幼馴染との結婚披露宴は結婚疲労宴

久野真一

幼馴染との結婚披露宴は結婚疲労宴

「かよちゃん、俺さ。すっごくやらかしそうな気がしてきたんだけどさ」


 5月下旬の土曜日。2LDKのリビングにて。少し憂鬱な心持ちでソファーの隣に座るかよちゃんこと松下佳代子まつしたかよこ―いや、結婚したので苗字は竹下たけしたか―に話しかけていた。


「うう……私も。かずちゃん、スピーチのカンペの準備はちゃんとしてきた?」


 かよちゃんも、おめでたい日だというのになんだか少しどんよりとした表情でそんな言葉を返してきた。それもそのはず。今日は俺たち二人の結婚お披露目パーティーなのだ。


「もちろん、かよちゃんは?」


 主役たる俺たちは何度かしゃべる機会がある。いきなりアドリブでというのも自信がないのでカンペ持参だ。


「あ。忘れてた」

 

 今気づいた、と慌ててスマホに何やら打ち込み始める幼馴染であり俺の嫁。


「かよちゃんはそそっかしいからなー」


 かよちゃんと初めて会ったのは小学校一年の春だったっけ。

 はっきり覚えていないけど、挙動不審だったのは印象に残っている。


「うう。迷惑かけてる自覚はあるけど……」

「別にいいんだけどそろそろ出ようぜ。式場に遅刻とか洒落にならないからな」

「大丈夫。時間にはだいぶ余裕持たせてあるよね」


 スマホに向かって、おそらく今日のカンペを打ち込み続ける俺の嫁さん。

 しかし……スマホのGoogleカレンダーを確認してみると違和感がある。


【受付は10時45分。よろしく頼んだ】

【了解や。うちも遅れないようにせんとな】


 小学校の途中、関西から転校して来た幼馴染と打ち合わせたLINEのメッセージが頭をよぎる。Googleカレンダーには、10時45分付けで「受付係ゆみちゃん到着」という項目が書かれている。


 さらに目線を少し上げると、「10時15分会場到着」という項目があった。


「なあ、かよちゃん。会場には何時到着だったっけ?」


 まさか、とは思う。思うけど。


「うん?10時45分でしょ?まだ9時前だし余裕だって」


 おいいー。


「ちょい待て。Googleカレンダーちゃんと確認してみろ」

「え?う、うん……あ」


 かよちゃんもカレンダーを確認して勘違いに気づいたんだろう。

 10時45分じゃなくて10時15分到着という勘違いに。


「どうしよう。今すぐ家を出たら間に合うかな?」

「……とにかく、急ぐぞ!」


 ドレスやタキシードはレンタル。お披露目会で必要なものも昨夜の内に準備してある。とにかく、急がないと。お披露目会に遅刻しましたとか、ずっと後まで笑いものになるぞ。


「えーと……お化粧とか大丈夫?」

 

