推しのVtuberから認知されてたようで

わか猫

第1話

 私は数年前から、『天都あまみわらび』という名前でVtuberをしている。


りん! 昨日の配信でさ──」

 中学生の時から、ずっとVtuberにハマっていた私は、毎日のように親友にVtuberを布教していた。

菜々海ななみはほんっとVtuber好きやね」

「うん、高校生なったら私もVやりたいなあ」

「ええんちゃう? 私絶対推すわ」

 

 高校生になり、憧れのVtuberを始めた私は、キャラクターが立っていなかったり、配信回数が少なかったりすれば、すぐに忘れられ、淘汰されてしまうというVtuberの厳しさを知った。

 私には、この厳しい業界に「推し」がいる。その人といつかコラボ企画をしてみたい、なんて思っていたりもする。

 

 配信終わりに、私はSNSでエゴサーチをしていた。液晶画面に表示される文字の羅列で承認欲求が満たされ、ほんのりと甘い味がする。蜜を求める虫のように、ただひたすらに画面をスクロールしていく。

 1つの呟きに目が止まる。これは、もしかして本物の……

『今日もわらびちゃんかわいすぎたわ! 1日お疲れ様でしたー! 明日も楽しみにしてます!! #天都わらび』

 フォロワー数、公式マーク──。私は確信する。この呟きの主が私の推し、最高にかわいいエセ関西弁癒し系Vtuber、『舞風まいかぜみるる』だと。


「ヤバイ……認知してくれてたの!?」

 これなら、私の望みも叶ってしまうかもしれない、いや、叶えたい! 

「コラボしませんか?」という内容を入力しては、消す。絶対失礼にならないよう、細心の注意を払って何度も入力し直したが、それでももし──、と不安になってくる。


「どんなことでも思い切ってやってみたら、意外と上手くいくもんやし、失敗したら、そんとき考えたらいいんよ」

と、いつの日かの配信でみるるが話していた。お悩み相談企画だったような気がする。みるるは私の心を全て知っているのではないかと思ったほど、彼女の言葉はいつも私を励ましてくれた。

 そんなみるるの言葉を信じ、強く鼓動する心臓を抑えて、息を呑み、送信ボタンを押した。


 みるるは、長い時間コラボ依頼の文面とにらめっこしていた私が馬鹿らしくなるくらい、コラボ依頼を快く受けてくれた。


「みなーさーん! おはみるです! サムネ見て気づいてる人もいるかと思うんやけど、今回はコラボ配信ということで、『天都わらび』さん、と一緒に配信をしてこうと思います。では、早速呼んできましょう、わらびちゃーん!」

 ミュートを解除した。早まる心音、いつもどおりにしていれば大丈夫だと言い聞かせて、第一声を発する。

「どーもー、こんにちは! 天都わらびでーす! 今日はよろしくお願いします、みるるちゃん!」

「よろしく!」

 私達は、少し雑談してから一緒にゲームをする予定だった。配信が始まるまではとても緊張していたが、事前の打ち合わせで決めた内容などを話していくうちにすぐ打ち解けられた。配信が始まってから15分もしないうちに、私たちは普通の友達のように話せるようになった。

 だから、考えなしに聞いてしまった。

「この前、みるるちゃん、私の配信見てくれたって呟いてくれてたよね? あれめっちゃ嬉しかった! コラボお願いしたのもあの投稿がきっかけだし──」

 思っていた反応と違った。

 電波が悪くなったわけではない。みるるちゃん自身が氷のように固まってしまったのだ。何か、いけないことを言っただろうか。

 一生にも感じられる気まずい時間が流れ、ようやくスピーカーから声が聞こえた。

「あ、ごめんごめん。なんか画面固まっちゃって」

 すぐに嘘だとわかった。けれど、私は何も言わなかった。

「そうそう、わらびちゃんの配信面白くて、時々見てるんよね! こっちこそわらびちゃんからコラボしませんか、言われて超嬉しかったから! ありがと!」

  

 なんやかんやで約ニ時間の配信が終わり、みるるからDMが来た。

『今日はありがとう! すごく楽しかったです。今度、ご飯でも行きません? 』

 仲が深まったおかげで、コラボ依頼のDMをした時よりも断然スムーズに返信することができた。

『こちらこそありがとう! またよろしくお願いします! ご飯、いつでも行きます!』

『お互い夜は配信あるし、今週の日曜、12時集合くらいで。わらびちゃんのおすすめの店とかあったら行ってみたいです!』

 私は少し前に行ったオシャレで美味しかった店をおすすめし、そこで一緒にご飯を食べることになった。

 

