちろんよ。さすがキューピッドね! 苦労の分だけまた絆が深まった気がするわ」
「それは良かった。裕星さんにも挨拶しにいきたいけど、僕はこう見えて結構忙しいから難しいかも。なにせ
それと、本当の名前は『
僕たちは人間に本当の名前を教えられないんだ。だから、今まで通り来栖でいいよ。
またいつかきっと会いに来れると思うけど、それまでは僕のこと忘れないでね。ちゃんと天から君たちのことを見守ってるから。あ、時間だ。そろそろ帰らなくちゃ、神様に怒られる」
そういうと、来栖は天を仰ぎながら、大きな翼をゆっくりと広げた。そして、音もなくスッと飛び上がった瞬間、美羽の目の前から一瞬で消えたのだった。
「来栖さん、昇進したのね? すごいわ。――でも、裕くんが司教様から聞いた通り、やっぱり天使の仕業だったなんて……それも私たちのことを考えて起こした奇蹟だったなんて」
その時、美羽の頭の中に来栖の声が響いてきた。
<また会いに来るよー!>
美羽はしばしの間、礼拝堂の天井を見つめながら来栖のことを考えていたのだった。
***翌日 教会***
「美羽! 急いで事務室までいらっしゃい! 司教様がいらしていますよ!」
シスター伊藤が慌てたように美羽の部屋のドアを叩いている。
まだ礼拝には早すぎる時間だったが、朝食を済ませて着替えていた美羽は急いでドアを開けた。
「司教様が? 私にどんなご用でしょうか?」
「私にもわからないわ。ただ今朝、立ち寄ってくださって、美羽を呼んでほしいと仰ってるの」
「わ、分かりました。すぐに参ります」
――もしかして、裕くんが私だったときにお会いした方かしら? 私たちのことを何かわかったのかしら。もう元に戻れたのに。
美羽が慌てて事務室のドアをノックすると、さっそくシスターが中に招いてくれた。
「美羽さん、先日はお世話になりました。司教の山中です」と立ち上がってニコリとほほ笑む老人の姿があった。
――この方が司教様なのね?
「おはようございます。私の方こそお世話になりました」と頭を下げた。
「おや?」
司教はそういうなり、じっと美羽の顔を覗き込んでいる。
「あの……私の顔に何か?」
美羽が恐る恐る訊くと、「元に戻られましたね?」と司教が微笑んだ。
「えっ、もしかして、裕星さんのことをご存じなんですか?」
美羽が咄嗟に裕星の名前を出すと、「いいえ、彼のお名前は聞きそびれてしまいました。あなたの婚約者さんでしたかね?」と優しい笑顔を見せている。
「はい! あの時は、私ではなく、裕星さんが司教様にお会いしたと思います。あの時は、私たちのことをご心配してくださり、ありがとうございました」
「いいえ、わたしは何もできませんでしたから……。それよりも、やはり天使の仕業でしたね?」と微笑んでいる。
「はい。司教さまにはお分かりでしたか? 天使が今朝、私に挨拶に来てくれました。私と裕星さんのためにしたことだと言って」
「おやおや、そうでしたか。時に天使は思いもよらぬようなイタズラをするものです。しかし、どれもこれも人間が好きな天使たちのやることです。決して悪気はないのです。
私に免じてどうか許してやってください」
「そんな……司教様が謝られることはありません。むしろ、日頃の幸せに
「ほう。貴女こそ本当に天使のような方ですね。こうしてお話していても、貴女のオーラはどこまでも澄んでいて透明に思えます。貴女の婚約者の方もそうでした」
「裕星さんもですか?」
「はい。彼はとても男らしく、常に貴女を守ろうとしているように思えました。とてもクールな方ですが、実は裏を返せば、とてもピュアな心の持ち主に見受けましたよ」
「―—はい、裕星さんは本当に純粋な心の持ち主なんです」
美羽の言葉を聞いて、司教はまるで神そのものなのではないかと思えるほどの寛容で温かいまなざしを美羽に向けた。
「もうあなた方は大丈夫ですね? とても気になっていたのですが、実は今朝祈りを捧げているときにお告げがあったのです。言葉ではありません。一点の曇りもない澄み切った空に
「は、はあ……。
美羽は司教の神がかった言葉に圧倒されて戸惑った。
司教は美羽たちが元に戻ったことを見届けるためにわざわざ出向いてきてくれたのだ。
(注※)
威厳ある力で、人間の権力者を悪魔の誘いから守る役割を持っているとされています。
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