山猫と二人旅ー猫に転生したら女の子になつかれた?ーオストの風 外伝ー

笹原 篝火

深緑の森で山猫は彼女と出会う

 ── 落ちていく・・ 体が・・・


 何も感じない闇の中、ひたすら深く深く落ちていく。俺はこのまま地獄に行くのだろうか。何も痛みもなく、肌には何も感じず・・。


 ・・死後の世界は完全な無の世界だと誰かが言っていた。このことなのだろうか、何も感じず、考えず、永遠の闇の中でひたすら果てもなく、暗闇の中に深く・・深く沈んでいく・・。


 ・・やがて自分の事すら分からなくなり、自分の存在が分からなくなり・・・自分は存在しなくなり・・自分の今までが溶けて流れていく・・ 俺は・・ 誰だっけかなぁ・・。


***


 ・・ザァァ・・と風が木々の葉のがなびく音が耳にかすかに聞こえてきた。そして、土の匂いが鼻につく・・俺の意識がゆっくりとはっきりとしてくる。


 (・・・俺は・・・ だれだ・・)


 最初の思い浮かぶ疑問は俺自身の存在だ。今自分で思い出せるのは意識が生まれた瞬間の木々の音・・風の音・・そして土の匂いだけだ。


 目が開けられるようだ・・ゆっくりと目を開く。初めて俺の視界に焼き付いた光景は色のない世界。 意識してみようとしてもぼんやりとしかとらえることができない。どうやら自分は目が悪いみたいだ。


 そして意識がはっきりするにつれて、頭を破るようにはいってくるのはものすごい音。最初に聞いた草木の音だけではなく、川のせせらぎ・・鳥の鳴き声・・なにか生き物が歩く音・・・生き物の息使い・・ そして様々な匂い、鼻が曲がるような土の匂いだけでなく、花の匂いや、なにやら腐臭らしきものも鼻につく。


 手が動く・・・ゆっくりと体を起こす。視界にはいった俺の体の一部は黒い毛で覆われた足だった。


 首の動く範囲で体を見渡すと全身が毛で覆われているのがわかった。


 (・・取りあえず・・体は動くな・・ 凄く喉が渇く・・なにか・・)


 ゆっくりと体を動かす。意識しなくてもその4つの足は規則正しく、地面をしっかりつかんで歩いていた。そうゆう生き物なのだろうと俺は思った。


 とにかく喉が渇いていたのでせせらぎが聞こえる方向に歩みをすすめる。


 自分の世界はぼやけてよく見えず色はなく、たくさんの音と匂いで溢れているのはわかった。


 そしてこの軽い体。自分の大きさおり高い倒れた木の上も難もなく飛び越えられる。


 たくさんの高い木々が生い茂ってる。自分は分からないがここは森の中ということだけはわかった。 そうゆう地理的な記録は残っている。しかし俺自身が欠落しているのだ。これが記憶喪失ということなのだろう。


  やがて、川につき、上手に前足をたたんで俺は水を飲む。味覚もよくわからずなにやら液体をのんでいるという感覚しかかんじられない。


 しかし乾きはいえた。俺は大きく体を伸ばすと空を見上げる。

 空は完全な夜になっていた。しかし自分はぼんやりではあるがまわりが見ている。


 (俺は夜目が利くんだな・・お腹が・・すいているな・・)


 俺のお腹がグルグルと鳴くのが聞こえる。その瞬間急激な飢を感じはじめたのだ。俺は多分かなりの期間なにも食べてないんだろう。そう考えると急に体に力が入らなくなってくる。


 (・・まずい・・ 動けなくなるまえに・・なにか食べ物を・・)


 嗅覚が凄くいいことがわかったので、鼻で当たりの匂いを探る。土や木々の匂いばかり・・だとおもっていたが、下流から吹く風になにやら懐かしい匂いが紛れているのがわかった。


 (・・これは・・なんだっけ・・ とにかく、俺が多分食べていた物だ・・)


