王様
みしま なつ
王様【1/1】
その国には、大きな大きなお城がひとつ、ありました。
広がる街を見渡すことのできる、高い丘の上、王様のお城は、建っています。
お城には、たくさんの臣下たち、働くひとびと、
そして、2人の賢者がいました。
お城で働くひとびとは、
大勢の貴族達を取りまとめ、外国と話し合って、
国の人々の平和のために、働いています。
たくさんの書類に囲まれて、賢者の一人は、忙しなく手を動かします。
もう一人の賢者も、臣下に指示を下したりと大忙し。
毎日くたくたになって、働きます。
そして夜になると、警備の兵隊を置いて、2人はお城を出て行きます。
高い丘を下って、下って、広がる街へ向かいます。
「おかえり、キーツ」
一人は宿屋の戸を開け、中に消えていきました。
彼は宿屋の息子なのです。
「おかえり、ガロン」
もう一人は、鍛冶屋の重い戸を押し、入っていきました。
彼は鍛冶屋の息子なのです。
『お城の仕事はどうだい?』
それぞれの家で、それぞれの母がそう聞きます。
『上手くいっているよ』
それぞれの家で、それぞれがそう答えます。
そして夕食を食べながら、続けます。
『陛下は近く、隣国と同盟を結ばれるそうだよ。そうしたら、交易が盛んになる』
それを聞いて、それぞれの家族は喜び、家には笑顔がこぼれます。
食事を済ませた2人は、また家を出て行きます。
『今日もすこし、散歩に出かけてくるよ』
『ああ、行っておいで』
家族は彼らを見送りました。
彼らはそれぞれの家から、街の外へと歩いて行きます。
家がなくなって、人もいない静かな場所がありました。
「やあ」
「やあ」
そこが、2人の会議場です。
それぞれが、いつもの場所、大きな石と、小さな切り株に腰を下ろします。
「今日の会議だけれどね、リーフニッツ卿が異論を唱えているんだ」
「彼は私腹を増やす事に命を懸けているからね。
商売敵が増えるのを恐れているのさ」
2人は、今日あったことを、話し合います。
そして、明日のことも、話します。
明日も考えること、やりたいことが、たくさんあります。
それがひと段落つくと、ふう、と息を吐いて、
どちらともなく、口を開きます。
「ところで、今日も無事だったね?」
「ああ、大丈夫だったとも」
この国の人々は、王様がきちんといて、王様が国を動かしていると思っています。
賢者の2人はお城で働いていると言って、毎日毎日、王様の代わりに働いています。
「王様なんて必要ないのさ」
「王様なんていない方がいいんだ」
少し前、本当に2人がお城で下働きしていた時のことでした。
お城の外では良い王だと言われていた王様は、
お金をたくさん持った貴族からお金を巻き上げることばかり考えていました。
貴族のお金は、平民から奪ったもの。
そして、贅沢ばかりしていました。
お城で働いていた人々は、それをよく思っていませんでした。
そしてある日、王様が病気で死んでしまいました。
大臣は王様の死を隠しました。
再び私利私欲に溺れる王様が生まれることを恐れたのです。
そして、2人の賢い青年にこんな話をしました。
「国をまとめるためには、王の存在が必要なのだ。
だが、存在だけでいい。
本当の政治は、我々がするのだから。
国のことなど知らない王が上にいて、我々の頭を押さえつけてきた。
邪魔をしてきた。
そして民から財を巻き上げてきた。
こんなことでは、この国は駄目になってしまうのだ。
王は貴族、民の生活など知らない。
それでは、駄目になってしまうのだ」
そして次の日から、2人の召使は大臣に支えられながら
貴族ではない、平民の視線を持つ者として国を動かすことになりました。
当然2人はそんなことはできないと、断ろうとしました。
そこまで民を思う貴方ならば、王に相応しいでしょう、と
大臣に玉座を勧めたのです。
しかし大臣は引き下がりませんでした。
「それではいけないのだ。王を作ってはいけないのだ。
初めはどんなに賢く優しい王でも、
あの金の椅子に座ればたちまち人が変わってしまう。
そしてそれが繰り返される。
お前たちに王になれと言っているんじゃない、
ただ民の目で、この国を見て、
我々の行くべき方向を決める手助けをしてほしいのだ」
こうして2人は、賢者になりました。
このことはお城で働く人だけの、秘密になりました。
王様がいないという事実は、民にとってとても不安だからです。
王様がいて、良い国を作ってくれている。
そう信じている限り、国は豊かで、幸せが満ち溢れているのです。
「僕たちのこと、決して知られてはいけないよ」
「ああ、そして僕たちは、決して玉座に座ってはならない」
2人の青年は固く誓います。
毎夜、毎夜。
そして明日も、この国の玉座は空っぽのままです。
王様 みしま なつ @mishima72
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