第105話『召喚』

「止めるチャンスは今しかない」


 大裂け目の増殖の速度はすさまじい、今は増えることを優先しているので這い出て来るアーマーアンデットの数は少ないが、いつアーマーアンデットの排出を優先してもおかしくない。現在の裂け目の数だけでも、街の三つ四つは飲み込める魔物を吐き出せる。


 見込みが甘かった。防衛機構の腕を破壊する。次元の裂け目に水晶を投げ込んでトラップを破壊する。そして次元の大裂け目も五秒以内に破壊しなければならなかった。


 知りようもなかったが、言い訳している時間もない。


「頼むヒカリ」

「ヒカリさんダメです!!」


 ヨシカの絶叫なんてめったに聞かない。


 再生したトラップは発動すれば、俺がピンチなのに、いつも冷静で優雅なヨシカが取り乱しているおかげなのか、俺は冷静なままでいられた。


 どのみち、ここで止めなければ、俺たちの平穏な日常は終わってしまう。

 やるしかないんだ。


 俺は別に正義のため、見ず知らずのみんなのためになんて崇高な正義感は無い。甚大な被害が出るとわかっていて、止める手段まであるのに、それを放置すればヘタレの俺は間違いなく後悔する。それも一生引きずってしまいそうなほどの大きな後悔を。


 大丈夫だ、トラップが発動しても記憶が消され、レベル1に落とされた状態で異世界に召喚されるだけ、そして記憶が無いことをいいことに向こうの連中の奴隷に落とされるくらいだ。


