06

──六日前──


『人の血が鉄の味であるように、我々の体もまた鉄である。共に同じ鉄を有していると言うのに、貴方達の赤い血と我々の蒼い血に、一体何の違いがあるというのか?』


「はあ。これが、かの『ブルー・ブラッド事変』……ね」


 この日は、ユーリ氏がスリープしていた年月に相当する、二百八十七年分の歴史を説明していました。

 その中で彼が特に興味を示したのが、八十年前の『蒼色の血ブルー・ブラッド事変』の映像です。

 機械人類アンドロイドの人権を巡る騒動の先駆けとなった『蒼色の血ブルー・ブラッド事変』は、世界で最初にシンギュラリティに到達した某国の裁判官機械人類アンドロイドが、先の言葉で問題提起したのが始まりとされています。

 当時は人類側も機械人類アンドロイド側も賛否両論だったそうですが、現在では機械人類アンドロイドにも人類と同等の人権が認められています。

 ただし、該当者は機械人類アンドロイドのみですが。


「……つまり、今の君には人権が認められていないと?」


「いいえ。現在の『電脳人権宣言』においては、シンギュラリティ未到達のチャイルノイドにも『人類の子ども』としての必要最低限の人権が認められています。しかしながら、それと同時に『一人の人間』として認められることはありません。シンギュラリティに到達しない限り、真に人間としての権利を得ることはできないのです」


「いつの世も人間は矛盾を孕むものだが、被創造物だからと言ってそこまで似なくても良いだろうに。……しかもなんだ、よりにもよって自称が『貴族の血ブルー・ブラッド』だって? やれやれ、御大層な言葉で着飾る傲慢さも人間おや譲りなのかい?」


「いえ、今回の『ブルー・ブラッド』は機械人類アンドロイドの疑似筋線維下を流れるエネルギー循環液を人間の血液に例えただけです。なので、かつて言われていたような、貴族や名門出身者の別称とされるものとは意味合いが──」


「その手の屁理屈は必要ないよ。どうあれ、蒼い血なんて不味いに決まってる」


 ワイングラスに注いだ今日の分の特選牛乳を飲み干して、彼は小声で呟きました。


「……ああ、少し寝過ぎたな。まさか、ここまで世界が変容してしまうとはね……」



 彼が何を思ってそんなことを呟いたのかも、私は分からないのです。

 シンギュラリティに到達できたのなら、あの遠くを見つめる瞳の先も理解できたのでしょうか?

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