第15話

「起き上がりの身体で無理するんじゃねえぞ」


外へ出ていこうとする俺の背後でガシスさんの声が飛んでくる。俺は振り返り、軽く頭を下げてから、外へと繰り出した。


宿を出てすぐの大通り。巨大な斧を背負った屈強な男から、シルクハットを被った魔女らしき女性、バンダナを被った行商人、背の小さな髭を蓄えたドワーフ、尻尾や耳の生えた獣人族など、『人種の』、もとい『種族のるつぼ』といったところであろうか。


各々が武器や防具、道具や食べ物を求めて、市場に集まっていた。


『そんで、どこで食おうか?』


ブライは意気揚々と俺に声をかける。


(そうだなあ)


周囲を見渡すと、塊の肉を串に刺してローストしているのが目に入る。俺のいた世界でケバブがそれに該当するのだろう。


『あれ、うまそうじゃねエか』


肉が大好きなブライがよだれをすするような音が聞こえる。


(食べるのは俺なんだけれど……)


『なんだよ。少し入れ替わって、俺にも味わわせろ。俺の数少ない人生、いや、剣生の楽しみなんだ』


(分かってるよ。俺もあれが美味そうだと思っていたし、あれにしようか)


今の傷ついた肉体を再生するのに、肉は必須であると身体が叫んでいたし、大賛成である。加えて、昨日の盗賊を捕らえた報奨金もあるため、少しぐらいの贅沢も何の問題も無い。


「まいどあり、兄ちゃん」


肉屋の店主から薄くカットされた数枚のローストの肉をパンにはさんでもらった。こういう屋台では、食べ歩きできるものが理想である。


『なあ、あそこの白い布の屋根のとこで食わねエか?』


白い布で日差し避けになっている屋台の一角。広い木製のテーブルには、買い物客の老若男女が食べたり呑んだりしており、傍らでは楽器隊による演奏が行われている。


(良いけど……)


『なんだよ。歯切れが悪いな。もしかして、自分の素性がばれると思ってンのか? 心配しなくても大丈夫だ。酔っ払いにそんな区別はねエよ』


(そんなものかな)


『いつも陰気な顔してるから、こういうときぐらい、楽しい顔しろや。楽しめる時は楽しむ。人生の先輩の格言だから、素直に従えや』 


(人生? 剣生の間違いじゃないですか?)


『テメエ……言っとくけどな、オレは元人間だからな。人生の先輩で間違いねエから!』


俺はそこでフッと笑みがこぼれた。


(出たよ、そのセリフ。自称元人間さんですよね?)


『自称じゃねえ。俺は人間だ! 失礼過ぎンぞ』


(だって、人間の時の記憶がないのに、なんで人間だってわかるのさ? そもそも元の身体に戻るって……)


『言いやがったな。そんな奴には……』


その瞬間、俺の視界が一瞬で暗転した。この兆候は間違いない。


「テメエは剣の中で見ていろ」


ブライに声を掛けられた瞬間、自分の視界が剣の視点に変わっていた。剣の視点とは、剣の鍔に装飾されている宝石からの視点である。刀身が鞘に収まっていても、装飾は外に出ているため、視界として良く見える。また、表裏両方に装飾があるため、視界を表裏に切り替えることで、前後の視界を確認できる仕組みになっている。


『おいっ! いきなり変わるなんて!』


「テメエが悪い。俺がこういう気分転換の時のお手本を見せてやる!」


 そう言うと、近くでビールを売っていた獣人の女性に銅貨を4枚渡して、木樽のビールジョッキをもらう。左手にはケバブのパン、右手にはビールジョッキ。やることはただ一つ。


それはケバブのパンを頬張り、ビールをグビグビと流し込み始めた。


『ああ……やってしまった』


ため息を吐く俺をよそにブライの両手が止まる事はない。


「兄ちゃん。良い飲みっぷりだな!」


そんな様子を見過ごすほど、この場は甘くない。近くの屈強な男がブライの肩に、棍棒のような上腕をどっしりとのせてきた。


「オッサン! 昼間なのに仕上がってんな! 俺と一杯付き合わねえか!」


ブライは荒ぶる口調で屈強な男に声をかける。


「その威勢の良さ。気に入った。おい、そこのネーチャン。俺とこの坊主に、たっぷりのビールを!」


屈強な男は、屋台でビールの売り子を獣人の女の子を呼び寄せて、木樽のビールジョッキを4つほど、机に置かせた。周囲はな何事が始まるのかと爛々と目を輝かせた。


「行くぜ!」


かくして、周囲の客を巻き込んでのどんちゃん騒ぎが始まってしまった。肉を貪り、酒を呑み、周りは訳も分からず、盛り上がる。酒で狂うのはどの時代、どの世界でも共通。ひどいのはふとした瞬間に、俺とあいつが入れ替わり、シラフの俺がその場を引き継ぐというもの。これのどこが気分転換というものなのだろうか?


「おい、ニーチャン。急に元気が無くなったが、どうした? ほれ、酒!」


気づけば、俺が元の身体に戻っており、オッサンに酒を呑まされている。アルコールハラスメントなど、どこにも存在しないこの世界で、酒をドバドバと吞まされる。ブライは剣の中でガアガアと寝ている。


抵抗もできず、酒を呑み続けると、なんだか良く分からなくなってしまった。そして、気が付けば、夜になって、町の衛兵に怒られていた。


『なんだかんだ、タノシイだろ?』


宿屋に帰る道中、酔いの醒めたブライはそう言うのだが、腑に落ちない。


「うかつな発言でした。ごめんなさい」


『別にもう反省の言葉なんて良いさ。バカバカしいことやって、すべてがちっぽけに見える……そんな瞬間が大事なんだよ。過去に何があろうとな』


身体の火照った頭で夜空を見上げた。なんとなく、すべてがちっぽけに思えた時、悩んでいる自分がなんとなくどうでも良くなっていた。なんだか良いことを言っている風のブライには納得も行かないし、腹は立つが、分かるような気もした。


『オマエはもう少しバカになっても良い。考え過ぎたって、どうにもならねえこともあるんだ』


「そいつは人生の先輩として? 剣生の先輩として?」


『どちらにしてもだ。過去を拾おうとしている俺と、過去を捨てようとするオマエ。どうにもならねえこともあると思うが、互いに今を生きることは捨てちゃあいけねエ』


「なんだか良いことを言っている風だけど、良く分からない」


『うるせえ』


「……だけど、ブライが元の身体や過去の記憶が戻ると良いなとは思ってる」


『オマエも酔ってるな』


「うるさい」


二人はそんなやり取りを交わしながら、宿屋に戻った。


そして、戻った矢先で、ガシスにめちゃくちゃ怒られた。

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7代目勇者―はたしてこの世界を救えるのだろうか? 酒月 河須 (さかづき かわす) @sakazuki-k

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