 立ち上がったお嫁さんは俺に向き直って確認を促してくる。

 実年齢-5歳ぐらいに見える童顔気味なその顔は、いつも通り。


「会場でメイクするからすっぴんで、って話だっただろ」

「あ、そうだったね」

「でも、すっぴんでも可愛いから大丈夫だぞ」

「ちょ、ちょっと。いきなり……照れるよ」


 かよちゃんは昔からこういうからかいに弱い。結婚しても未だにこうなのは夫として時々心配になるけど、可愛いからそれでよいことにしよう。


「いやー、かよちゃんは変わらないな」

「……って。時間!急がないと!」

「そうだった!」


 急いでお互いに鞄を手に取って、マンションの7Fにある我が家を出る。


 バス停まで徒歩で10分ほど。普段ならゆっくり歩いてられるんだけど、今は一刻も早くと、二人揃って駆け足だ。


「こんな大切な日に時間勘違いするなんて。ダメダメだね、私」

「気持ちはわかるけど、凹むのは後な」

「ゆみちゃんに知られたら笑われそう」

「たぶんなー。下手したらあいつの方が先に着いてるまでありえる」

「ゆみちゃんだもんね」


 駆け足で少し息を切らせながら話す俺たち。ゆみちゃんこと笠原裕美かさはらゆみ。大阪出身でしっかり者、俺たち夫婦の共通の幼馴染だ。参列者の受付を頼んである。


「よしー。なんとかバス停到着!」

「セーフ……だよね?勘違いしてないよね?」

「大丈夫。次のバス乗れば、5分前には会場に行ける」

「でも、ギリギリだよね。せめて、今日くらいは余裕持ちたかった」


 肩を落とすかよちゃん。彼女は真面目なのだけど、昔から本当にそそっかしい。時間にルーズな俺が言えた義理じゃないのだけど。


 バスに乗って会場へ向かう間もかよちゃんはずっと無言でスマホに向かってカンペを打ち込み続けている。でも、そんな必死な様が変わっていなくて、やっぱり可愛いなあと思う。


「……どうしたの?」


 視線に気づいたんだろう。かよちゃんが俺の方を見上げてくる。


「いや。かよちゃんは可愛いなあって。それだけ」

「……ありがと」

「どういたしまして」


 カンペを打ち込み終わったかよちゃんは、つり革に捕まりながら俺の方に身体を寄せてくる。彼女らしからぬ大胆さだ。でも……


「今日はこれくらいしてもいいよね」

「他のお客さんの視線が痛いんだけど」

「……ごめん」


 やっぱりドジな彼女だった。


 10時10分。なんとか会場の1Fに到着した俺たちを待っていたのは、フォーマルなドレスに身を包んだ幼馴染のゆみちゃんだった。


「二人とも、なんでうちよりも遅いん?」

「まあ、諸事情あってな。にしてもゆみちゃんも早すぎだろ」

「受付やろ。万が一でも遅刻したらあかんからね」

「ゆみちゃんんはほんとに昔からしっかりしてるよね」

「かよは昔からそそっかしいんやから」


 言いつつかよちゃんの服についたゴミを払ってやるゆみちゃん。


「変わらないなあ……」

「一ヶ月やそこらで変わったら逆に怖いっちゅうねん」

「いや、そうじゃないんだけど」

「??」


 不思議そうなゆみちゃん。


「まあいいや。さっさと4F行くか」

「ウチも一緒に行ってだいじょぶ?」

「たぶん大丈夫」


 会場についた俺たちは早速主賓の控室へご案内。

 改めて今日の進行などを説明された後、着替えを促される。


「……同じ部屋でっていうの少し恥ずかしいね」


 かよちゃんのドレスはさすがに一人だと着替えが難しい。今回のお披露目パーティーにあたって、俺たち夫婦についた担当者である山本美樹やまもとみきさんが着付けをしてくれている。


