第16話

少しずつ、私が住む街の灯りが見えてきた。

間も無く、おじいさんとのお別れの時だ。


「今日は、素敵な時間をありがとうございました。」


隣に座るおじいさんに微笑むと、彼は、満足そうに笑った。


チャンスとは、いつでも、思っていたものとは違う形で、

突然、目の前に現れるものなのかも知れない。

夢を叶えなければ、彼には逢いたくないと言ったけれど、

今日、逢えてよかった。

まだ、はっきりと残っている彼の温もりは、私の記憶へと上書きされた。


「本当は、今夜のこの出来事を、忘れてもらわねばならんのじゃ。

だが、約束を守ってくれるのなら、お前の記憶を消さずにいてやろう。

約束を守れるか?」


ブルーグリーンの瞳が、ジッとこちらを見つめる。


今夜、彼に逢えたことを、絶対に忘れたくない。

さっきまで感じていた彼の温もりを、声を、笑顔を思い出す。


「はい。守ります。」


無数に存在する願いを叶える者。

彼らは、誰かしらに寄り添い、時が来ると、その願いを叶える。


実は、毎日、何処かで、誰かの願いが叶えられているそうだ。

でも、最終的には、その記憶の殆どを消さなければならないのだと言う。

それは、掟だそうだ。


願いが叶えられた人々の記憶には、断片的なものだけが残り、

夢の中での出来事かのように錯覚させる。

けれど、翌朝、目を覚ました時から、

皆、前向きな気持ちで、日々を過ごしていくのだそうだ。


この、日々の活力を与えるのが、

願いを叶える者の真の仕事なのだと、話してくれた。


〜♩ひとつ願いが叶えば〜またひとつ願いが叶う♫〜


これまで真面目に話していたおじいさんは、

突然に、聞いたこともないような節をつけて、歌い出した。

これはきっと、彼らの世界のものなのだろう。


『ひとつ願いが叶えば、またひとつ願いが叶う。』

その言葉の先には、

『困難を乗り越えながら、その手に持つ願いを叶え続けなさい。』

そんな想いが込められた歌詞が続いていた。


今夜の、この記憶を残してくれる方法。

約束は、ただひとつ。

この出来事を、誰にも話してはいけないということだった。


実は、願いを叶える者の初仕事に限っては、

約束の元、記憶を消さなくても良いことになっているのだとか。

それは、数々のお伽話として、この世に受け継がれているそうだ。


私たちがよく知るお伽話に登場する不思議な登場人物は、

実は、この小さなおじいさんの尊敬する神たちが、

夢を叶える者だった頃に残した功績なのだそう。


「これは、ワシの初仕事じゃった。

その願いを叶えさせてくれて、ありがとう。」


目を細め、優しく微笑むと、言葉は続いた。


「最後に、わしの願いをひとつ、聞き入れてはくれんじゃろうか。

わしのこの素晴らしき、初仕事のことも、お伽話として、残してはくれんかのぉ。」


両手を合わせて、

それまで見た中で、一番可愛い顔をして、私に懇願するおじいさんを思い出す。


さて、あの日、私の願いを叶えてくれた小さなおじいさん。

あの日のことを誰にも話すことなく、こっそりと、文字へと認めましたよ。

こんな感じでどうですか。


あの日、貴方は、私に大切なことを教えてくれました。

私は今、出来るだけ前を向いて頑張っています。


あの日、私の願いを叶えてくれた貴方も、

今日も何処かで、頑張っていますか。


ひとつ願いが叶えば、またひとつ願いが叶う。





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