第7話 金を司る獣
あおいの悲痛の叫びも虚しく、手の甲に現れた紋章の光はあおい達の周囲一帯を照らす。
道の両側に規則的に間隔を置いて植えてある樹木は緑色から
紋章の光の範囲が少しずつ狭まっていくと、あおい達と巨鳥の間に美しい白い毛皮に覆われた虎が現れた。
「白虎……」
四神獣の一獣。
陰陽五行の金行を司る獣であり、豊穣の象徴。
あおいは抱きかかえていたエレノアをゆっくりと地面に下ろすと、ぽかーんと口を大きく開き、白虎を見つめていた。
白虎はちらりとあおいの方を見た後、地面を蹴り上げ、巨鳥に飛びついた。
そして素早い動きで巨鳥の背後を取ると、後頸部に鋭い牙を向けた。
巨鳥は断末魔の様な絶叫を上げ、大きな翼をバタバタを激しく動かし、白虎を振り払おうとする。
あおいの記憶が間違いなければ、この場には麒麟が出てくるはずだった。
麒麟がユリスの目の前に現れ、そこでユリスと攻略キャラ三名以外の時が止まる。
そこで麒麟はユリスが女神の生まれ変わりだという真実を伝え、攻略キャラ三名には女神を守護する騎士として四神獣の力を与える。
麒麟は、青龍朱雀玄武白虎の力を三人の騎士に示し、三人にそれぞれどのような力を手にするか選択を促す。
ゲーム内では時折、プレイヤーにどちらか一つを選ばせ、その選択によりストーリーの分岐点が異なる。
しかし、この選択は既に固定シナリオで決まっており、プレイヤーは選択することが出来ない。
例えば攻略キャラの一人であるヨハン・ヴィルヘルムはのちに火行に属する朱雀の力を手に入れる。
プレイヤーがヨハンの力を火行の朱雀ではなく、木行に属する青龍にしたくても、出来ないのだ。
攻略キャラ三人が手に入れる力の中に白虎は選択されない。
ストーリーの中でユリス達が危機に瀕した際、麒麟が白虎を従えて登場する場面はあるが、こんな風に序盤から現れることはストーリーでは異例だった。
「まさかユリスが現れないことと関係あるのか? ……それにしても」
あおいは顔に満面の笑みを浮かべ、子供の頃に戻ったかの様に目を輝かせ、片手の拳を天高く突き上げると、歓声を上げた。
「白虎、強い! カッコいい! いけぇー白虎! もう少しで巨鳥を倒せるぞ!!」
明らかに巨鳥は弱ってきているのが窺えた。
エレノアはあおいの横でその光景を見ながら、眉を少し下げると、あおいの服の袖を少し引っ張った。
あおいは我に返り、エレノアの方に視線を向けた。
あおい自身はこれから起こるであろう出来事をゲームとしてプレイしていた為に知っているが、エレノアにとっては今の状況は理解が追い付かないであろう。
それに、エレノアから見て、今のあおいの姿は突然
あと、ついでに今気づいてしまったのだが、エレノアって呼び捨てしちゃったよ。
「……すいません。
エレノア、さん。
何が起こってるか分からないよね。
俺……じゃない、私もちょっと何が起こってるのか分からない、」
「それは無理があるわよ、フェイ・ヴィルヘルム」
エレノアはあおいの発言に被らせるかの様に言葉を発する。
「……ごもっともですね。
まぁ、ひとまず大丈夫だと思うから、安心していいよ」
あおいはそう言うと、エレノアに向って苦笑いした。
エレノアは眉を吊り上げると、服の袖を掴んでいた手を離し、あおいの腕を握った。
あおいはエレノアの行動に驚き、瞬きを繰り返す。
「フェイ・ヴィルヘルム。
貴女がこんな勇敢……いいえ、後先考えず無茶をする様な方だとは思わなかったわ」
「う……、ごめん…いや、すいません」
エレノアは自身の両手であおいの手を包み込む様に握ると、吊り上げていた眉を少し緩め、視線を斜め下に落とす。
「……それでも、私を助けてくれたことは感謝するわ。
こんなに手も震えて、貴女も怖かったでしょうに」
エレノアにそう言われ、あおいは自身の手が震えていることに気づいた。
「はは、そうだよ。怖かったよな」
あおいはエレノアに握られていない方の手を胸に優しく添えた。
巨鳥の叫び声と地面が揺れる程の衝撃にあおいは気づき、そちらに視線を向き直した。
巨鳥は地面に伏せており、巨鳥の背の上では勝利を確信した表情をした白虎が喉を鳴らしていた。
遠くの方から学園の警備員、教師、そして青白い顔をしたヨハン・ヴィルヘルムが駆けて来ていた。
ヨハンの後ろにはもう一人の攻略者であり、あおいの隣に居るエレノア・フランツの
「アベル……」
エレノアはそう呟くと、アベルの方に駆けていった。
白虎の姿とその白虎に倒されている巨鳥の姿に駆けつけた人達は驚きのあまり、狼狽えていた。
すると、先程まで風に揺れていた木々は動きを止め、周囲一帯全ての音が消えた。
