エピローグ


 ──壊させはしない。絶対に。



 少女が消えていった方向を見ながら、莉緒は決意を新たにする。


 もし今後もこの街が正当化されるために犠牲を払うならば。

 その犠牲が身近な存在なのだとしたら。


 そんなものを受け入れるつもりはない。

 この世界を正当化はさせない。

 楽園もどきのまま消えてもらう。


 今回の事件で莉緒は改めてそれを誓った。

 世界のために最小の犠牲を払うことは仕方ないと思ったこともある。

 だが、椎名や津羽音と出会い、それは所詮第三者の意見でしかないのだと気付かされた。


 世界のためと言われようと、その犠牲を許せば、そこはもう自分の世界ではなくなる。

 そんな理不尽には抗わなくてはならない。

 それが人間として、正しい姿だと思うから。



「莉緒? どうかしたのかい?」



 やけに無口な莉緒を津羽音が見上げていた。

 後味は決して良くないが、一難は去った。

 また一難が来るのなら、それはその時の自分が何とかすればいい。

 だから、今は──



「いや、何でもない」



 そう言って、莉緒は顔を正面へと向けた。

 掴まれていた腕から津羽音の手を離し、しっかりとその手を繋ぐ。



「さて、行きますか!」

「当たり前のように手を繋ぐな!」



 それでも今度は手を振り払われることはなく、二人の姿は試生市の中へと消えていった。



 人間を救うための非人道的人類救済計画。

 それは突けば倒れる不安定なものなのか、それとも見えない糸にがんじがらめになっているのか。

 楽園都市に底は見えない。


 人間を救う。

 同じ言葉を掲げながら、そこには違う目的を持つ者たちがいた。


 大切な人を失い、それでもその大切な人のために生きようとした者。

 罪なき多数の人を殺してでも、愛する人を救おうとした者。

 自らの手を血に染め上げながら、機械に抵抗し、人を救おうとする者。

 人ならざる者とわかりながら、それでも手を取り合って共存を目指す者。

 どんな犠牲を払ってでも、計画の果ての楽園を目指す者。


 果たしてどの存在が正義で、悪なのか。

 それとも善悪で括るべきではないのか。

 答えが出ることは未来永劫ありえない。

 個々の意思がある限り、決して人は完全な同意見を持つことは出来ないのだから。 


 様々な思惑と信念が入り混じりながら、それでも試生市は一日を刻む。

 いつか、人為的輪廻転生計画によって生まれた世界が楽園と呼ばれる……そのときまで。



 エスケープは続いていく。

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生まれ変わりのその先へ 日比野 シスイ @hibino-sisui

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