 飢えで重くなった脚に鞭をいれ、下流へと進む。


 ***


 パチパチと音がする。草むらの間から光が見えるのだ。何かを燃やしている・・のが分かった。わかったというか、記憶の中に燃やすという行為の記録がかすかにあるのだ。


 身を潜め、その場を観察する。


 ぼんやりと生き物が何かをしているのが見える。


 ・・大きい・・俺よりも何十倍も大きな生き物だ。初めて俺は恐怖を感じる。圧倒的な力の差を感じるのだ。


 しかし恐怖よりも飢えのほうが上回った。その生き物は何かを「加工」している。それはとても自分の飢えを刺激する。


 無意識のうちに足がその場にむかっていた。


 「───!!」


 その生き物は俺をみるとなにか鳴き声を上げているようだった。なにか棒をもって走ってよってくる。俺は警戒して身構える。


 もしかすると俺を喰らう獣なのかもしれない。圧倒的な大きさと存在に恐怖する。飢えを凌ぐ・・それよりも逃げたほうがいいのかもしれない・・。

 しかし、長く歩いたため、力が入らなかった。


 その大きな生き物にとうとう体を掴まれた。俺は懸命にどなりつけるが微動だにしない。


 それ相当の大きな生き物・・俺なんて一発で殺せる力も持ち合わせている為、俺の威嚇に微動しないのだろう。


 「──?」「──!」


 生き物はなにやら優しく俺に語りかけているようだ。そしてそのまま俺を抱きかかえると明かりの強いところに連れていかれた。


 「──?・・・──」


 何をいっているのかさっぱりわからないが、しきりに話掛けている。その様子から俺をとって食おうとか考えてないことを察することができた。


 すこし安心して隣りに座ることにする。するとその生き物は自分が嗅いだあのいい匂いの物を俺の前に置いたのんだ。


 「───?」


 あまりのいい匂いに涎がでる。・・これは食べていいものなのだろうか・・。いや・・・いまはそれどころではない。とにかく何かを食べないとこのまま俺は終わってしまうだろう。


 意をけっしてかじりつく・・匂い・・匂いはとてもいいのだが・・味がわからない・・しかし匂いがいいいものなのだから、美味しいものなのだろうと思った。意外に柔らかくされており、がつがつ食べられる。空腹が満たされるまでおれはそれを食い荒らした。


 ・・腹が満たされたみたいで俺は眠っていたらしい。背中を摩られる感触がする。その生き物が優しく俺の背中を撫でていたのだ。しかし撫でられるのが心地よいとは思わなかった。俺もそれにあやかって素直に撫でられることにした。


 「──?」

 「───??」

 「──・・・」

 「─!」


 生き物はもぞもぞと動き、何かを取り出すと俺の首に水のように透き通った物がついたものをかける。なにかの贈り物なのだろうか。素直に受け取ることにした。


 「・・ぁー ぁー あー わかるかな?」


 (!?)


 その物を賭けられた瞬間、言葉が分かったのだ。


 「わぁ!そのびっくりしたような仕草。言葉が分かるようになったみたいね。やった!大成功!これはたくさん売れるな!」

 「えー、はじめまして。野良の猫さん。・・んー、山の森にいたから山猫さんかな?」

 「私は一人で旅をしていて寂しかったんだけど、猫さんにあえてよかった。ツヤがあって綺麗な毛並みしているね。かわいい・・」

 「それより、山猫さんは随分とお腹を空かしていたららしいけど・・この辺に猫は生息していないから捨て猫かな・・ ・・私も捨て猫みたいな物・・ これも何かの縁だと思うし、一緒に旅をしないかな?」


 一方的に話掛けられる。まぁ俺から話掛けても意味は通らず、こちらの声は聞こえてないようだ。


 しかし、この生き物は俺にやさしくしてくれるのは分かった。このいい匂いの食べ物もこの生き物についていけば毎回ありつけるだろう。


 この生き物が俺に提案する旅、まぁこのままこの森にいたらの垂れ死ぬのは間違いないとおもった。この生き物についていけば食いっぱぐれないだろう。


 自分の出来る範囲でこの生き物に答える。


 「すりすりしてかわいい!なついてくれてうれしいな。一緒にきてくれるのかな」


 そしてまたこの生き物は俺を抱き上げる。


 「じゃぁ・・・名前を付けてあげないとね。んー、猫だから・・猫さん・・・ 直球すぎるな・・ んー 山の猫だから 『山猫』さん!」


 どうやら俺の固有名称は山猫にきまったらしい。まぁどうでもいいことだが、俺に好意をもっているのはわかった。


 そして光の前でその生き物は横になる。胸元に蹲り、俺も眠りにつく。生き物の吐息、そして心臓の音がやけに耳につく・・しかし・・それが木々や風の音より俺にとって安らぐ音だった。


 ── 完全に無だった俺にとってこの出会いは必然、そして新しい、一生の始まり、そして別れへ始まりだったのだ。

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