第13話『エピローグ』


「――では、行ってくる」

「テオドシアさん。お世話になりました」

「気をつけて行ってくるんだよ! 辛かったらいつでも帰ってきな!」

 一ヶ月後。

 ランドルフとの戦いの疲れを癒やした俺とミーナは、屋敷の玄関に立っていた。

 天気は晴れ。雲ひとつない空は澄み渡り、旅立ちの朝にはぴったりの爽やかな空気が漂っている。

 俺はスクルド騎士団とは別れ、この世界を旅して回るつもりだった。もちろん、ミーナも一緒にだ。

 旅といっても、別に自分探しとか観光のためではない。元の世界に帰る方法を探す旅だ。

 何が原因でこの世界に来てしまったのかはわからないが、来られた以上は帰る方法だってあってもおかしくはない。

「フミオさん! どっかで会ったら、また手合わせしましょう! 俺、そんときには一本取れるようになってますから!」

「ああ。それまで死ぬなよ、クルト」

「フミオさんもッスよ!」

 俺はクルトと拳をぶつけ合った。

 その横で、エーリカがニコニコと笑っている。

 あのあと、結局すったもんだの挙げ句、二人は付き合うことになったようだ。

 もともと両思いだったのだから不思議はないが、まだキスすらしていないらしい。二人きりになって雰囲気を作っても、クルトが恥ずかしがって逃げてしまうとエーリカが嘆いていた。

 次に会うときまでには、もう少し関係が進展していてほしい。師匠(?)として切にそう願う。

 こういうとき、昔はリア充を見たら呪いをかけていた自分の成長を実感するものだ。

 もう少しまともな成長を感じたいと思わないでもない。

「ホルガー団長。あとは頼んだぞ。この村の平和は、お前たちにかかっている」

「はっ。了解です。団長殿……いえ、ミーナ。お父上のご遺志は、必ず私が受け継ぎます」

 ホルガーが深々とお辞儀をする。

 ミーナがスクルド騎士団を抜ける関係上、ホルガーが後任となった。

 実力的にも年齢的にも、妥当なところだろう。

 当面は騎士団の再建と、ここヴィムル村の警護にあたるらしい。

 短い間だったが、彼らと築いたかけがえのない絆を、俺は生涯忘れることはないだろう。

 俺たちは皆に別れを告げ、村を出立した。

 平原の馬車道をゆっくり歩いていると、ミーナが尋ねてきた。

「行き先はエリュシオン王国でよかったか?」

「うん。確か、召喚術が盛んな国だったんだよね?」

「ああ。私も見たことはないが、なんでも過去の英雄や異次元の獣を喚び出す術を操る者たちがいるとのことだ。お前がこの世界にやって来た理由もわかるかもしれない」

 エリュシオン王国。

 設定上、『アスガルド』と海峡を隔てて隣接している、ギリシャ神話がモチーフの国だ。

 いずれ、DLCで行けるようになるかもしれない、と期待していたのだが、まさか本当に行くことになるとは思わなかった。

「着くまでどれくらいかかるかな?」

「どうだろうな。寄り道せずに歩き続けてざっと二ヶ月といったところか。アスガルドをほぼ横断する形になるな」

「うへえ……そんなに歩くのか。馬車とかないの?」

「定期便の類は、業魔モーズどもが勢力を強めてからはなくなったと聞いている。偶然商隊を見かけることを祈るしかないな」

「期待薄だね……」

 漫画やラノベみたいに、シーンをまたいだら即到着、というわけにはいかないようだ。

 しばらく、アスガルド内を征く旅路が続くだろう。

「俺がいた世界だと、自動車っていう便利な乗り物があって、走るより何倍も速く移動できるんだ。あれがあったらすごく楽なんだけどな」

「そんなものがあるのか。ぜひ乗ってみたいな」

「うん。もし来れたらの話だけど……」

 ふと、俺は不安になった。

 もし、現実世界に帰る方法が見つかったとしたら、ミーナはついてきてくれるだろうか。

 県境や国境を越えるのとはわけが違う。世界の境目なんて、そうおいそれと行き来できるとは思えない。

 生まれ育った世界での家族や知人との関係を捨て去ってまで、俺を選んでくれるのか?

