8-新たな伝説のはじまり(後編)(完)

 小さな誤算があった。

 魔族にとっても、この城の設計者にとっても好ましい結果であったハズだが、これは誤算だった。

「今日もか……」

 玉座の背もたれに寄りかかった魔王はため息をひとつ。

「いいところまで来てるんですけどね」

 部下が見取り図を指さして言う。

 あれから一週間。 

 勇者たちは4階の大迷路を攻略できずにいた。

 とにかく無駄に広いことと随所に仕掛けられたトラップのせいで、魔王の間までたどり着けないのだ。

 日々到達度の記録は更新しているものの、あとに控える魔王との対決に備えてか、ある程度進んでは引き返して翌日に――を繰り返していた。

「そろそろ来てもらわないと困るぞ」

 勇者たちが魔王城に挑んでくる以上、魔王はここで待ち構えなければならない。

 今日こそは、今日こそは、と対決に備えているが、連日肩透かしを食らっているありさまだ。

「どうしますか? 奴らにヒントを与えますか?」

「それは魔族の道に反する。実は優しいところがある、なんて噂でもされたら面目丸つぶれだ」

「そうですね……」

「今の進行具合だと今週末くらいには、ここまでやってくるだろう」

「そうだといいのですが――」





 そして、それから15日後――。

 満身創痍の魔物が飛び込んできた。

「ま、魔王様! 勇者です……! 勇者たちが4階を攻略しました」

「おお、そうか!?」

「間もなく……ここにやってきましょう! どうかご武運を……私は、ここまでの、ようです……」

「今までよく戦ってくれた。お前の仇はかならずとってやる」

 魔王はマントを羽織りなおし、その時を待った。

 足音が聞こえる。

 いよいよだ。

 いよいよ、最後のときだ。

 正面の荘重な扉が開かれ、そして――。

 伝説の装備に身を包んだ勇者たちが姿を現した。

 いかにも人々が希望を抱きそうな、精悍かつ爽やかな青年だ。

「よくぞここまで来た。伝説の勇者よ。だがお前たちの旅もここで終わりだ」

 何度も練習した口上を述べる魔王は、勇者一行を見て眉をひそめた。

 お供をしているのは、彼に負けず劣らずの体躯の戦士。

 ――女だ。

 素早い身のこなしでこれまで多くの魔物を翻弄してきたであろう格闘家。

 ――女だ。

 金縁の眼鏡からも聡明さがうかがえる、多種多様の魔法を操ると思われる魔術師。

 ――女だ。

「ぐぬぬ、勇者よ。貴様の仲間は全員女なのか?」

「ああ、そうだ。旅立ってから今日まで、苦楽を共にしてきた大切な仲間だ」

「苦楽を、だと? それはつまり寝食も共にしてきたということか?」

「そうだ」

「ぐぬぬぬ……なんと羨まけしからん! それはさぞかし楽しい旅であっただろうな!」

 魔王は沸々と起こる怒りに震えた。

 怒りは力の源だ。

 憎しみは悪の芽吹きだ。

 この怒りも込めて、勇者たちをひとひねりにしてやろう!

