第13話 愛して、愛されて【最終話】
クリスと串焼きを食べて、あの時の丘に来た。風が少し冷たいけれど、そんな事気にならないくらいワクワクしている。
「懐かしいわ!」
「だろ?」
「本当に綺麗。街のみんなも、楽しそう」
「今度は祭りの時に行こうぜ。もっと楽しそうな様子が見れる」
「お祭りの時は人が多いわよね? 行っても良いのかしら?」
「やる事終わらせりゃ問題ないだろ。ビオレッタもソフィアも祭りに行った事あるぜ。二人ともキャシィと行きたいって言ってたから、今度タイミングが合えば誘ってみるか」
「むぅ、ビオレッタもソフィアも狡いわ! わたくしだってクリスとお祭りに行きたかったのに!」
「だってよぉ、キャシィは誘っても来ねえんだもん」
「それは……そうだったわよね。ごめんなさい」
「隙を見せないように気を張ってんのは知ってた。だから、無理に誘わなかったんだ。けど、もう良いだろ。守るべき子どもたちは独立した。俺たちがお忍びで街をウロウロしたくらいで兄上の治世は揺るがねぇよ。祭りはいっぱいある。これからは俺と二人で行こうぜ」
「……嬉しい」
「良かった。なぁ、コレ覚えてるか?」
クリスが取り出したのは、可愛らしいネックレス。屋台で売っていた物だ。あの日、少しだけ欲しいと思って足を止めた。ほんの一瞬だったし、どの品かなんて分からない筈なのにクリスが取り出したのはネックレスは確かにわたくしが欲しいと思った物だった。
「あの時屋台にあったネックレスよね? しかも、わたくしが一番欲しいと思った物だわ」
「お、あってたか。良かったぜ。あの後店に行って買ったんだ。けど、渡せるわけなくてさ。ずっと持ってた。結婚した時に渡そうと思ったんだけど、これが当たりか分からないし、もっと良い品の方が良いよなって思って今まで渡せずじまいだったんだ。けどさ、街に溶け込むならこんくらいの品の方が良いだろ? 良かったら付けてくれ」
「嬉しい! 今すぐ付けるわ。それにしてもよく気が付いたわね。ホント、目が良いんだから」
「キャシィの事は特によく見えるんだ」
「そんなに見ないでよ。シワがバレちゃうわ」
「シワくらいでキャシィの可愛さは損なわれない。キャシィは今でも可愛いし、綺麗だよ。おばあちゃんになってもキャシィはきっと綺麗だ」
「もう! 確かに孫は出来たからおばあちゃんだけど……!」
「俺だっておじいちゃんだ」
「クリスはずっと身体を鍛えているから、若いじゃない!」
「キャシィだって、美容に気を遣っているだろう?」
「そりゃ、わたくしは人に見られる仕事なんだから気を遣うわよ!」
「ホント、変わらねぇな。身だしなみを整えるのはあくまでも仕事、本来のキャシィは串焼きを喜んでたお転婆王女様のまんまだ」
「う……あの時のわたくしは我儘だったわ。クリスに街に行きたいなんてとんでもない事言って、それがどれだけいけない事か、知らなかった。そのせいでクリスは……」
「良いんだよ。疲れてた王女様の願いを叶えたいと思ったのは俺自身だ。あん時、俺は貴族を辞める覚悟を決めてキャシィを街に連れ出した。決めたのは俺だ。キャシィは悪くない。だから気にすんな。おかげで、キャシィに惚れて貰えたんだ。身分を捨てる覚悟をした価値はあったぜ。結局、陛下のおかげで身分も失わなかったしな」
「うー! そういう事言う?! あの時のクリスはとってもかっこよくて、素敵だったわ。今もかっこいいし素敵だけどね。でも平民だと思ってたから……諦めなきゃって思ってたのよ。いくら甘やかされた王女でも、平民に恋しちゃいけない事くらい知ってたもの。でもひと目会ってお礼を言いたくて、必死でクリスを探したの」
「知ってる。けど、俺はキャシィの前に姿を表す事は許されなかった。いずれどこかの国に嫁ぐ王女様を誘惑しちゃまずいから」
「そんな事言って、あの時のクリスはわたくしの事をなんとも思ってなかったでしょ?!」
「まぁ、さすがになー……歳が離れてたし。けど、遠くからずっとキャシィを見てた。留学してからも帰国するたびにこっそりキャシィを見てた。いつの間にか大人びて、あの時みたいな我儘な様子は無くなって……ホッとしたけど、なんか寂しかったのを覚えてるよ。あっという間に結婚しちまって、やっぱり住む世界が違うよなって思った。そん時には、キャシィに惚れてたんだろうなぁ。どうしても結婚する気にならなくて、偉そうにキャシィに説教したくせに貴族の義務を全部ピーターに押し付けちまった」
「ねぇ、クリスと再会した時どうしてわたくしの結婚相手にピーター様を勧めようとしたの?」
「……好きな子には幸せになって欲しいだろ。ピーターなら絶対キャシィを大事にするし、俺みたいに歳の離れた男より良いと思ってさ。けど、今は後悔してんだ。再会した瞬間、キャシィを抱きしめてプロポーズすりゃ良かった。こんなふうに」
久しぶりにクリスに強く抱きしめられ、口付けを交わした。いつもの優しい父の顔ではなく夫の顔をしたクリスに、久しぶりに胸がときめいた。
あの日この丘でクリスと出会えて、王族としての自覚が生まれた。大変な事もたくさんあったけど、王女として生まれた以上やるべき事はやらないといけない。だけどこれからは、クリスの言う通り少し気を抜いて楽しんでも良いのかもしれないわ。
これからの日々に期待しながら、大好きな夫の胸に飛び込んだ。
愛された側妃と、愛されなかった正妃 編端みどり @Midori-novel
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