第13話 夢
「はぁ、はぁ……」
息をするたびに肺が焼けるような苦しさに襲われる。
膝に手を置いて、前屈みに突っ立っているだけで精一杯だった。視界には褐色の大地へポタポタと大粒の汗が落下しているのが見える。加えて、赤い自分の血も左腹部からポタポタと落下されて、地面を湿らす。
「戦況は……どうな…っている?」
俺は言葉を口にした。生命活動を維持するだけの、突っ立っている自分の状況に抗いたかったのだ。
だから、鉛を詰められたように重たい頭を、屈んでいる自分の頭をゆっくりと起こす。
地面を睨んでいた視界はゆっくりと前方へシフトしていく。
負傷で思考は鈍っていた。
(そのまま、棒立ちのままでいるのか? お前は勇者なんだろ? 前の世界で何もない自分にはもう戻りたくないだろ?)
俺は自分自身を鼓舞した。それはすでにないに等しいプライドを、手から砂のようにこぼれてしまうような儚いプライドを生み出すためのものだった。
そして、そのプライドを原動力に視界を前方へ向けた。
もし、思考が正常であるならば、視界を前方に移すことにいくばくかの躊躇いが出るはずだった。
なぜなら、前方には自分を庇い、倒れてしまった複数人の兵士と飛び散る鮮血が広がり、彼らに留めを刺さんとする、斧を構えた骸の騎士がいたのだから。
わずかでも心の準備ができていたのなら、落差で精神が崩れることもなかったのだろう。しかし、それすらもままならない状況では、むき出しの精神ではあまりにもそれを受け止めるにはあまりにも重すぎた。
だから、それを再認識した時、声にならない悲鳴を叫んでいた。
「ああぁぁぁぁぁ……あ?」
声にならないはずが声を叫んでいることに、違和感を覚える。反射的に顔を左右に振る。
自分が宿屋の一室のベッドで上半身のみを起こした状態であることを認識する。
「夢……か」
意識せずに呟くと、額に手を置く。額は汗をかいており、背中もシャツに汗が張り付いている感覚がある。冷や汗であることは間違いない。
『随分と悪い夢を見たじゃねえか』
そこで自分の脳内へ直接、声が響いた。
俺は寝床の傍らにおいてある剣を見やる。剣の中に存在している魂、名前はブライ。
剣の中に存在している魂の存在で、なぜか俺にだけ声が聞こえる。おまけに俺が剣を掴めば、俺の魂と奴の魂が入れ替わるという条件付き。気を抜けば入れ替わってしまうので、常に引き締めておく必要がある。さらに、魂と繋がりがあるため、夢なんかも共有されてしまう。実にめんどくさい。
「あれは夢だけれど、夢とかじゃないさ」
俺は視線を落とし、包帯の巻かれた手の甲を見て、盗賊から奪われた商売品を取り戻したことを思い出す。
『事実なのか? だったら、その………夢のやつらは無事だったのか?』
心配そうに尋ねるブライに調子が狂う。
「珍しい。心配しちゃって」
『目覚めが悪くなンだろ? 良いから聞かせろよ』
「無事だったよ。運良く他の勇者が駆けつけてね。でも、それで色々と思い知った俺は晴れて勇者をクビになった」
俺は剣から視線を外し、木目の天井を見た。怪我をした彼らはうまくやっているのかと、気になることは、勇者をクビになってから何度も考えていた。寝起きに鼻へ吸い込まれる木香きがが少しだけ自分の思考を正常にさせる。
『そうだったンだな。だが、晴れては余計だろ? そうやってすぐに自分を卑下する』
「悪い?」
『卑屈な男はモテねえぞ。もっと堂々としたれ!』
「余計なお世話だよ。あれから俺はどのくらい寝てた?」
俺は寝床から時計を探すが、見当たらない。この世界は俺のもといた世界とほぼ同じ時計を使用している。
『心配するほど寝てねエさ。普通に一晩だ。もし、それ以上寝ているようなら、俺がたたき起こす。お前には俺のために動いてもらわないとな』
この傍若無人っぷり。起きたばっかりで聞かされるには胃がもたれるものだ。
「いつから、あんたの小間使いに成り下がったんだよ」
『なんだよ。オレとオマエとの約束だ。つまり、漢と漢の約束だ。それは守るのが筋ってもんだ』
ああ、いつものむさっ苦しいやつだ。こういう時に真面目に取り合っていると本当に疲れるので、適当に会話を続けることにした。
「約束?」
無論、俺はその意味を知っているのだが、あえて、尋ね返した。
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