第25話 祝! レベルアップ部門1位



 咲良の名前が呼ばれたのは、そんな感じで入社式の説明会が続いている最中さなかの事だった。どうやら5日間の研修でも、各1位の者は表彰して貰えるらしい。

 先ほどは5日間の総売り上げの1位として、御剣みつるぎと言う名の同じ年頃の女性が名前を呼ばれていた。数少ない新入社員の同性なので、咲良もよく覚えていたけれど。


 そこに友達の蜂谷の姿が無いのは、かなり心中複雑な咲良ではある。問題児の中年の3名など、れっとこの入社式に揃って出席していると言うのに。

 まぁ、その御剣が無事だったのは素直に嬉しく思いつつ。ところが指導員の付き添いは、今日を入れてあと2日で終わってしまうとの事らしい。


 その事実に狼狽うろたえている中年トリオだけど、そんなのはとっくの前から決まっていた事実ではある。咲良など、初日からたった1人で異界で行動していたと言うのに。

 とにかく事務員の齋見の話では、スキルポイントのボーナスに加えて景品が贈られるそうな。詳しくはスマホに通知が行くそうで、説明自体はお座なりだったとは言え。

 レベルアップの部門で1位を取れたのは、素直に嬉しい限りである。


「やりましたね、マスター……これでスキルポイントに余裕が出来ますよ、景品も恐らくは装備品だと思われます。行動時間も増えますし、これでますます異界での活動がはかどりますね!」

「えっ、景品って装備品なの? まぁ、貰えるってんなら贅沢は言ってられないよね」


 小声でそんな事を話し合う、咲良とシェリーを周囲は好奇の目で盗み見ている。何しろ異界での行商と言う、超ハードな仕事内容なのは周知の事実な訳で。

 そんな中、小柄な若い女性がレベルアップ部門で1位を取ったのだ。たった5日の成果とは言え、才能が無ければ出来る事ではない。


 咲良としては、そんな視線を浴びても居心地が悪く感じるだけではあるけれど。それにしても、さすがにこの先輩販売員の数は笑うしかない。

 何度募集を掛けたかは知らないけれど、20名に満たない人数しかいないのだ。損耗率の高さは噂には聞いていたけど、実際目にすると洒落にならない。


 今回残った5名の新人も、一体何名が生き残るか……指導員が外れると聞いて、慌てているようではお先真っ暗である。先輩行商人たちも、きっと心中でそう思っているだろう。

 そんな雰囲気の中、ようやく入社式は終わりを迎えるのだった。




 その後、鞄の商品の詰め替えをその場のほぼ全員が希望したので。事務所を出るのに時間が掛かってしまったけど、その点はまぁ仕方が無い。

 その際に景品も一緒に貰えて、咲良は帰ってからその性能のチェックをこなして。それから軽く腹ごしらえをして、いつもの出発の準備は完了の流れに。


 危惧していた、入社式の後に先輩の誰かに絡まれるとかそんなイベントが無かったのもまず良かった。それどころか誰からも話し掛けられもせず、割と肩透かしを食らった気分の咲良である。

 まぁ、決して面倒事を望んでいた訳では無いのだけれども。例の中年トリオの件もあるし、割と人間不信の思い込みをわずらってしまっている咲良である。


 それでも支給された景品は、『簡易鑑定』によると“根性の鉢巻き”とまずまずの品で。性能は根性+1に耐性+2で、タダで貰えたにしては良い性能だとのシェリーの弁である。

