第13話 マスコミの暴走

「――なんだ、こいつ、平然と嘘を言いやがって!」

 裕星は大声でテレビに怒鳴った。


「裕星さんの熱愛記事って毎回こうだよね? 相手の女性が勝手に裕星さんのこと気に入って、付き合ってる気になっちゃってるパターン。

 一言で言えば、記事にされてきた相手の一般人やモデルって、ストーカー気質の女性が多いってことかもしれないね」

 陸が気の毒そうな顔で裕星を見ている。




「ストーカーでもなんでもいいが、迷惑行為をしてでも、俺を利用して有名になれると誤解してるのだけは気に入らない」

 裕星が腕を組んで怒りを抑えるように目を閉じた。




 すると、ワイドショーのカメラがゲストの女性タレントを映した。


「あれ? 前に裕星さんの熱愛の相手だって書かれたこともある『フラワー畑』のミナじゃない?」

 陸が画面を指さして叫んだ。





 <今日はたまたまゲストに、以前海原さんと噂になったこともあるミナさんが来てくださっています。ミナさんも驚かれたでしょ、この熱愛のニュースには>




 <ええ、驚きました。まさかこんなことになってるなんて>


 <そうですよね? 海原さんという方はどういう方なんでしょうね? 何度か熱愛の噂はありましたが、まさかまた別の女性の影まで出てくるとは>




 <そうですね。まさか、ですよね? でも、まさかと思うは事実じゃないからですよ。海原さんとは私も以前噂になりましたけど、実際のところ、私は一度も彼とお付き合いしたことはありませんでしたしね。

 それなのに面白おかしく勝手に記事にしたのは週刊誌の方です。それに、さっきのインタビューで告白されてたあの女性、私、知ってますよ>




 <ええ? 知りあいの方なんですか?>



 <知り合いではないです。でも、この人、ただのヘアメイクなんです。名前はもちろん知りませんけど、この人の一方的な言いがかりですよ。

 実は、私、この彼女のことだけじゃなく、記事のレストランも知ってます。私の家の近所で、彼女の家族が経営してる店です。


 それと彼女には妹がいますけど、その妹が不治の病だから会いに来てほしいと言われて、このレストランに連れて行かれたタレントの中に、私の男友達が何人かいましたから。


 たぶん、海原さんもその手に引っかかったんだと思います。

 でなきゃ、どうしてこんな人目に付くところに夕方からノコノコ出かけて行きますか?

 ああ、それと、彼女の妹って不治の病でも何の病気でもないですよ!

 だって、彼女の口から私、直接聞いたので>



 ええっ? とスタジオ中がガヤガヤし出した。


 <実はこの日、海原さんがあのレストランに入るのをたまたま見かけて、私の友人のこともあったので、気になってこっそり変装して客のふりして入って行ったんです。


 海原さんは、数分も居らずにすぐに帰りましたよ。

 その時私が店先にいたのに、私に気付かずに彼女たちはしゃぎながら言ってたんです。

「もうちょっとで食事も一緒にできたのに。今度は不治の病とかじゃなくて、身障者とか、そういうことにしようか? その方が目に見えて同情してくれるんじゃない?」と、この彼女本人が言ってるのを聞きました。人の同情を利用した許せない行為ですよ>



 ミナの言葉はテレビの電波に乗って全国に届いた。次々と明るみに出る真実に驚きながら聞いていた司会者が、ハッと我に返り口を開いた。


 <――い、いやあ、そんなカラクリがあったとは……。ミナさんが正に現場にいた証人なんですね? それじゃ、この記事はデマだと?>



 <デマやガセどころか、これは詐欺さぎになりそうに思いますけど?>

 さらにミナが付け加えた。

 <人の思いやりに付け込んで、妹は不治の病で自分は交際してる彼女だ、などとデマまで吹聴ふいちょうするのは、犯罪になるんじゃないですか? 

 それに、ちゃんと本人に取材もなしで、こういう勝手な記事を書く週刊誌も。こういうの何の罪ですか? 名誉毀損めいよきそんって言いませんか?>


 このミナの発言に多くの視聴者が光の速さで反応した。


 呟きサイトやSNSには、多くのコメントが山ほど出されトレンド入りしたのだった。そのほとんどが、自称彼女に対する批判や、記事を出した週刊誌への抗議文だ。




 ワイドショーをくぎ付けで見ていた裕星は、「どうなってるんだ?」と、急転直下の展開の速さにあんぐりと口を開けている。



「裕星さん、これって……なんかミナのお陰で一気に形勢逆転けいせいぎゃくてんしたみたいだよね?」

 陸が嬉しそうに叫んだ。




「―—ああ、そうみたいだな。ま、じゃあ、結果オーライってことか。ゴタゴタしたけど、証人がいたから一発で事実じゃないと分かったしな。いつもはしつこく絡んでくるウザイ子だなと思ってたが、今回はミナがワイドショーのゲストでよかったよ」




 後日談だが、あのヘアメイクをテレビ局側が契約解除したことは言うまでもない。名誉毀損の責任を取らされなかっただけでも有難い話だった。その後は大人しくしているのか、彼女の噂さえも聞くことはなくなったようだ。







 美羽は礼拝を終えた後で、他のシスターたちと礼拝堂の掃除をしていた。

 暮れにも大掃除をしたばかりだったが、ミサや礼拝で大勢の人たちが訪れ、机や椅子の下に埃やチリが目立ってきたため、全員で夏前の大掃除をしていたところだ。



 すると、窓際にある礼拝机の上に何かがキラリと光った。


 美羽が不思議に思って近づくと、それは一本の真っ白な鳥の羽根のようだった。


「あら? こんなところに羽根が落ちてる。真っ白だから白鳥かしら? でも、どうしてここに? それに白鳥にしてもとっても大きいわ」

 美羽が羽根を拾い上げたその時、大きな礼拝堂の中にふわりと風が吹き抜けた。



 すると突然背後から、「美羽さん、久しぶり! 会いたかったよ」と若い男の声がして、美羽は驚いて振り向いた。


 礼拝堂の高い窓から差し込んできた太陽の光が眩しくて、美羽は思わず手で目を覆ったが、その指の隙間すきまからぼんやりと白い人影が見えてきた。


 ゆっくりとその手を降ろしたとき、美羽はあまりにも驚いたせいで言葉を失い目を見張った。その顔に見覚えがあったからだ。


 ――来栖くるすさん?




「―—覚えていてくれたんだね?」


 来栖は、まだ声に出していない美羽の心の問いに答えた。



「どうしたんですか?」

 やっとのこと言葉を発した美羽の声は大きかった。美羽は慌てて辺りを見回すと、さっきから一緒に掃除している他のシスターたちには、大きな白い羽の生えた天使が見えていないのか、ただ不思議そうに美羽をチラリと見ただけで、また仕事に戻っている。



 美羽は来栖の人間離れしたその姿を見て呆然としていたが、思わず呟いた。

「来栖さんて、本当に天使だったのね──」




 すると来栖は、大きな白い羽をバサバサと風を起こすほど揺らして背中の中に畳んで仕舞うと、「僕の仕事はどうだった?」と美羽に笑顔を向けた。

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