 俺は迷ったが、意を決して聞いてみた。

「あ、あのさ」

「な、なあ」

 言葉が重なり、ふたりとも同時に黙った。

 しばらく、無言の譲り合いが続いたが、やがて俺の方から再び口を開いた。

「……ミーナはさ、俺と一緒に日本に来てくれる? もし来れたらの話だけど」

「? ああ。元々そのつもりで来たのだが」

「えっ、そうだったの!? いや、嬉しいんだけど。それにしては、なんかお母さんとのお別れ、あっさりじゃなかった?」

「そうか? どのみち、遠方に嫁入りすれば二度と親と会わないことも珍しくない。少し距離が遠くなるだけだ」

 そのあたりは感覚の違いだろうか。まあ、外野の俺がとやかく言うことではないか。

 今度はミーナがおずおずと喋り始めた。

「……手段が見つかれば、必ずフミオは帰るのだな?」

「うん。もちろん。ミーナもついてきてくれるんだし」

「私が心配しているのはそこだ。ついていくかどうかではない。

「あ……」

 盲点を突かれた気分になり、俺は声を漏らした。

 ミーナにその気があるかどうかしか気にしていなかったが、言われてみればむしろそっちの方が気がかりなことだ。

 ミーナが心痛をこらえるようにうつむく。

「帰還する手段が見つかったのに、私は同行できず、お前に今生の別れを告げなければならないとしたら……想像するだけで、胸が張り裂けそうになる」

 そのとき、選択を迫られるのは俺の方だ。

 ミーナを置いて現実に戻るか、ミーナのためにこの世界に残るか。

 俺は、現実に戻りたい。母さんに謝って、十九年間の親不孝を帳消しにするくらいの孝行がしたい。

 でも、そのためにミーナと離れ離れになるのは……考えるのも辛い。今の俺にはとても選べない。

 俺はミーナを元気づけるべく、笑顔を作った。

「大丈夫。俺一人じゃ絶対帰らない。ミーナも一緒に帰れる方法を探すよ。死ぬまでかかってもね」

「……そうか。なら、安心だな」

 ようやくミーナの表情が和らいだ。

 先のことは何もわからない。単なる問題の先送りでしかないのかもしれない。

 けれど、ミーナを悲しませたくないという思いだけは、決して変わることはないだろう。

 その方針を貫いた結果、この世界に骨を埋めることになったとしても、母さんはきっと納得してくれるはずだ。

 微風が俺たちを撫で、草原の彼方へ去っていく。

 前髪を抑えていたミーナが、俺に手を差し出してきた。

「さあ、行こう。長い旅になると思うが、よろしく頼むぞフミオ」

「こちらこそ。ミーナがいれば大丈夫だよ」

「私もだ。フミオとなら、どこにでも行ける。たとえ地獄の果てまでも」

 俺はその手を握り返し、地平線の先まで続く道をまた歩き始めた。

 

 ゲームの世界に閉じこもり、他人を顧みるということを知らない人間のクズだった俺にも、ともに歩きたいと思える人が、命に替えても守りたいと思える人ができた。

 もちろん、人間はそう簡単に変われない。ふとしたきっかけで、また引きこもりだった俺に戻ってしまうかもしれない。

 だから、変わり続けなければならない。常に前へ。常に今よりも先へ。進歩し続けなければならない。

 これは、そんな俺が、このゲームオーバー後世界の救世主になるまでの物語――。


 完。

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ゲームオーバー後世界の救世主~RTA走者はソウルライクゲーム風異世界に転移したので無双する~ 石田おきひと @Ishida_oki

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