 うん、つんでないかこの先の未来。


 でも、この仲間たちなら助けてくれるかもな。

 最後まで他人だよりで申し訳ない。

 次に記憶を無くしたら、また思い出すことは可能なのだろうか、それが一番心配だ。


 いろいろと後悔はある。

 でも、ここで何もしないで被害を拡大させるよりはましだ。

 いっちょ前に、みんなの指揮を取って失敗したんだ。責任を取るなら俺になる。


「サトッチ」

「ルトサ」


 いつも明るいサリといつも無表情のホカゲがとても悲しそうな顔をしている。俺がさせてしまった。


 まったくなんで俺はいつもこうなんだろうな。


「バカ野郎が」

「すまん」


 タンガが悪態をつき、駆けよってこようとするヨシカを止めてくれている。


「サトルさん」

「ごめん」


 ヨシカが泣いている。どんな時でも涙を流さなかったヨシカが、涙は勇者の剣復活の儀式の時に枯れつくしたと言っていたヨシカを泣かせてしまった。

 謝る以外には何もできない。


「ヒカリやってくれ」


 時間がないので仲間に短い謝罪だけを残して俺はヒカリに懇願する。


「私はサトルくんの剣、サトルくんが望むならどんなモノだって斬ってみせる」


 いつもの笑顔はない、完全な騎士の顔。

 自分に与えられた任務を忠実にこなす一振りの剣となり、ヒカリは迷いなく、聖騎士スキルの中でも最大の攻撃力を持つ技を大裂け目に叩きつけた。


 トラップさえなければ、最初からこの一撃で決着がついていた。

 俺の願いを聞き実行したヒカリの髪が金色から元の黒髪へと戻る。


「サトルくん!」


 極光聖騎士モードを終えたヒカリが騎士から少女へと戻り、剣を投げ捨て俺の元へとかけて来る。


 どうしてか、それは大裂け目の破壊した直後にトラップが発動して、俺の足元には異世界へ召喚するための魔法陣が浮かび上がっていたからだ。


 魔法陣から飛びのこうとしたが、強力な術式に縛られ、体が動かせなくなっている。


「わかっていた、こうなるってことは」


 だから、最後の悪あがきをさせてもらうぞ。

 俺は影縄を使って影隠しの中から予備の対策水晶をありったけ取り出し召喚の魔法陣へと叩きつけた。


 トラップ対策の水晶。

 本来は発動前に壊す水晶だけど、もしかしたら発動後にも術式を壊す効果があるんじゃないかと、一縷の望みにかけて。


 望みは叶ったのか、指一本動かせなかった体が、少しだけ動かせるようになった。


 自分の体重が数十倍になったように感じるけど、足も少しずつなら動かせる。召喚の魔法陣が発動する前にここから出られれば召喚を回避できるかもしれない。


 淡い希望、召喚が始まるまで後数秒もないだろう。この牛歩並のスピードではどんなに急いでも魔法陣から出るまで数分はかかりそうだ。


 でも諦めない。

 最後まで、あがき続けるんだ。

 そんな時だ、ドンと勢いよく背中に何かがぶつかった。


「急いでサトルくん!」

「早くサトルさん!」


 ヒカリとヨシカの二人だった。


 二人は、俺を魔法陣の中から引っ張り出そうと抱き着いていた。

 こんな時だけど、美少女二人に抱き着かれて俺はなんて幸せ者なんだと場違いな感想を抱いてしまった。


 でも、もう遅い。

 魔法陣が発動する。


「二人とも離れるんだ、巻き込まれるぞ」

「言ったよねサトルくん、例え異世界でも付いていくって」

「ヒカリさんと二人きりにはさせません」


 おー、なんて強い女性陣なんだ。

 そして魔法陣が発動されてしまった。


 世界の景色が暗転して異空間へと飲み込まれる。

 覚悟していたのとは違う展開になってしまった。俺一人、記憶を消されての召喚になると覚悟していたのに、記憶は残っている。それにスキルも消えていないからレベルも下がっていない。


 なにより、ヒカリとヨシカまで一緒。


「あのさ――」

「ごめんも、すまないも、無しだよサトルくん」

「そうです。わたくし達は望んで付いてきたのです。後悔はしません」


 謝罪を口にする前に潰されてしまった。


 こんな場面だけど、とても嬉しい。

 もし、召喚された時に記憶を消されていても、俺の命は二人の為に使うと魂に刻み込んでおきたい。それだけは絶対に忘れてはいけない。


 俺たちは異空間ではぐれないように互いを強く抱きしめ合う。


 異空間を流されてどれだけたったのか、流される先に光が見えた。


 召喚の出口か、召喚者は誰なのか、おおかた筆頭宮廷魔法師の一派だと思うが、付いた途端に隷属の呪いを掛けられる可能性がある。


 三人で頷き合い戦闘の心構えをした。


 そして召喚される。


 出た場所は壁や天井、床までもが全て石で作られた儀式の間のような場所。


 俺たちは素早く抱き合っていた腕をほどいて背中合わせになり戦闘態勢を取る。


 でも――。


 周囲には魔法使いらしき一段に取り囲まれているけど、どうも様子が想定と違う。敵意をまったく感じない、呪いも飛んでこない、そもそも魔法使いの服装が以前に俺たちを召喚した王国とは系統が違いすぎるような。


「ようこそ聖女様、召喚に答えていただきありがとうございます」


 魔法使いの中から、豪華な衣装に身を包んだ爽やかイケメンが笑みを浮かべて歩み寄ってくる。周囲の魔法使いたちは「やったぞ、ついに聖女召喚を成功させた」や「ユ・バニール帝国ばんざーい」なんて叫び出した。


 ちょっとまてユ・バニール帝国なんて聞いたことがないぞ、異世界に召喚された月日でほとんどの国の名前は覚えていたはずだけど、その中にユ・バニールなんて名前はなかった。


「もしかして」

「サトルくんも思った」

「魔素の質が違いすぎます。考えたくはありませんが、ここは――」

「別の異世界なのかッ!!」


 俺の絶叫が石造りの部屋にこだました。

 どうやら、俺たちの厄介な異世界冒険はまだまだ続きそうである。


 レンサクの七種混合ポーションの効き目が切れ副作用が襲てくる。全身に筋肉痛のような痛みに加えて、強烈な腹痛。


「あの、すみません、トイレありますか」


 俺たちの異世界冒険はこれからだ。


                                 《完》

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学園のクラスメート6分の1(7人)が急に優しくなった不思議な現象、これは俺だけの学園七不思議 江山彰 @keo733

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