 魔王は両手を広げた。

「さあ、来るがいい!!」

 そして戦いが始まった。


・ 


「ちょ、ちょっと待て! タイム! タイムだ!」

 魔王はボコボコにされた。

 この日のために練り上げた強力な魔法はことごとく無効にされ、剣戟でも敵わず、格闘家の俊敏な動きに翻弄された。

「いたたたた……なんだそのデタラメな強さは? あれか? 世に聞く”チート”というやつか?」

「チートなんかじゃない。旅を続ける中でオレたちは強くなったんだ。不正もしてないし裏技も使っちゃいない」

「バカな……」

 魔王は狼狽した。

 いくら4対1とはいえ、ここまで手も足も出ないハズがない。

「念のために訊いておこう。お前たちのレベルはいくらだ?」

「平均860だ」

「なんだと!?」

 あまりの出来事に魔王はがくりと膝をついた。

「レベルの上限といえば99が定番。それが3桁ということは……やりこみ系か」

 そして悟る。

 なぜこのようなことが起こってしまったのかを。

「この下の大迷路、抜け出すのに半月以上かかった。さすが魔王城だと思ったよ。魔物の攻撃も激しかった」

 勇者は静かに語る。

「当たり前だ。お前たちを迎え撃つのに中途半端な仕掛けは用意せん」

「でもそれがアダになった。迷路をさまよいながらオレたちは魔物を倒し続けた」

「――そして強くなった、と。ここにいるのは精鋭ぞろい。経験値も多かっただろう」

 すべては計画的な誤算が生み出したことだ。

 勇者の行く手を阻むトラップが、結果的に彼らを強くしすぎてしまったのだ。

「皮肉なものだ、な……だが……」

 負けは負けだ、と魔王は自分をあざけるように笑った。

「よかろう。これも運命だ。我に残された最後の責務を果たそうではないか」

 魔王は懐から折りたたんだメモを取り出し、そっと開いた。

 小さく書かれた文言を読み上げる。

「えーっと……勇者よ、人の子よ。お前たち人間の心に闇がある限り、我は何度でも、何度でも、な・ん・ど・で・も! 蘇ってやる!」

 魔王は大きく息を吸い込み、天を仰いだ。

 そして最後にちらりとメモを覗き見て、

「ぐふっ……!」

 その場にくずおれた。




 わずかな静寂があって。

「おい、待て」

 勇者たちは快哉を――叫ばなかった。

 倒れ伏す魔王の肩を揺さぶる。

「なんだ、感動のラストシーンが台無しではないか」

 むくりと起き上がった魔王は口をとがらせた。

「これじゃやりがいがない」

「やりがいだと?」

「魔王との対決だぞ? 仲間がひとり、またひとりと倒れていってオレも満身創痍の中、人々の希望を背負いながらどうにか魔王を打ち倒す、みたいなシチュエーションに憧れてたんだ」

 勇者が言うと仲間たちもそうだそうだと頷いた。

「私たち、今日のためにずっと練習してきたのよ?」

「”私は……もうダメみたい……あなたにすべてを託すわ。私の最後の力……受け取って……そし、て魔王を……たお……”ってセリフも完璧に覚えたのに」

「セトリも用意してたんですよ? ピンチになったらこの順番で魔法を使おうって何度も話し合って決めたんです」

 仲間たちがブーブーと文句を言い始めた。

「それもこれも勇者、あんたが下の迷路で延々とさまよい続けたからじゃないの。私が右と言ったら左、左と言ったら右に行ってさ」

「お前たちだって最後はオレの方針に従うって言ってたじゃないか。おかげで強くなれたんだから感謝してもらいたいくらいだ」

「バカね。魔王を倒しちゃったら強さなんて意味ないわよ。力があったって使う機会がないんだから」

「そうですよ。それにこの後はどうするんです? 王様に報告に上がったときに武勇伝を語ってくれと言われますわ。迷路で迷っているうちに強くなりすぎて魔王をあっという間に倒した、なんて言えませんよ」

「オレだってなあ、こんなことになるなんて思ってなかったんだよ。だいたい魔王城に大迷路ってなんだよ。センスなさすぎだろ。そういうのは中盤から終盤にかけての洞窟とかでやるんだよ」

「それは聞き捨てならんぞ。元はといえばお前があんな場所に転移してくるから魔王城を遷すハメになったのだ。旧魔王城はそれはもう絢爛豪華で禍々しさに満ち溢れ――」

 彼らの醜い言い争いは一時間にも及んだ。

 やがて疲れ果て、誰からともなくこんな提案があがった。


”やりなおそう”


 その案に全員が賛同した。

「どこからやりなおすんですか?」

「やはり最初からであろう。勇者、お前が転移してくるところからだ」

「ああ、オレもそのほうがいいと思う」

「いいか? 転移先は”今の”旅立ちの村だぞ? またこの魔王城の近くに転移されてはたまらん。部下の配置換え、魔王城の売却に新魔王城の建築、仮住まい探しの苦労はもうごめんだ……」

