その思いはやがて二人を蝕み……
次の日、相変わらずテレビは発覚したスキャンダルを報道し、ネットは正しさとか、公益だとかという言葉で誰かを貶めようと醜態を晒し続けている。
人々は灰色のメガロポリスで俯き、黒い板の中でデュシェーヌ親父の青い鳥を求ながら、シャープのマークの後に各々のほの暗い嗜虐心を整形した短冊をぶら下げる。彼等の表情は穏やかだ。その姿は糞虫は何故糞に棲むのかを端的に表していた。糞虫にとって、棲む糞は固い方が都合がいい。そして、真実という尻がひりつきながら出した糞はもっとも固い硬度を持つ。その住み心地は大変よいらしい。
私は、人を避けて待ち合わせ場所に向かう。指名の電話が入っていた。待ち合わせ場所は、駅前。
行ってみると、そこにはサユリが待っていた。
私は、同性は専門じゃないですと伝えるも、彼女はそうじゃない、話がしたいんだと言う。
既にホテルの部屋は予約してあった。あの日の場所、世界が割れた爆心地。
「昨日は、ごめんなさい。飛行機の感想まで聞いちゃった。」
私は笑って、大丈夫だよと答える。そしてもう一度、私を予約した理由を聞く。彼絡み?聞かれると首を縦に振る。
「あの人とは学生時代からの付き合いだった。暇さえあれば数学の問題を解いているか、紙飛行機を作っていた。」
「恋をしたんですね。」
まあ、ね。と彼女は肯定する。
「私は最初から飛行機に乗りたいと思ってたからウマはあった。」サユリは私から視線を逸らすと、煌めく夜の街に視線を向けた。「あの人ね、高校を出る時、言ったの。世界で一番美しい飛行機を作って君を空へ……って……」
だから、あの戦闘機は美しい機体じゃなければ行けなかった。それには、納得感があった。
「あの人の自殺の理由、考えたの。たぶん、それしかないと思う。だから、改良でそれが失われるのが耐えられなかったんじゃないかなあって。」
私に真偽を確認する術はない。ただ、理屈は通っていた。そして、その理想は、あまりにも与えられた仕事とはかけ離れていた。先日の技術者の話をふまえるなら、それは「飛行機として優秀」であり、「兵器として最適解」ではなかったのだろう。ただ、昨日の話からなんとなく察せられるのは、この飛行機が軽快に飛び、敵を追い詰める姿こそ、その両方を兼ね備えている、そういう考えだったのだろう。そして、そのデザインを否定する流れがあって、それを維持しようと慣れない政治の世界に飛び込んで自分の正しさを守ろうとした。
自分とサユリの青春の日の情熱を結実させるために。
「馬鹿みたいな人……昔から、変わらない。」
サユリはそういって涙をぬぐいた。
「判らないことがあります。」私は残った疑問を彼女のぶつけた。「なんで、私だったんですか?」
答えが来る。「似ていたから」という答え。「貴女は、私が学生の頃にそっくり。」
写真を出してくる。そこに映っていたのは、自分に良く似た誰か。
「本当だ」
15の春から成長が止まったこの身体を後ろの鏡を振り返って確認。
「私の仮説だけど、多分、死ぬのはもっと早く決めていて、やり方を悩んでいた。そこで偶然、貴女を見つけた。」心を落ち着けたサユリは自分の方を向いて、そんなことを言い始めた。「貴女だったのは、最後に、何の縛りもなく、ただ青空に手を伸ばせた。そんな昔に帰りたかったんじゃないかなと……」
「タイムマシン代わり……ってことかな……」
「そう、夢一杯でノートに飛行機を書いていたあの頃……彼は、その夢に包まれて死んだ。」
「……」
「……」
互いに沈黙する。ただ、その推測が真実であろうという事実が、軽々しい言葉が生まれ出るの阻んでいた。「いろんな人が私を買いに来ます。だけど、そんな話ははじめてだ。」
私が感想に困ってそういうと、サユリも「うん、私も聞いたことがないよ」と言ってくれる。
「操縦不能になった飛行機を飛ばしたことがある……あれと同じなんだと思う。どう、着陸するのか……多分必死にそれを考えた結果だと思う。」
「その時は?」
「駄目だった。最後にどうにか川に落とす算段だけつけで、脱出できたけど……」そこで一度言葉に詰まったサユリは小さく深呼吸して、話を続けた。「辛かったんだろうなって……飛行機は脱出できるけど、人生はできないもの……」
人生は脱出できない。そうかもしれない。
必死で生きて、必死に食らいついて、でもある日、ほんの少しの何かで落下を始めたら、あとは落ちるしかない。その過程でどう頑張っても、運命は変えられない。
一瞬、自殺した男の顔がありありと思い出された。丁度このベッドに座ってどっとつかれた、だけど、もう全てをやりつくした様な満足感に浸った顔。きっとその墜落の時、サユリが脱出できなかったら、最後はそんな顔をしたに違いない。
「ねえ、一緒に寝て」
サユリはベッドに登って手招きをする。
「あの人みたいに、眠るまで私を見て……お願い……。」
もう全てをやりつくした様な満足感に浸った顔が、そこにあった。心のどこかが止めろ、とか、ダメだと言え、とか叫ぶ。だけど、私の答えは、「うん。」の一言。
「私ね、あのプロジェクトから降ろされそうになってた。」
まるでお化け屋敷に入った子供みたいに手を握って来るサユリ。
「私もまだ青春が過ぎ去ったことを判ってなかった。私は抵抗して、そして、それでもどうにもならなかったとき……私は……。」視線を私の下腹部に移す。言わなくてもいい。私は首を降って告げた。が、彼女は止まらずに吐き出した。「自分を穢して、誰かになる筈の未来を取り出して……。」
私は彼女の手を握り返した。
「……ごめんね、そっちは私、生き物として違うから同じ気持ちになってあげれない。」
「いいの……でも、これは罰なんだって思ってる。」
「罰なんかじゃない。貴女は、精一杯だっただけ。」
サユリはそれで満足したのか、「ありがとう」と笑って返した。
「うん、貴女は、、精一杯頑張った。」
私は彼女の彼女の少しハリを失った額ににキスをした。そして、眠るまで静かに彼女の瞳に見つめられていた。
朝、私の嫌な予感通り、サユリは冷たくなっていた。
起こそうとして、そして、机の上にあの時と同じ毒薬のカプセルの殻を見つける。
テレビをつけると、あの工業地帯の格納庫が火事になったというニュースをやっていた。
サユリを振り返える。固くなった身体と相反するように、その顔は穏やかだった。もう彼女は悩む必要が無かった。苦しむ必要も、悲しむ必要も。
「サユリ……」
お疲れ様。私は彼女にそう言うと、フロントに伝えるために電話に手を伸ばした。外は、天国に登っていくには、十分な快晴だった。
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