 法被はっぴに鉢巻など、本当にお祭り好きに見えたらどうしようって意見もあるけれど。優先されるのは、まずは自身の健康である。

 根性はともかく、耐性アップは伸ばすべしとシェリーの助言である。


「耐性アップのスキルは、魔法耐性や物理耐性とほぼ全ての耐性に効果を及ぼします。かなり有用ですので、その装備は異界に行くときは忘れずに装着して下さいね、マスター。

 出来れば他の装備も買い揃えたかったのですが、無い袖は振れないとも言いますからね。貧乏を憎んで、マスターの今回の判断には目をつむりましょう。

 装備については、他で強化も出来ますからね」

「何だか壮大にディスられてる気がするんだけど、シェリー? 借金をこれ以上増やして、首が回らなくなったらどうすんのよっ。

 まぁ、異世界で生き残れなかったら話にならないってのは承知だけど」


 分かっているじゃないですかと、サポートAIの批難は尚も止む気配がない。とにかく正規採用? されて、咲良の置かれた立場も大きく変わった模様。

 それを今夜の出発の前に、大まかに説明して貰っている咲良であった。例えば行商時間が1時間伸びたのは、まぁ割と分かりやすい変化である。


 それから今まで鞄の中に入っていた商品だが、ポーション10、マナポ5、毒消し10、保存食15、水20ℓだったのから⇒ポーション20、マナポ10、毒消し15、保存食30、水30ℓへと増えた。

 これが全部売れたら、余裕で8万円を超えるみたいなので。1日の売り上げ目標が3万円は、それ程に無理難題って感じでは無いみたいだ。


 それから保存食の試食セットも、Fランクから持たせて貰えるとの説明が。冒険者に商品を売り込むには、確かにあって欲しいサービスかも。

 それを含めて、より行商が行いやすくなったとのシェリーの見解に。そう言えばスキルポイントのボーナスも貰えたんだっけと、入社式の一幕を思い出す咲良。


 確認して貰うと、スマホにスキル6Pが振り込まれていた。これは5日間の見習い期間での、総レベルアップ1位を祝してのポイント報酬らしい。

 ついでに言うと総売り上げの部門でも3位に入っていて、そちらの報酬を加えての6Pみたい。シェリーは今後、社内での順位閲覧機能もスマホに追加されたと付け加えて。

 月間売り上げトップを目指して、頑張りましょうと喝を入れて来る。


「先ほど事務所で表彰されていたトップ行商人が、月に80万の売り上げを達成したそうですね。そうすると手取りは24万円で、借金を3割引かれて約17万手元に残る勘定ですか。

 これならマスターも、満足のいく稼ぎでは無いですか?」

「まぁ、1日4時間の労働にしては凄いかな……こっちの時間では、2時間しか取られてないのを含めて。色々とリスクを背負ってるんだから、その位は欲しいかなってのが本音だけど」

「それは当然ですね……まぁこの金額には、魔石の換金額などは一切含まれてませんし。トップ行商人が、副業に迷宮ダンジョンに潜って稼いでいるって話もよく耳にしますよ。

 マスターはレベルアップも順調ですし、そちらを目指すのも手ですね」


 確かに魔石で稼いだり自己強化したりは、危険に満ちた異世界ではある程度必要な作業ではある。そちらに特化する予定も無いけど、今後も辺鄙へんぴな場所にワープさせられるとなると。

