天国のカウンセラー Ⅶ
夕焼けを見ていた。雲一つない、天国の夕焼け空。
この施設で唯一好きなところ。屋上が解放されていて、視界いっぱいの空が拝めるのだ。
騒動後。私は、フェンスにあぐらで腰を掛けて、黄昏ていた。
落ちても死ぬ危険はない。もう死んでいるのだから。
「良かったですね。地獄行きになって」
背後から言葉を投げかけられる。例の同僚だ。
あの男のことだろう。
「良かないよ……」
「なんでですか」
彼女からすれば、それなりに鬱憤が晴らせたかもしれない。
だが、その後に残るのは虚しさだけ。
その次に患者に待ち受けているのは、途方もない後悔だ。
下界に置いてきてしまった両親。
子供が死を選んでしまった親の気持ちは想像を絶するものだろう。当然だが、それを想像する死後の自殺者の苦しみも計り知れない。
中にはすぐに再会する親子もいる。つまりは、そういうことだ。
私もその一人だった。
それで今も、ここにいる。
また自殺しようなどという気は、とてもではないが起きなかった。
ああいう自殺者を担当すると、ふと考えることがある。
私が死を選んだ意味はあったのだろうか?
分かっている。ただ自分が死にたかったから死んだだけ。それだけだ。だが。
「一般人の死にさして影響力なんてありませんよ」
私の心を読んだように、同僚が何かを言っている。
「ああいう輩は、誰が死のうと変われないし、変わらないですよ。僕みたいにね」
流石。何人も自殺者を出していながら全く動じず犯罪まがいの行為を続けていた男が言うと、説得力が段違いだ。
彼はこちらに反論する隙を一切与えず、さらに追い打ちをかけてくる。
「あなた、学生で死んだから見てきた世界が狭いんですよ。そういうのを傲慢って言うんです」
「……知っとるわ」
本当に饒舌で、人の心を読むのが上手い男だ。だがお前が言うな。
そんなこと、30年もこの仕事をしていれば嫌でも思い知らされる。
それでも。
犯罪者は幼少期に暴力や迫害を受けていた者が多い。あの男もそうだ。
そこを無視してやるのは、あまりにやるせない。
「まぁ…なので、あまり思い詰めないでくださいよ、今回の件は、獄卒のほうのミスなんですから」
取ってつけたようなフォローにもなっていない言葉を投げかけられる。
「今日も施設の前、長蛇の列だったね」
「そうですね」
「私もいつか、あれの最後尾に並ぶ日が来る気がするよ」
私のような、元々うつ病を患っていた人間がカウンセラーなんてしていては。
それも、やるせない事故や極悪犯罪に巻き込まれて死んだ患者の相手を何百年も続けてしまえば、また壊れてしまう。うつ病は再発するものだ。
「その前に辞めればいいんですよ。あなたの代わりなんていくらでもいるんですから」
この男は頭はおかしかったが〝患者〟の扱いはよく心得ていた。
代わりがいると言われるのが、私にとってどれだけ至上の救いの言葉か。
私のような人間は山ほどいるのだろう。罰としてではなく、進んでカウンセラーなどしようと考える死者は……。
だが、それでも。
「ここに患者として通うことになっても、カウンセラーは辞めないよ」
彼の言うように、傲慢なのは百も承知だった。
私のように、それ以上に、やるせない思いで死んできた人々の拠り所に、少しでもなれれば良いと思っている。
カウンセラーを続けているのは、私自身のためでもあった。
それからまた数十後、彼をいじめていた主犯格のカウンセリングを行う機会が巡ってきた。
生前の痴呆による意識混濁が見られたためだ。
主犯格は、寿命を全うしての衰弱死。
百三歳。家族に看取られての大団円だったそうだ。
天国のカウンセラー 弊順の嶄 @he2ho2
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