ニッコリ笑って…

JOY POP

第1話  ニッコリ

 GWも終わり楽しき時間を送られ、通常生活の戻られて居られる方が多いと思います。


 幾らか時間は経ったが未だに答えが出ない事が有り、心の中に引っ掛かり続ける事が有る、其れは私が発した一つの言葉。

「眠れて居るのか?」

 彼に掛けた言葉、どんなに言葉を探したが見つからず唯一発せた言葉。


 GWも明けて一週間ぶりに彼の顔を見る事が出来、声を掛けるタイミングを探し夕刻に其のタイミングがやって来た、笑う彼の顔に私の口より零れた言葉が其れ。


「眠れて居るのか?」


 職場は旧法人が併合し新法人へ変わり新体制と為り10年弱だが、旧法人時代からの同僚、生れも一月違い、入社も彼が半年早いだけ、供に中途入社で在りお互いが上司だったり部下だったりして今に至る。


 当時は三羽烏と言われ、もう一人更に生まれが一月違いが居た、其々が別部署で業務に当たり困難な現場、厄介な現場、クレームの現場に遭遇する、其々得意分野が有り解決出来ぬとお互いに補完し合い解決して来た、新体制に成っても同じ様に互いの得意分野で解決していた仲だ。


 其の時もGWが明けて間もない時に起きた、三人目が出社して来ない、連絡も無い、胸騒ぎがする、俺と違って兎に角真面目な奴、結構な距離を車で通勤していたが遅刻など無い、無断欠勤も無く、ましてや連絡一つ無いとは考え辛い、俺と今回の彼は家庭持ちだがもう一人は独身でアパート暮らし、流石に片道50キロを通い此処と違い除雪車が出動する所からの通勤は辛いと言ってアパートを借り一人暮らしをしていた。


 AM10時を廻り連絡無し、業務で其の近くを通る奴に声を掛ける。

「車が有るか見て呉れ」


 彼の車はアパートに在ると連絡が入る、新法人の役職と彼がアパートに向かうが返事なし、管理会社に連絡入れた立ち合いの下部屋に入り、其処には帰らぬ人と為って居た彼の姿が有ったと言う、せめて家族が居れば異変に気付けて助かった可能性が在ったのにと…。


 家族持ちの俺と彼で早すぎる旅立ちを悔やんだ、胸に幾つもの引っ掻き傷が有り、苦しんだのは間違い無い、誰か傍に居て呉れれば助かった可能性が在る。


 三羽烏、お互いに得意分野で補完し合い困難に立ち向かい克服して来たんだ、誰が欠けてもいけない筈なのに…。


 其れから数年が経ち本来ならもう一羽の烏が座るべきポストに誰を据えるか、其の話が役職者間で在った様で、最後迄現役で現場に拘る俺とは縁の遠い話だが、まあ俺に其れ以外出来ないし皆を纏めるなど出来もしないからだが…。


 彼が其の席に着いたのは新法人で入社して来た新人達が半数を超え、比例して作業上のミスも増えていた時期、安全最優先の仕事、ミスは本人達だけで無く御客様の安全にも係る仕事だ、基本に忠実完全作業が当たり前の職場、どうやってテコ入れして行くか、メンタル面で維持して行くかが彼の悩み、二人で密約を交したどうやって皆のベクトルを同じ方向に向けるのか、安全に対しても意識を途絶えさせないか…。


 話は簡単ミスが有る度にその矛先を俺に向ける事、叱責される俺を見て新人や中堅処の気を引き締めさせる事、俺は其れに対して多少歯向かう事が決まった、我が身に其れが向かぬ様に皆気を引き締めるであろうから、俺を使う事が二人の間で取り交わされた密約…。


 そして今年のGW、職場はカレンダー通り声を掛けられる、

「何処かに行くのか?」

「五日が当番だ、庭の手入れだけだよ」

「庭の手入れ?」

「知ってんだろ?、家が紫陽花だらけなの」

「そうだったな!」

「言う事聞かないと後が恐いし」

「同じだな!」

 (笑)


「そっちこそ如何なんだ、今回は最初から最後まで休みだろ?」

「確かにな、でも此処の所地震が多いだろ?」

「そうだな、少し不穏だよな?」

「万一の際はどんなに遠くても4時間以内で此処に来ないと為らないからな…」

「其の点では俺の方が気楽か!」

 (笑)