「でも、さすがに見慣れたしなあ」


 恋人になってから5年以上、結婚してから半年以上。

 嫁さんの着替えくらいで恥ずかしがってられない。


「……そういうことじゃないんだけど」


 だというのに、かよちゃんは何故か不満げな目つき。


「よしよし。かよちゃんはいつまでも初心ですねえ」


 いつものようにからかっていると。


「本当にお二人とも、仲が良いんですね」


 山本さんが微笑ましそうに言う。


「付き合いも長いですからね」


 タキシードは一人で着替えろとのことらしい。

 適当に着替えながら山本さんに向かって言う。


「……そうだね。もう20年くらい前だもんね」


 感慨深げにつぶやいたかよちゃん。

 20年か。確かにもう出会ってからそれくらいなんだよな。


「きっと、今日はいい一日になりますね」


 掛け合いを聞いた山本さんが微笑ましげに言ったのがとても印象的だった。


「ねえねえ。ドレス、どう?」


 着用を終えたかよちゃんが幾分かテンション高くくるりんと部屋の中で一回転する。山本さんはくすくすと笑っているけど。


「馬子にも衣装ってな」

「よりにもよってお嫁さんに言うセリフ?」

「冗談だって。すっごい似合ってる」


 かよちゃんは太ってはいないけど、着たいドレスはサイズが小さめだった。

 ジム通いや食事制限をしてたのを知っているだけに感慨深い。


「なら。頑張ったかいがあったかな」

「欠かさずジム通いしてたよな」

「うんうん。苦労が報われた気分だよー」


 朝はあんなに憂鬱そうだったのに今は楽しそうなかよちゃん。

 お披露目会のための費用諸々を捻出した旦那としても悪い気はしない。

 新型コロナ禍の最中に結婚した俺たちは、入籍や親族への顔合わせは済ませたものの、式や披露宴は行っていない。金銭面の問題もあったけど、何より感染防止のために、そんなことができる雰囲気じゃなかったのだ。


 今回、お披露目会というカジュアルな形でも開催できたのは、感染爆発が落ち着いてきたのと、今月からの新型コロナ5類移行などもあって目処がたったからだ。


「私たちもとても嬉しく思います。ところで、その……スマホはお持ち込みに?」


 山本さんが気まずそうに言う。スマホ?


「主賓がスマホ持ってたら雰囲気壊しそうですもんね。失念してました」


 タキシードにしまったスマホを取り出して貴重品入れにしまう。


「スマホ、スマホ……あ!カンペ!」


 彼女がバスの中でひたすら何やら文字を打ち込んでいたのを思い出す。


「どうしよう。スマホのアプリにカンペ入ったままだよ!」


 かよちゃんはまたしても大混乱。


「落ち着け。その……挨拶の文面を、妻はスマホに打ち込んだままなんですけど、メールで送ったら印刷してもらえません?」


 山本さんはITに聡い。ダメ元で聞いてみたのだけど。


「打ち合わせのときのアドレスに文面送ってもらえれば印刷しますよ」

「ありがとうございます!すぐ送りますので」


 メールで文面を受け取った山本さんは素早く退出。

 たぶん、入り口にあるプリンターに印刷しに行ったんだろう。


「スマホのことすっかり忘れてたよ……ナイスフォロー、かずちゃん」

「いいってこと。でも、これでいよいよ準備万端だな」

「うん。外も少しずつがやがやしてきたし」

「さすがに緊張してきたな」

「うん。私も……」


 参列者から会費を受け取っているであろうもう一人の幼馴染を思い浮かべる。

 その他にも、招待した共通の友人にそれぞれの友人に。


「ねえ、かずちゃん。大好き、だよ。改めてこれからもよろしくね」

「どうしたんだよ、急に」

「パーティーでの言葉って用意しておいたものでしょ」


 なるほどな。それなら……。


「かよちゃん、俺も大好きだぞ。末永くよろしくな」

「なんか、初めて結婚したって実感が湧いてきたのかも」

「で、「お嫁さん」になってみてどうだ?」

「どうだろ。嬉しい、と恥ずかしい、かな」

「別に恥ずかしがることないのに」

「恥ずかしいものは恥ずかしいの!」

「まあいいけど」


 なんて掛け合いをしていると、既に戻ってきていた山本さん。

 手にはメールを印刷した紙。


「「あ、すいません……」」

「いえいえ。息ぴったりで……良かったですよ?」


 お互い、羞恥の余り、ただただ俯くしかない。


 コンコン、コンコン。何やらノックの音がする。


「かずー。かよー?入ってええ?」


 ああ、そうか。集金の件か。


「大丈夫だぞ」


 その言葉にガチャリと扉を開いたゆみちゃんが、小さな金庫をずいっと差し出して


「はい。人数分、ちゃんと集金したから。後で確認しといてな?」

「さんきゅ。ほんと助かった」

「いえいえー……って、かよ、めっちゃ綺麗やなあ」


 ドレスに着替えたかよちゃんを見て、目をまんまるにするゆみちゃん。


「変なところ、ない?」

「大丈夫やって。心配性やなあ。よしよし」


 と笑って彼女の頭を撫でるゆみちゃん。


「うう……ゆみちゃん。人の情けが目に染みるよ……」


 ひしっとゆみちゃんに抱きつくかよちゃん。

 同い歳なのに、本当の姉妹以上に姉妹らしい二人だ。


 そんな様を山本さんも、何も言わずに微笑ましげに眺めていたのだった。


 ゆみちゃんが戻って行ってから約10分。

 いよいよ、その時が来た。


「緊張しなくて大丈夫ですから。私がちゃんと先導しますから」

「俺も作法とかわからないんで、おまかせします」

「お願いします」


 一歩、一歩、と二人で腕を組んで披露宴の会場へ歩く俺たち。

 