「分かった。オレを転移させる神だか悪魔だかにそう言っておこう」

「私たちは暇になるわね」

「とりあえずお呼びがかかるまでダラダラ過ごすしかないわね。なまった体で再出発よ」

「あの、私はどうしましょう? 筋肉とちがって、道中で覚えた強力な魔法は怠惰な生活をしていても衰えないのですが」

「岩にでも思いっきり頭をぶつければ忘れるんじゃない?」

「……ひどい!」

「冗談よ。呪いのアイテムがあったじゃない。魔法が使えなくなるやつ。あれを装備していればいいのよ」

「我々魔族も道中の仕掛けやダンジョンの構造を見直すとするか。あとでアンケート用紙を渡すから記入して返してくれ。どの仕掛けやダンジョンが難しかったか、改善点はないか、などが知りたい」

「ケシャの塔にあったサモンの鍵はどうにかしたほうがいいわよ? 空の宝箱の裏に鍵が貼りつけてあるなんて、どこにも伏線がなかったじゃない。村の人たちが急に鍵のことを言いだすのも不自然だったし」

「あ、あれはこちらのミスだ。本来なら宝箱に入っているハズだったのを担当者が誤ってな。再発防止に努める」

「イガスカの洞窟付近もどうにかしてほしいところだ。魔物が急に強くなりすぎだ」

「それも担当部署に伝えておこう。それよりこちらからも言いたいことがある」

「なんだ? 経験値の多いレアな魔物ばかり狩るな、とかか? あれは正当なやり方だ」

「そうではない。お前たち、家探ししすぎだ。人々からの評価がすこぶる悪いのを知らんのか?」

「だって無断で他人の家に入ってもとがめられないんだもの。普通は止めるでしょ? あれはもうツボやタンスを自由に調べていいって意思表示だわ」

「そんな勝手な解釈があるか。魔族だって法律を守っているのだ。お前たちはなおさら人々の規範となる行動をとってもらわないと困る」

「どう困るのよ?」

「お前たちの評判が悪いせいで相対的に魔族に対する好感度が上がってしまうのだ。おかげで魔物を怖がらない人間も大勢いる」

「それは見過ごせませんね。勇者一行として振る舞いを改めましょう。しかし魔族側にも責任がないとはいえませんよ?」

「どういうことだ?」

「村を焼き払うのに予告したり、逃がした村民の再就職先の面倒を見たりと、とても凶暴で残虐な魔王軍のやり方とは思えません」

「だってかわいそうではないか」

「魔族らしくないわね。もっとシャキッとしなさいよ」

「なんだと? いま”魔族らしくない”と言ったか? この多様性の時代に”らしさ”を決めつけて押しつけるのは感心せんぞ。そもそも魔族らしさとは何だ?」

「だったら勇者が無断で民家に入って漁っても問題ないじゃないの」

「論点をずらすでない。それとこれとは話が別だ。勇者は人々の希望を背負って戦うのだから、もっと勇者らしく――」

「だったら魔族も魔族らしくしなさいよ。そっちがそうなら、勇者にだって多様性が認められるべきじゃない」

「それはお前の感想であろうが」




 建設的かつ不毛な言い争いが終わるころには、夜が明けていた。


 しかしここに長きにわたる戦いは終わったのだ。


「では諸々の条件はこれで――」


「ああ、また会おう」


 意思確認を終え、勇者たちは魔王城をあとにした。







 伝説の勇者が魔王を打ち倒した!!


 世間にはこのように伝わっている。


 しかし勇者もその仲間も、ふらりとどこかへ消え、人々の前に姿を現すことはなかった。


 いつか、そう遠くない未来。


 というか来年か再来年あたり。


 魔王は再びこの世に現れ、世界を支配せんと目論むだろう。


 しかし恐れることはない。


 魔族が復活するとき、勇者もまた現れるからだ。






   完


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魔王の美学 JEDI_tkms1984 @JEDI_tkms1984

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