 彼は災害時事務所に常駐する義務が有る、俺は自身と家族そして住処の被害が最優先だが、無いか軽微ならば非常呼集で災害地や此の地の被害の復旧に駆り出される。


「家は息子と娘が里帰りして来るから、県内の観光地で美味いもん食って見物だ」

「まぁ、此処は下道で二時間以内で観光地一杯だからな」

「そう言う事だ、久し振りに顔見れるから充分だ」

 嬉しそうに笑う彼の顔を見る事が無くなるとは思わなかった、其れは彼も同じだろう。


 GW終わり翌日訃報が舞い込む、俄には信じられなかった。

「嘘だよな?、嘘だと言って呉れ!」


 彼の顔を見たのは其れから一週間後、会社何か廻して見せるからもっと休んで良いんだぞ、其れが俺を含め従業員の総意で間違い無かった…。


 何時もの朝礼の席で彼が皆に伝える、

「今回は家族の事で迷惑をかけて仕舞い申し訳ない、本日から今迄以上に業務に励みます」

 そう言った、誰もが大丈夫かと声を上げるが、

「心配無いから」

 笑ってみせたがあの日見た笑顔は無かった。


 旅立ったのは彼の令嬢、享年22歳余りに早い旅立ち。


 俺も昔の仕事柄、事故、病気、犯罪などの現場には数多く向かった、若くして残して行く者、残された家族も見て来た、不条理な別れを数多く見て来たがどれとも当たらない、掛ける言葉が見つからない、小説を書いてはいるが元々頭が悪いから皆さんの様に無から話を作り上げる事等出来やしない、皆元になる体験が有るから書けて居るだけの事。


 彼の娘さんはどれにも当たらない、だからこそかける言葉を失っていた、どうやっても浮かばない其れは今も同じ。


 そして業務を終え事務所に戻り一般社員が帰って行った後、其のタイミングが訪れる、其処で口から零れた言葉。


「眠れて居るのか?」

 此の時も頭の中で言葉を探し続けていたが出て来ない。


「大丈夫だ心配掛けてスマンな」

 そう笑い返して来たが、あの時に見た笑顔は其処には無かった。


「聞いて呉れるか?」

「聞かせて呉れ」

 そう言い事務所では他の者も居る、場所を変えて肩身の狭くなった俺達喫煙者のたむろする場所へ向かい、語りだした言葉を聞いて居た。


 県内の観光名所を回り一泊し、翌六日、昼食、遅くなったので夕食も外食だった事、コイツ未だ喰うかと思う程楽しそうに食事をしていたと教えて呉れた。


 次の七日、朝奥様が声を掛けたが疲れたんだろうなと寝かせて置こうと、昼前に遠い兄の方を駅に送りに行く前に声を掛けたが、同じく未だ寝てたいんだろうな寝かせて置こうと…。


 戻ったが未だ起きて来ない、時間は昼を大分超えていたと。


 此処からが更に辛い事を教えて呉れる、悪い方へ考えが向かれているのでは無いだろうか、此処が悲しくも救われた所であろうと思います。


 勿論司法の判断も同じ、不審事案無しである事も教えて貰って在ります。


 家に帰り、家族の顔を見た事、家族と過ごせた時間が彼女にとって、とても幸福な時間で在った事は間違いないでしょう。


 長年住んだ自分の家、自分の部屋、自分が休んで居た寝床、本当に幸せそうに寝ていた、友人にでも家に帰った近況でも伝えて居たんでしょう、片手にスマホを持って寝落ちし、今にも起きて来そうなお顔で安らかに旅立って逝ったそうです。


 其れが彼と奥様の後悔、声を掛けたのになぜ足を運ばなかったのかと…。



 家族の下を離れ生活を送る若い方達、遠き地に家族を送り出して居られる方達、声を掛けてあげて下さいちゃんと飯食ってる、風邪引いて無い、其れで充分なんです。


 諸事情で其れが出来ない方も居られると思います、私も家内も其の声を届ける先が在りませんが、声の届け先が有る方は届けてあげて下さい。



 此処迄書いても未だ言葉が見つかりません、本当に馬鹿ですね俺って…。



 最後に彼が教えて呉れた言葉を書いて終わりにします。


「ニッコリ笑っていたんだ、嬉しそうに…」

 彼女は幸せな侭、心安らかに旅立って逝ったんですよね、其れが救いで在ります、彼女の御霊が安らかに召されて居りますように、そして高みに居られる方に受け入れて下さる事をお祈りいたします。

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