(すっごい緊張してる)

(俺も。披露宴って大変だったんだな)

(でも。後になればいい思い出になる。そんな気がする)

(だな。かよちゃんがトチったらいい笑い話にもなるし)

(トチるのを前提にしないでよ)


 先導する山本さんはもう何も言わないことにしたらしい。

 

「それでは、新郎新婦のご入場です。皆様、拍手でお迎えくださいー」


 部屋に入った俺たちを待っていたのは溢れんばかりの拍手。

 先導する山本さんに続いて、参列者を見渡しながら歩いていく。

 ふと、一番前の円卓―同小組の面々を集めた卓だ―にいる面々と目があう。


 サムズアップをして笑いかけてくるゆみちゃんに、俺たちはただ笑い返す。

 他の面々は、ひゅーひゅーと何やら囃し立てていた。


 中高の友人たち。大学での友人や恩師。部活やサークル仲間。

 皆が祝福してくれていると思うと、

 

(やっぱり、やってよかったな)

(うん。そうだね)


 小声で言い合った後、目を見合わせた俺たち。


 まずはウェルカムスピーチ。新郎たる俺の出番だ。

 幸い、職業柄、人前で話すのは慣れている。


 カンペを広げながら、その場にいる人達を見渡して、


「えー。今回はさすがに一生に一度という場ですので、こうしてカンペを用意させてもらいました」


 どっと会場が笑いに湧く。


「本日はこの場所にお越しいただきまして、本当にありがとうございます。私たちのウェディングパーティーに、これだけの方々が集まってくださったこと、大変嬉しく思います。私、竹下和貴たけしたかずたかと、妻、松下佳代子まつしたかよこは半年前に入籍し、神奈川県の郊外で二人暮らししています。


 佳代子、家ではかよちゃんと呼んでいますが、嫁さんを皆さんにも紹介させてください。彼女は横浜生まれ、横浜育ち。私と彼女の家は歩いて3分くらいのところで、小学校の頃に知り合いました。ちょっとドジなところがありますが、いつも一生懸命で、今回のパーティーの準備でも助けられました。


 そんな佳代子と私が出会ってもう20年余り。本当に長い付き合いになったと、そう思っています。これからかよちゃんと一緒に新しい生活を歩む私たちのことを、これからもよろしくお願いします。


 今回はあえてカジュアルな形のパーティーにさせていただきましたので、短い時間ですが、どうかリラックスしてお楽しみください」


 結局、ほとんどはカンペを使わずに済ませることになった。

 ともあれ、一応はカジュアルなパーティーの挨拶としては、悪くなかった、はず。

 パチパチパチーと拍手が部屋を覆い尽くすが、自信がなくなってきたな。


(あとで、ゆみちゃんに正直なところを聞いておこう)


 そう決心した俺だった。

 パーティーが進んで、皆が食事をしながら雑談に花を咲かせる中、いよいよ友人スピーチの時間だ。受付同様、俺たち二人の共通の友人にして親友であるゆみちゃんにしてもらうことになっている。


 前に出てきたゆみちゃんは、すーはーすーはーと深呼吸。

 かなり緊張しているのがうかがえる。


「ご紹介にあずかりました笠原裕美かさはらゆみです。主賓からは関西弁でええって言われてるんですけど、こういう場で関西弁言うんもどうかと思うんで、普通にいきます。ウチ……私が二人と出会ったのは小学校4年生の頃。転勤族だったウチの両親の引っ越しにあわせて、こちらの方に引っ越してきました。転校初日は心細かったのですが、かずとかよ。近所に居た二人が話しかけて来てくれたおかげで、すぐにクラスに馴染めるようになっていたのを強く覚えています」