目の前のヨハン、アベル以外の人物達の動きをピタリと止まり、あおいはまさかと思い、頭上に視線を向けた。
分厚い雲を割る様に光が地上に差し込むと、龍に似た顔に五色に彩られた背毛と鱗があり、牛の尾に馬の蹄、一本の麒角の麒麟があおい達の目の前に降り立った。
「汝、我は麒麟なり。
封印されし門が開かれ、再び地界と魔界は繋がってしまった……」
此処から淡々と30分くらい麒麟による語りが始まるのだが、あおいは初回プレイ時以外は毎度スキップしていた。
まさかこの場でスキップもすることが出来ず、一から聞くことになるとは。
あおいは麒麟の語りを聞き流しながら、上の空のまま、視線だけを動かす。
皇太子であるアベル・ヴァンルートは真剣な眼差しで麒麟の語りに耳を傾け、時折深く頷いていた。
義弟のヨハン・ヴィルヘルムもアベル同様に耳を傾けてはいるが、目に光はなく、顔の表情も微動だにしない。
近くの木の上に腰を下ろしているであろうもう一人の攻略者は確か欠伸をしていたな、とあおいは思い出していた。
「……汝たちには邪気を祓い、もう一度門を閉めてもらいたい。
その為に、汝たちに力を与えよう」
あおいはハッとすると、慌てた様に手を真っすぐ、大きく挙げた。
「はい! はーい!!
すいません、質問いいでしょうか?
ユリス……肝心の女神様はどちらにいらっしゃるのでしょうか!」
「……女神はもう既に居る」
麒麟はそう言うと、あおいは「いやいや」と首を振った。
「居るとおっしゃいますが、ユリスの姿が見えません。
ユリスがこの場に居ないのはおかしいですし、それに白虎が巨鳥を倒すなんて展開……なかったと思います。
そしてぼんやりしていたのはこちらも悪いですが……私の手の甲に現れたこの紋章はなんでしょうか」
あおいは手の甲の紋章が見える様に麒麟に向ける。
麒麟は鼻から息をふぅと吹くと、口を開く。
「……それは汝がそこに居る白虎の
「お…おう?」
あおいは拍子抜けしたかの様に、狼狽える。
「白虎が汝を選んだ。
我はそうとしか言えぬ。
……それに汝、最初から我の語りを念仏かの様に聞き流していたではないか。
我も一応汝よりも長くは生きている身ではあるが、多少は傷ついてしまうのだぞ?
孫の言葉を借りると、もう激おこぷんぷん丸じゃ!」
「古っっ!!
孫? え、おじいちゃんなの?
麒麟、おじいちゃんなの?
いや、もう普通にツッコんじゃったよ!」
麒麟はコホンと咳払いすると、言葉を続ける。
「同様に青龍、朱雀、玄武も主を既に決めておるようだ。
もう一度伝えよう。
力を与えらし四騎士よ。
女神と共に二つの世界の門を閉じ、世界を救いたまえ」
麒麟はそう言い残し、再び天へ駆け上がって行ってしまった。
「ちょっ、待て待て!
ごめん、本当に語り長すぎて聞き流してたのは謝るから!!
カムバック! カームバック!!
麒麟さーん、カムバックー!」
雲が光を再び、覆い隠すと、動きを止めていたモノが少しずつ動き出す。
あおいは肩をガクンと落とすと、ポンと頭の上に手が置かれる。
手の主であるヨハンが呆れた顔で居るのかと思い、あおいは顔を上げると目の前に見覚えのない美青年が立っていた。
白髪の長い髪をし、切れ長の目。
瞳はシャルトルーズイエロー。
陶器の様な白い肌に薄いピンクの唇。
「いやぁ、危なかったね。
もう本当に僕の登場が一足遅かったら、あの巨鳥に頭からぱくりと美味しく頂かれていたよ?
あれ? またぼんやりして大丈夫?
おーい、もしかして人型になっちゃったから判ってない?
君の
白虎と名乗る青年はニコリと笑うと、今度は強めにあおいの頭を撫でた。
「……」
あおいはゆっくりと視線を落としていった。
青年の腹筋はあおいとは違い、縦に割れ、引き締まっている。
手足はすらりと伸びており、指一つ一つ長く、爪も綺麗に整えられている。
白虎である虎の姿から人間の姿になったということは、今あおい達の前に居るこの青年はもちろん何も身に纏っていない姿ということだ。
今、視線の先にあるモノはあおいにとっては昔から見慣れているものであるから、悲鳴など上げたりしないのだが、流石に今の状況は色々とけしからん。
あおいは勢いよく天を仰ぐと、大きく深呼吸した。
「………服を何でもいいから着ろぉぉぉぉぉ!!!」
あおいの叫びは木霊すように響いた。
乙女ゲームのモブとして転移したが、何故かヒロインポジションになっている俺。 ShinA @shiina27
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