第5話
「いいわ、いらっしゃい」
不意に、女の人が言った。
僕は驚いて、顔を上げる。妖精も、驚いたように女の人を見ていた。
「クリス、私にはしなければならないことがある」
女の人の腕を掴んで、妖精。
「分かっているわ。でも、マスターを失ったSRは、二度と人の手には渡らない。回収されたら、処理されてしまうのよ」
「それが、作られた物の定めだ」
「どうして?彼らとあたし達の、一体何が違うの?同じように、生きているのに」
女の人は、妖精の手を振り切ると、真っ直ぐ僕の方へ戻って来てくれた。そして、細い指で僕の指を握りしめる。
「行きましょう、あたし達と。だから、泣かないで」
「クリス!」
「ケイ、見てご覧なさい、SR達にだって心はあるのよ。ただ、何も知らないだけ。だから、見せてあげたいの。こんな窓からの景色だけじゃなく、様々な物を」
・・・・・心?
心って、何かな?
それがあれば、僕はキラキラの向こうに行くことが出来るのかな?
でもそれは、やっぱりいけないことで、ファームの小父さん達に知られたら、怒られて連れ戻されちゃうかもしれない。
そうしたら、ドールにもなれなくて、バンと胸が破裂してどろどろに溶けちゃうかも。
でも僕は、どうしても、キラキラの先の世界へ行ってみたいと思った。そう思うことは、とってもいけないことで、僕の胸のドキドキが爆発しちゃうくらい危険なことかもしれないけど、それでも行ってみたいんだ。
妖精は、鋭く部屋を見回した後、腕のピカピカにちらりと目をやった。
「こんなとこで、ぐずぐずしていられない。ソーマは、ラリを探している。見つかれば逃げられない」
「ソーマは、まだラリが生きていることを知らないのよ。ラリが全滅したと思って、安心している。だから、あなたは見つからないわ」
答えて、女の人が言った。
二人の会話は何だか分からなかったけど、妖精がひどく急いでいるんだってのは分かった。
「SRは、外に出してはいけないものだ。鑑賞用としてしか、存在を認められていない。見つかったら、すぐに処理されるぞ」
「見つからないかもしれないわ」
「顔を見れば、一目で分かる。これほどに美しい人間は、この世にはいない」
「顔を見せなければいいわ」
「無駄だ。こいつの飼い主は死んだ。逃げても、ナンバーさえ分かれば、ボタン一つで分解させることが出来るだろう。緊急用に、全てその薬品のカプセルを胸に埋め込まれている筈だ。私達には、どうにも出来ない」
「でもその時まで、自由でいられるわ」
「自由など知らずにいた方が、彼は幸せかもしれない」
「それは、あたし達が決めることじゃないでしょ。彼は、行きたがってるのよ」
二人のやりとりに割り込む形で、僕は叫んだ。
「妖精さん、僕を連れてってよ!あのキラキラの向こうに、何があるのか僕は知りたいんだ!」
一瞬、二人は沈黙した。それから、
「・・・・・妖精って、私のことか?」
と、妖精が顔を歪める。その横で、女の人がクスリと笑った。
「ねえ、連れてってあげましょうよ。あなたは、あたしを連れ出してくれたわ」
「お前は、SRじゃない」
「同じようなものよ。あたしが居たところは、汚くて、暗くて、冷たいとこだった。何時も、外の世界へ出たいと夢見てた。だから、あたしが見たものを、彼にも見せてあげたい。どうせ、次はあのキラキラの先に行くんだから。お願い、妖精さん」
妖精は大きなため息を吐いて、僕と女の人を交互に見つめた。
それから、
「勝手にしろ」
と不機嫌に言って、そのまま一人で部屋を出て行ってしまった。
僕は不安になったまま、女の人の悲しくて優しげな顔を見下ろす。
勝手にしろって、どういう意味?
一緒に連れてっては貰えないの?
僕の不安を打ち消すように、彼女はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ、ケイはあなたも連れてってくれるわ。あたしと同じように、キラキラの先の世界を見せてくれる。だから一緒に、ケイの探し物を探してあげましょう?」
「さがしもの?」
僕の言葉に、女の人は頷いた。
「そうよ、ケイはあたしと出会うまで、たった一人で、ずっとそれを探していたの。ソーマがラリから奪った、大切な宝物を」
彼女の言ってることは、やっぱり僕には分からなかった。
ソーマって何なのか、ラリって何なのか、全然分からない。
でも、妖精の探している大切な宝物なら、僕も一緒に探してあげようと思った。
怖くて、とげとげしてて、ひやひやしてるけど、僕はあの妖精が好きだった。
何故か知らないけど、ドキドキする。
あの藍色の瞳が、僕の胸をぎゅっと締めつける。
「行きましょう。これからは、三人で」
三人で?
・・・・そうか、僕と妖精と女の人と、三人で行くんだ。
大切な宝物を探しに。
女の人に促されて、僕は足を一歩踏み出した。でもすぐに立ち止まって、一度だけ後ろを振り返った。
砕けたガラスの向こうに、キラキラが沢山、沢山光っている。
ベッドの上には、動かないドール。
僕の、たった一人の飼い主。
ご主人様、さようなら。そして、ごめんなさい。
僕は、あのキラキラの向こうに行きます。
妖精と、この女の人と一緒に。
———— ああ、この気持ちは何だろう?
クラフトに初めて乗った時のように、強く胸の鼓動が溢れ出す。
僕は、いけないことをしようとしているんだろうか?こんなにドキドキしてしまうのは、僕だけなんだろうか?他のSR達は、こんな気持ちにはならないのかな?
ファームのSR達を思い出して、ちょっぴり胸が痛くなる。
限られた存在というものを、僕はよく分かっていない。
でも、行かなければいけないと思った。行けば、答えも分かるような気がする。
「さあ、レッド」
女の人が、手を差し延べてくる。
僕は、大きく頷いた。ゆっくりとその手を握りしめた時、僕の中で何かが変わった。
激しく揺るがすような、胸の何かが・・・・・。
RED しょうりん @shyorin
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