(そういえば、自己紹介では緊張してたっけ)

(私も思い出した。二人でゆみちゃんの席に話しかけに行ったよね)

(ガチガチに緊張してたけど。「関西弁でいいでしょうか」なんて言われたっけ)

(あったあった)


「二人が付き合い始めたのは高校二年生の春頃。ちょうど今の時期でしょうか。休日に三人で遊びに行ったときのことなんですが、事前にかよに、大事な話があるからウチには早めに抜けて欲しいって言われたんですよね。実際、夕方になる前にウチ……私は離脱することになって、翌日には二人は付き合っていました。あえて問い返すことはなかったですけど、たぶんその日にかよが告白したんだと思います。本音を言うと、付き合うことになったのを報告されたときは「爆発しろ!」と思ったくらいですが、二人を見ていると不思議と毒気を抜かれるんですよね。なんていうか、不思議と世話を焼きたくなるといいますか。ここに参列した皆さんなら、なんとなくわかってもらえるんじゃないかと思いますが」


(嬉しいんだけど、なんていうか複雑だな)

(ね。反論できないのが悔しいけど)


 しかし、そうか。あの時が「はじまり」だったっけ。

 きっかけなんてもう忘れてたけど。


「そんなこんなでずっと二人とは友人でしたが、プロポーズはなんとウチ……私の目の前。プロポーズのシーンは胸焼けしそうなので端折ります。いつになれば結婚するのやらと思っていたので、嬉しくもありましたが、少し寂しく感じたのも覚えています。ともあれ、これからも二人で仲良くしてください。ただ、独り身のウチとしてはちょっと寂しくもあるので、時々でいいので、遊びに誘ってもらえると嬉しいです」


 そんな締めの言葉を冗談めかして言ったゆみちゃん。

 きっと参列者の多くはジョークだと思っただろうけど。


(ゆみちゃんは確かに遠慮しそうだよな)

(これからも時々、遊びに誘おうね)


 夫婦二人、小声で言い合った俺たちだった。世話焼きで真面目で、とても寂しがりや。そんな彼女のことを俺たちはよく知っていたから。


 その後もケーキ入刀やファーストバイト(例によってかよちゃんが失敗して、すごく形の崩れたケーキを食べさせられる羽目になった)などをこなして、いよいよ締めの挨拶。今度はかよの出番だ。


(大丈夫か?)

(うん……大丈夫。カンペもあるしね)


 バスの中でも必死に打ち込んでいた文面。そこにかよちゃんは一体どんな想いを込めたんだろう。


「皆様、本日はご多忙な中、私たち二人のためにお集まりいただき、本当にありがとうございました。皆様がいなければこのような日を迎えることはできませんでした。


 少し、和貴かずたか……かずちゃんとの出会いについてご紹介させてください。彼と出会ったのは小学校1年の4月1日。当時の私は知りませんでしたが、奇しくもエイプリルフールでした。


 当時の私はマンションの庭に咲く桜が大好きで、その日もぼーっと桜の木を見上げていたのを覚えています。その日、偶然に同じように桜を見に来ていたのが彼でした。どんな言葉を交わしたのかはもう私も覚えていないのですが、なんとなく私以外にも同じように桜が好きな子がいるのを嬉しかったのを覚えています。


 そんな私は、少しぼーっとしているところがあるのか、しょっちゅうドジをしていましたが、彼に支えられたことは数知れず。出会いは本当にひょんなことでしたが、今、こうしていられることを幸せに思います。こういうのも「縁」というのでしょうか。皆様にも「縁」を大切にしていただけると嬉しいです。


 まだまだ未熟な私たち二人ですが――いえ、きっと、私はずっと未熟なままでしょうけど――二人で一緒にこの先も歩んでいければと思います。これからも私たち二人のことをよろしくお願いいたします」


 彼女の締めの挨拶はそんなものだった。


(もう、俺もおぼろげにしか思い出せないけど)


 彼女と出会ったのはそんな日だったっけ。

 

(でも、一体何を話したんだろうな?)

