そして私は、青春の終わりを観取る……

 相変わらずテレビは発覚したスキャンダルを報道し、ネットは正しさとか、公益だとかという言葉で誰かを貶めようと醜態を晒し続けている。

 空は曇り空、お天道様の目が遮えぎられた地上では、少しづつ違って、少しずつ汚く、穢れたたくさんの人々は片手に持った端末に目を輝かせている。

 彼等の手のひらには、軍産複合体のテストパイロットの自殺とある。

 サユリだ。彼女の顔と名前が映っていた。

 そう、彼女が本日の犠牲の羊。

 断頭台に運び込まれたサユリの生前の姿に対して心の無い言葉が虚ろな口より投げかけられる。世間はまた正義は成された、と喝采を浴びせる。ざまあという声が風に乗って世界を覆い、ヘイトスピーチの行進が街を練り歩く。罵倒、罵声。彼等にとって、コミュニケーションとは、その憎悪の波長の共振だ。彼等の通信に使う波と粒子のキメラは媒質を必要としないが、彼等の意図は、ざまあ、という嘲りは、人間と言う媒質を必要とする。左から右へと広がる波紋はそれを雄弁に告げていた

 まるでそれは、そこにはいろんな想像もつかない人がいて、いい人も悪い人も泣いて笑って必死に頑張って生きているんだという真実を押し流さんとしているかのようだった。

 正さとは!真実とは!何でみんなそんな話が好きなのか、正義は気持ちが良いからだ。正しい、その威光の中で人は仮面を外し、その下に隠した嗜虐心を刺激する。影を生きる菌類には、その隠れる真理の影が大きければ大きい程、安心して気持ち良く、毒素を放出出来る。嘘だと思うなら、あのじめじめとした空間を覗いてみればいい。いろんな言葉がやってくる。

 あいつは馬鹿に違いない。低能で不潔で、学も教養もない。血が劣っている、ミームが腐っている。他はなんだ?テレビで今言っているあれか、報告したのはサキュバス!あいつはレズビアンだった!魂のステージが低い!と笑う動画とハッシュタグが社会悪の弱点見つけたり!と早合点し狂奔する。幼体固定のサキュバスを買った、殴る棍棒には丁度いい。

 CMの聞き慣れた音楽を無視して曇り空の下を歩く。汚いぞ!汚いぞ!という声がテレビから流れる。皆楽しそうだ。何者かをこの世の悪の根元と見なすこと、そして、それに逆らう正体不明の現状変更勢力。皆、次の攻勢を待ち望んでいた。

 敵が悶え苦しむのを見たい。

 自己矛盾や失言を嗤いたい。

 その日の出の前の期待こそ、彼彼女らの日常であった。

 そして、思う、ああ、また、こんな快進撃がもっと続けばいいのに、と。あの、旅行に出る前夜の期待感でもって、告発者を探す。正義のヒーローは何処?彼らは早く「そいつ」が壇上に上がり、敵を弾劾するのを心から待っている。

 誰もサユリの真実なんて触れていない。

 いや、彼女が何を思って生きて、死んだかなんて、彼らは興味ないだろう。真実を例え知ったとしても、彼らは変わらない。彼等にとって他人とは劣悪さ以外用がないのだ。

 だけど、私は、私だけは彼女の命を抱き締める。彼女の全てが肯定できるかは分からないが、彼女が精一杯生きた事は、理解はできなくとも、認めることが出きる。きっと、命とはそういうもので、真実とはそういうものだ。悪だろうが、善だろうが、何かを求めて必死に生きたものを命というのだ。善悪はその後でいい。喜びと悲しみで流した涙の痕跡だけが、生命の価値を語るのだ。彼女の青春の影として、私は彼女に祈る。

 私は青空目指して歩く、不満な自分達が臆面なく嗤えるよう敵をカットステーキみたいに切ってくれる告発者を探す声に背を向け、高い空が見える場所を探そうと、その場を後にした。

 飛行機が飛んでいける高い空は、低く垂れる雲から細い切れ目の様に顔を覗かせるばかりだ。その隙間から自分を経由して飛び立った、失われる美しさを前に足掻いた二人が仲良く天に昇っていく姿を思い浮かべる。そうあってほしいというのは、私の願いだ。

 今二人は、この薄汚れた世界の向こう側にいる。きっとあの人作った飛行機ならば、そこにたどり着けるのだろう。

 あの三角のシルエットがとこまでも空を飛んで行く姿を想像し続ける。まっすぐ空へ、どこまでも、高い空へ。天国まで、何千フィート?そんなことをままならない世界に問いながら、私は小雨の混じる町に足早に消えていった。

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Blue Lost Blue 森本 有樹 @296hikoutai

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