 みるるのアカウントの呟きをもう一度振り返って見ようとしたが、#天都わらびというハッシュタグがついた投稿は、消されていた。

 そういえば、私がこの投稿について触れたあと、

みるるはこんなことを言っていた。

「最近バグとか乗っ取りとか、多いんよー。私の友達も、アカウント乗っ取られて、勝手に変な投稿されてたって言うてたし」

 それなら、私を応援してくれた投稿も、乗っ取られて投稿されたものなのかもしれない。その方が、あのおかしな反応に説明がつく。

 恐らく、私が話したのは乗っ取られていた投稿の内容であり、その投稿のことをみるるは知らなかった。それなのに知らないVtuberの話を呟いたと言われ、混乱したのだ。


 投稿を消していたことにも気づかずに話題を振ってしまったことを後悔して、私は見せる顔もなかった。

 私が自身の考えなしを謝っても、彼女は優しいから、私が傷つくと思って、「乗っ取られていた投稿だった」「本当はわらびなんか知らなかった」などとは絶対に言わないのだろう。しかし、ご飯の約束はもう決めてしまったのだから、断ることは出来なかった。

 

 待ち合わせ場所に佇んでいたのは、薄い桜色のシャツと雪のようなカーゴパンツの彼女。雪解け水が湧き出るこの季節にぴったりなコーデがみるるによく似合っている。

 なんとなくみるるに既視感があるような気がしたが、同じような顔なんてこの世にいくらでもいると思い、気にはしなかった。

 レストランに入り、私はカルボナーラ、みるるはオムライスを注文した。食欲をそそる香りと共にその二品が運ばれてくると、私達はそれぞれマスクをとる。

 既視感の正体に気づいた。

「もしかして、」

「凛? 」

「ふふっ! うん!」

 凛は、私がよくVtuberの話をしていた、中学時代の同級生だ。久しぶりに親友に会えて、空まで飛び跳ねたいくらい嬉しかった。

 もうお互い会えないと思っていた懐かしい友と、昔の思い出をまったりと話し、温かく優しくとても充実した時間が流れた。


 デザートのパフェを食べながら、凛が言った。

「時間に余裕もあるし、少しぶらぶらしてかん? 」

 中学ぶりに凛と一緒に歩けるのだから、もちろん提案に賛成した。会計を済ませ、店のドアを開けて出る。

 爽やかな風に花びらが舞う。地元に比べると断然都会の方だが、天から降り注ぐ光は至るところで反射し、きらきらと輝いている。

「綺麗だね」なんて言いながら、麗かな春の日の街並みを眺めていた。


「実はさ、私、菜々海がわらびって名前でVtuberやってること、知ってたんよね。Vtuber始めたのも、菜々海に影響されたせいやし」

 凛が柔らかい声で語りかける。

「マジか、私本気でみるるのこと好きだったけど、全然自分が認知されてるなんて思ってなかったわ」

 私は甲高く、思い切り笑う。細まった凛の瞳は、眩しい夕陽に照らされたことだけが理由ではない。

「あの投稿もめっちゃ嬉しかったのに消されてたから、乗っ取られて勝手に投稿されたんじゃないかって思ってた」

「そんなわけないって! あれさ、ほんとは違うアカウントで呟こうて思ってたのに間違えてみるるのやつで呟いちゃったんよ。だから慌てて消してさー!」

「えぇ? みるるにかわいいって言われて超嬉しかったし、もっと呟いちゃってよかったのに」

 凛の顔がどんどん赤くなっていく。どうしてなのかなんとなく状況が理解できてしまい、私も凛のことを見ていたら、脈が速くなってきた。

 凛は地面に目を落として、ギリギリ聞こえるくらいの声で言った。

「ただのファンのふりすれば、素直に気持ちを伝えられるかなって思ったから。でも」

 緊張の糸が張り詰める。凛の目に真剣さが光り、唇を噛み締める。

「私が、好きなのは、ずっと前から『菜々海』だから」

「ねぇ菜々海。菜々海も、『みるる』じゃなくて、凛を好きになって」

 にっこりと微笑む表情は、昔も今も変わらない。緊張の糸が切れたのか、目元から、涙が一滴零れた。

 きっと私達は同じ表情をしている。

「凛、好きだよ」

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