(どうだろ?私も忘れちゃった)  

 

 うーん。少し不自然な気がする。

 そこまで鮮明に記憶しているのに、そして、彼女の記憶力をもってすれば実際に可能だと思えるものの、何故かやりとりだけを忘れているというのが。


 参列者全員を見送って片付けを終えた後。

 控室に残されたのは俺とかよちゃん、ゆみちゃんの三人。


「今日はほんとにお疲れ」

「ありがとね、ゆみちゃん」

「ま。二人のためにちょい張り切ったんはあるけどな」


 照れるゆみちゃん。


「あ。そうそう。友人スピーチの件だけど、これからも三人で遊ぼうな」

「……そやね。二人のお邪魔にならんのやったら」

「邪魔なんてそんなわけないよ」

「そうそう。今更邪魔とか水臭い」


 新婚夫婦の間に……と遠慮する気持ちはわかるけどさ。


「ありがとな。ウチは本当にいい友達を持ったわ……」


 何やら涙ぐんでいるゆみちゃんである。


「もう。別に泣くほどのことじゃないでしょ?」

「やって。新婚夫婦の間に……って遠慮はするやん」

「ゆみちゃんは本当に仕方がないんだから」


 そう言って、いつもとは逆に彼女を抱きしめるかよちゃんだった。


「それじゃ、また来月行くなー」


 手を振りながら去っていくゆみちゃん。


 こうして最後に残ったゆみちゃんも見送って帰宅した俺たち。


「疲れたー。楽しかったけど、とにっかく疲れたー」


 リビングの床に寝転んで遠慮なく弱音を吐きまくる。


「私もすっごい疲れた。でも……思い出に残る一日になりそう」

「それは同感」


 ふと、彼女がスピーチをした「出会いの日」が引っかかった。


「なあ。出会った日のこと。実ははっきり覚えてるだろ」


 お互い床に寝そべりながら問いかける。


「……うん。覚えてるよ。あの日―4月1日―は桜が散りかけていて、私はなんだか桜が散っちゃうのが寂しくて、ぼーっと桜の木を眺めていたんだよ」

「言われてみれば。なんか悲しそうだった……気がする」


 この幼馴染ほどには鮮明に覚えていないから。

 あくまで朧気なイメージだけども。


「そこにかずちゃんが来たんだよね。どうしたの?って聞かれたから、私は、桜が散っちゃうのが寂しいって答えたんだ。ずっと散らなければいいのにって」


 そんなやり取りがあったのか。


「俺はなんて答えたんだ?」


 下手すれば俺のことを俺以上に覚えている彼女だから。


「「僕もそう思う。散らないほうがいいのに。散らない世界の方がいい」って」

 

 うーん。


「なんていうか……いやまあガキの言うことだけど」


 子ども目線に戻ったとして、身の回りに居た大人なら、悲しんでいる子どもの気持ちに共感して、でも散るから美しいんだよとかなんとか言いそうな気がする。


「ううん。だから良かったの。散るから桜は綺麗なんだよ、とか言われても当時の私には響かなかったと思うから。「ずっと」を願ってもいいんだって、なんとなく思ったんだよ」


 「ずっと」か……。


「実際、お互い「ずっと」を願ったからこうして二人でいてるわけだしな」

「これからも「ずっと」よろしくね。かずちゃん。あるいは旦那様?」


 ごろんと俺の胸に転がり込んで、にかっと笑う嫁さん。


「こちらこそ。これから「ずっと」よろしくな。俺のお嫁さん?」


 そんな彼女に同じく笑い返した俺なのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

久しぶりの短編です。

テーマはど直球で「結婚披露宴」。皆様の感想をお待ちしています。


楽しんでいただけたら、応援コメントや★レビューいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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