 そっちにシフトせざるを得ずって感じで、咲良としては自分の努力ではどうしようもない次元の事である。ただまぁ、複数の選択肢があるってのは悪い事では無く。


 こちらの世界での2時間の束縛を、有効に使いたいと思う所存の咲良である。こちらの意志を無視して押し付けられた借金も、考えてみれば月に売り上げの3割返済である。

 こちらの世界だって、稼ぎの数割を保険や年金だとか所得税や消費税だとかで無理やり徴収されているのだ。そう考えると、3割はそこまで酷い数字でも無いのかも。


 もちろんそんな借金は無い方が良いに決まっているし、百目鬼とどめきのやり方は犯罪以外の何物でもない。やり返す手段がないので、今の所は従うしかないのが実情だけど。

 いつか絶対に奴の鼻を明かしてやると、咲良は胸の中で硬く決意して。当面は実力をつけるため、異界での行商人を続ける予定である。


 とは言えまだまだ、やっと見習い期間が取れてのF級ランク。取り扱いの商品も少ないとの話だし、指導員もついていない状況で行商に関しては素人である。

 そして危険な“大迷宮”内での単独行動は、本当に命が幾つあっても足りないと来ている。出来るなら安全ルートを確保して、行商で稼ぎを生み続けたいけど。

 それと同時に、百目鬼の弱みを見付ける手段も講じたい所。




 などと目論みつつ、咲良はいつもの出勤時間を迎えた。入社して初のワープ先は、やっぱり知らない場所のよう。それは当然だが、視線の先に意外なモノが建っていた。

 それは何らかの建物の様で、しっかりと防壁で覆われており人の気配に満ちていた。咲良も何度か見た事があるけど、恐らくは集落か冒険者の前哨基地だと思われる。


 いきなり当たりを引いたかなと、ちょっとテンションの上がる咲良であったけれど。その砦の門はぴっちりと閉じられていて通るのに苦労しそう。

 よっぽどの危険地帯にある集落なのかも知れない。周囲を覗うと、確かにモンスターの住処になりそうな森林や渓谷が近い気もする。


 それでもしっかり門番は存在して、咲良が近付くと声を掛けて来てくれた。そして行商人と認識されると、通行料を取られたモノの砦の中へと入れて貰えて。

 出費は痛いけど、何とか払う事が出来たのは僥倖ぎょうこうだった。シェリーに換金して貰わずに、念の為にと持っていた宝箱からの回収金が役に立った感じだ。


 そして入り込んだ砦内は、前に訪れた集落よりも立派でなかなかのモノ。やはり中世ヨーロッパ感は拭えないが、活気があってこれなら顧客もすぐに掴まりそう。

 そんな期待を込めて、咲良は大通りを進んで行くのだけれど。冒険者風のパーティとすれ違うも、こちらに興味を持ってくれそうな人はおらず。

 まぁ、確かに砦内にも薬品を扱う店舗はありそうだ。


「えっ、って事はせっかくお金を出して砦の中に入ったのに商品は売れないって事? これは不味いよ、シェリー……せっかく中に入ったのに、無駄になっゃう」

「確かに冒険者としては、どこの誰か分からない行商人から怪しい商品を買うより、信用のおける店舗から購入する方が良いでしょうね。

 そもそも行商人の価値は、薬品を使い切った迷宮内で偶然に遭遇する点に尽きますし。そうやって顔を覚えて貰って初めて、他の場所でも商品を買って貰えるようになるのです。

 ここは割と大きな砦のようですから、これも経験と割り切って下さい、マスター」


 などとのたまうシェリーは、割とスパルタにマスターの咲良を鍛え上げるつもりのよう。当の咲良は仕方なく、派手なのぼりを掲げて大通りの端を歩きながらの砦内見学。

 確かに経験は積むべきだ、こんな異世界の辺鄙な場所なんて滅多に来れるモノではない。ゲーム感覚に陥りそうな気分を引き締めつつ、咲良はお店の並びをチェックする。


 ここは分類的には、“大迷宮”の前哨基地で間違いはないそうだ。お金を払って砦の門を通る際に、咲良はそれに間違いが無い事を門番から聞き出していた。

 こんな“大迷宮”内の砦は、冒険者たちが稼げそうなポイントには幾つも点在するそうだ。例えば塔や地下遺跡風の“迷宮ダンジョン”の多い地方に、冒険者が集まって来て。


 泊まり込みでの遠征に、小さな簡易的な前哨基地を造り上げて。それがいつの間にか、人が人を呼んでの町風へと発展して行き。店舗が軒を連ねて、商売人も住み込むように。

 “大迷宮”は3つの国を呑み込んだと、かつて聞いた覚えのある咲良だったけど。どうやらそこに住まう人々は、自国が呑み込まれてもしたたかに生きているようだ。


 ちなみにこの前哨基地は、『ラムドール王国』の峡谷エリアと大森林エリアの境にあるそうな。そんな情報をくれた門番の若者は、冒険者は気性が荒いのが多いから気をつけろと助言をくれた。

 要するに、この街中でもそんな騒ぎか頻繁に起きているのだろう。派手な恰好で目立つ身の上の咲良としては、目立ちたくは無いけどそうも言っていられない気も。


 現にこのまずまずの人混みの中、早速声を掛けられて振り返った先には。荒々しい風貌の冒険者が数名、小柄な咲良を見下ろすように佇んでいて。

 いかにも旨そうな獲物を見付けたって表情で、逃がすモノかと取り囲みに掛かっている。まさかこんな街中で、手荒な所業には及ばないだろうとは思うけど。

 そんな考えに向こうが及ばなければ、ちょっとピンチかも。





 ――さて、この境地をどう乗り切るべき?







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さすらいの行商人、大迷宮に挑む マルルン @marurunn

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