第14話 約束
『とぼけるな。この剣の身体から元の身体に戻してもらう約束だ。王都にいけば、元の身体に戻してもらえる神官がいるとお前が言っただろ? お前に同行し、戦闘の手助けをしているのはその約束があってこそだろ?』
「何度も言うけれど、戻してもらえるかは正直、分からないよ。ただ、俺の知っているその神官は可能性が高いというだけで……ほんと、せっかちだなあ」
『可能性だろうがなんだろうが、俺は藁にもすがる思いなんだ』
「つかむ手は無い癖に?」
『この野郎! 今すぐにでもオマエと入れ替わって、全裸でそこら中を走り回ってやるぞ!』
「冗談だって。そんなむきにならないでよ」
『剣になったこともねエから、そんなことが言えるんだ!
なんというパワーワードだろうか。
「……一応入れ替わった後の俺、剣に魂が入っているよ」
『剣歴が違うんだよ! 分かるか? この気持ち?』
またしてもパワーワードだ。
「それはすみません」
ここは場を収める上でも謝るのが得策と考え、謝罪した。
『そんな形だけの謝罪は求めてねえ』
めんどくさいことを言い始めていたが、高ぶった時と比較して徐々に声のトーンが落ちてきている。口ではああだこうだと言っているが、元来の素直さが幅を利かせ始めているのだ。これが良い傾向であることは、3か月ほどの付き合いで分かり始めていた。
「ちゃんと神官には会えるように頑張ってみるから」
『分アったよ。おめエは約束を簡単に破るような奴でもねえって事は知ってるさ。それはそうとして、腹、減ってねえか? この宿屋の近くに飯屋や食べ物が売っている場所がある……』
ブライに提案と同時に、腹の音も鳴った。
『ほれ、良いタイミングだろ?』
ブライは愉快そうに俺に問いかけた。その見透かしたような口調に腹は立ったが、腹が鳴ったのは真実なため、頷くしかなかった。
良く考えれば、昨日のあの戦闘で疲れ果てて、あまり飯も食べていない。腹が空くのは至極当然だった。
「そうだね。そうしようか」
そう言った俺はベッドから立ち上がる。その瞬間、全身に電流が走るような筋肉痛に見舞われた。
「痛っ」
ブライに身体を貸すと起きる恒例イベントだ。ブライの超人的な動きは俺の身体の負担がかかってしまうためだ。俺は上半身に巻かれた包帯をさすりつつ、近くにおいてあった白のシャツと茶色のベストに袖を通した。基本的に、このシャツとベストを何着か所持して、着まわしている。
『やっぱり、男なら普段から鍛えておくべきだろ?』
ブライの脳筋発言を無視して、ズボンとブーツを履こうとするが、見当たらない。
『ズボンとブーツはブライのオッサンが捨てたぞ。戦闘でボロボロだったしな。代わりに、オレの側においてある、新しい茶色のブーツと緑のズボンがあるだろ? オッサンがオマエのために用意した』
「そうだったのか」
『お礼は言えよ』
「分かってる」
俺はブライの魂が入った剣の柄を掴んだ。剣には腰に帯同できるようベルトが巻かれており、俺はそのベルトを腰に巻く。服は昨日のような戦闘でズタボロになるのに対し、この剣だけは刀身だけでなく、柄や鞘もめったに傷つかない。仮に傷ついても勝手に再生してしまう代物。魔法の存在するこの世界なら普通のことかもと出会った当初は思っていたが、ガシスさんと行商人をやっていくうちにそんなものは普通ではない事も知った。無論、自分に話しかけていることや魂が内包されていることも普通ではないし、俺だけ魂を入れ替えられるなんてのも聞いたことがない。ガシスさんに聞いても同様の回答が返ってくる。おそらく、この剣は武器の中でも最上位クラスであろうと推測している。だから、俺はこの剣のことをガシスさん以外には秘密にしている。
(傷かないとは言っても、折れたりしたらやばいのかな?)
『いや、さすがにそれはやべエぞ! この剣は魂を内包してこその再生だ。魂が消滅する危機に瀕するような傷はまずいって!』
俺がふとした疑問を頭に浮かべた途端、ブライは即座に返答した。口調も早く、明らかに焦っている様子。本当にまずいことのような気がした。
(やばいのね……ん? でも、折れたことも無いのに、ブライはなんでそんなことを?)
『俺の中の勘がそう言っているんだ。それ以上の根拠はねエ。聞いた途端、背筋がゾワリとしたんだ』
「分かったよ。ところで、ガシスさんは?」
『この宿屋のロビーにいるぜ』
ブライの能力の1つ、気配感知。魔力や気力と呼ばれる生命エネルギーを周囲数キロの範囲で感知する能力。これにより、他人との距離を測ったり、他人の特定や他人の力量を推し量る。
「分かった」
俺は自室から通路に出た。通路は窓ガラスから差し込む太陽の日差しが木造建築を照射し、ほのかに温かい。中世のヨーロッパの建築物というよりも近世のヨーロッパ建築物というのが近いかもしれない。
すぐ側の階段を降りると、少し薄暗いロビーにでた。外からの日差しで多少部屋は明るいが、ガスランプが無ければ、手元で細かい作業をするには心もとない。
「起きたか? 調子はどうだ?」
ブライはロビーでコーヒーをすすっていた。異世界だからこそ、この世界特有の食事になると転移した当初は覚悟していたのだが、元いた世界と同じ飲食類が非常に多く、驚いたものだった。なんでも、歴代の勇者たちが元いた世界の食事をこちらの世界に輸入して開拓したことが理由だとか。
「動けるくらいには回復しました。明日ぐらいには復帰できそうです。ちょっと今から飯屋を食べに行こうと思っていますが」
「明日には……か。相変わらず驚異の再生力だな。俺はさっき飯を食ったばっかりなんだ。すまねえが、1人で行ってきてくれねえか? すぐ近くに市場や飯屋もあるしな」
ガシスは剣のブライのことを認識しているが、誰かに情報を洩れることを恐れて、あえて一人でと言ってくれている。そういう細かい気配りもまた、この人を尊敬している理由の一つであった。
「わかりました。お気遣い、ありがとうございます。では行ってきます」
そうして、俺は宿屋を出ていった。
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