妖刀

神原

第1話

 矢も尽き刀も折れた。もう残すは体だけだった。突出していた味方の前に体を晒す。敵の攻撃が触れた瞬間、康太の意識は闇に包まれたのだった。





「あれ? 俺死んだはず」


 呟く康太の声に応える者はなく、淡い光が手に集中する。それが形作ったのは一振りの刀だった。


 どこからか声がする。


「殺せ!」


 驚く間もなく、康太の腕が勝手に動く。大上段から振り抜き、返す刀で銅を薙いだ。闇の中で動く体は疲れを知らず。切った手ごたえすら無く振り続ける。


「助け」


「化け物!」


「やめて、くれ」


 ふと目の前の闇が晴れた。呆然と手にする刀には血がしたたり。戦場で動く物はいなかった。それは味方ですら。


 康太はただ立ち尽くす。折れていた刀は鋭い刃を周囲に晒していた。


 血の匂いと死体だけが周囲に満ちる。


「うっ」


 今朝食べた物が込み上げる。


 吐いて、吐いて、吐き尽くした後、康太は四つん這いでその場を離れたのだった。





 その戦場から三年が過ぎた。戦場を渡り歩き、その度に意識が消え去る。相手を殺せば殺すだけ戦場へと駆り出された。


 いつからか、康太の心は闇に飲み込まれていたのだった。






「殺す。殺す。ころ・す」


「助けてぇ」


 人が居なくなった村で男が一人、幼女を切り殺した。最後の一人だった幼女を。手にした刀は血がしたたり、怪しく輝く。


 どこからか人の声がした。誰もいなくなった村で穏やかな声が響いている。


「やっと見つけた」


「殺す。ころ」


「なあ康太、俺、お前のお陰で生きていられるんだぜ」


 ぴくりと男の肩が震える。誰だ。俺の名を呼ぶのは。そう男の頭に意識が浮かんだ。


「だからさ、俺がお前を止めてやる。こいよ。康太」


 敵。殺すべき相手だ。康太の頭にはもう人の心は残っていなかったのかもしれない。


 八双の構えを相手が取る。康太は無造作に片手で刀を横なぎに振るった。


 ギインッ!


 刀が弾かれる。


「強いな。さすがは康太」


 一度距離を康太は取った。両手で刀を構えなおす。中段の構え。もっとも基本的な相手を威圧する構えだった。


 一歩踏み込むと相手は一歩下がった。その下がる一間に隙が生じる。康太は両手の刀を躊躇いなく突き入れた。敵の胸に深く刃が突き刺さる。


「くっ」


 相手が小手で康太の刀の刃を固く握る。


「ふっ、捕まえた」


 と同時に八双に構えていた、もう片手の刀で康太の刀の元をぶった切ったのだった。


 光が弾ける。刀はぼろぼろになり消えていく。


「おれ、は」


「ぐっ、ふ。そうだよ、それ。それこそ康太の顔だ」


 康太の意識が徐々に戻ってくる。その相手は戦場で最後に康太が庇い助けた男の顔だった。


「おれ、俺は。なんてことを」


 辺りを見回し、生きている人がいない村を眺め、康太の目から涙が零れ落ちていく。


 胸から血を流している男に康太は何も言えなかった。


「お前はさ。きっと皆を守りたくて、ああなったんだよ」


 深い傷を負いながら、康太を諭してくれる。


「こんな争いのない、世界になるといいな」


 呟いて男は崩れ落ちる。


「ああああぁぁぁぁああぁ」


 康太の泣き声だけが村にいつまでも響いていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖刀 神原 @kannbara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る