シーフードカップヌードルと侵入者


引間 涼


「四次元人か…」

そう言って怪訝そうな顔をすると水谷は汚いものを触るように、ツンと指でこちらにベレッタを弾いて戻した。

しまえと言いたげなそのジェスチャーを見て、俺はカバンにベレッタをしまい込んだ。


「依頼料はあるのか?」

水谷は俺に聞いた


「いくらですか?」


「かなり特殊なケースだからな、君の話を聞く限りでは実際に死人も出ている可能性がある。そうするとこちらの命の危険も伴うわけだ。」

水谷は、少し生えた無精髭を触りながら少し勘定してから言った。

「安く見積もっても、着手金で1000万はないと無理だな。」


「1000万だって!」

俺は思わず声を出した。


いや安くはないだろうとは思っていたが、想定していた額と桁が一つ違っていた。バイトとか借金でどうにかなる金額じゃない。


「後払いにできませんか?」

「解決したら払いますので…働いて」

俺はその場しのぎで付け加えた。

もちろん返せる当てなんかない。


だが、この事件に対応できるのが、もう目の前のこの男しかいないのだ。なんとか食い下がろうとして出た自分の情けない声色に自己嫌悪を感じる。


水谷は俺を値踏みするように見てから言った。


「そうだな、10年でどうだ?」

「10年?」

俺は聞き返した。


「お前の時間だよ。今後ここで10年間無給で働くなら着手金なしで調査してやってもいい。」


俺はふっとyoutubeの10年間無実の罪で刑務所に捕まっていた男が刑務所から出てくるって動画を思い出してゾッとした。


10年間?10年間も経ったら俺はもう32じゃないか。32って言ったらもう大分いい年だろ。それってどうなんだ?

第一無給だったら、奨学金はどうなる?家賃は?生活費は?

仮にそれらを賄えたとしてどうなんだ?


だけど逆に俺が10年間節約して金を貯めたとしても、1000万も貯められるだろうか?

そう考えると俺の風体から値踏みした水谷の提示条件というは割と妥当なのかもしれないとも思えた。

いやそれでも20代の10年間は人生を左右する時期なんじゃないだろうか?


俺がそうやって考えていると、

「迷うようならやめとけ、こっちだって命懸けになるんだ」

「その程度の覚悟じゃ一緒に仕事できないからな」

水谷が突っぱねるようにそう言った。


俺は慌てて取り繕って言った。

「やります!お願いします!なんでもやりますからっ!」


何かこの機会を逃してしまうともう俺には救いの糸は垂れてこないような絶望的な予感がして、藁にもすがる思いで俺はその最低の条件に飛びついた。




その契約書は安い再生紙に掠れかけた印刷がされている。もう何年も前に印刷されたものみたいだ。

水谷が付け加える。

「どの道違法だからこの契約書には効果はないんだけどな。」

「一応本人の意思確認としてだな」


指を指しながら確認させる文言には、物騒な内容が書かれている。

俺が不慮の事故で調査中に死んだ場合に、損害賠償を請求しない旨、その時点で残債があった場合に俺の臓器を売ることで、返済に充てる旨が書かれていた。


俺がおずおずと名前を書き終えるや否や、水谷はサッとその契約書を引き抜いて確認した。

そしてニヤリと笑った。


そして俺の最初の仕事はこの事件の調査の助手ということになった。

そう、このベレッタが見えない以上、助手として使えるのが俺しかいないのだ。


そして、兄との接触は避けるべきだと水谷は言った。水谷によるとやはり兄に接触して真相を探るのは悪手だったらしい。

相手がどんな手段を用いているかわからないし、そもそも認知バイアスが働いていたら本人への調査は阻害されてしまうからだ。

水谷は間接的な方法で、兄の殺人について調べるという。


そして俺の仕事を用意しておくからと言って、三日後にまた来るように言われた。




帰りの電車の中で俺は落ち着かなかった。

あの契約書の文言を考えて、少し後悔したり、逆に思い切って進んでよかったはずだと考えてみたりした。


しかし家に帰り着くと俺は一転、やはりどうしてもこの件から手を引きたくなっていた。

いくら払ってもいいから、この苦役から逃れて、全てを水谷に任せて、最終結果だけ受け取りたい。そんな気分に襲われる。


やたらとナーバスになって、水谷に怒鳴られた時の一言一句を思い出し、もう2度とあの事務所に近づきたくないとまで思うようになった。



四谷 美春


フロアの清掃が終わると、私は急いで着替えてタイムカードを押した。

「お疲れ様でーす」

挨拶もそこそこに私は事務所を飛び出した。

本当は一回帰ってシャワーを浴びたかった。一日中バーガーショップで働いていると、揚げ物の匂いが髪や体についてしまうからだ。

今、クマに襲われたらきっと食べ物の匂いのする私が一番に襲われるだろうな。と私は全然関係のない方向に思考が逸れる。

でも約束の時間を考えると直接待ち合わせ場所に向かわないと間に合わなかった。

今日は久しぶりに、中の良い友達と会うことになっていた。高校の時の同級生だ。

何年ぶりだろう?


池袋駅に着いて、池フクロウから階段を登ると、柱の前にいた美恵がすぐにわかった。

「ちょっと早く来過ぎて待ってたらナンパされちゃってさ」

美恵が満更でもなさそうに言った。 


真っ赤なニットにベージュの大人っぽいコートが街のクリスマスムードに馴染んでいた。私といえば、学生時代に母親に買ってもらったフランス製のグレーに裏地がチェックのダッフルコートを冬は今だに愛用していた。グレーと言っても少しピンクがかった何とも言えないグレーで、地味にならずに洗練された印象だった。

うちはあまりお金がなかったんだけど、昔服飾関係の仕事をしていた母が高校三年生の就職活動の時期に奮発して買ってくれたもので、当時はとても嬉しくて学校に着ていくのが楽しみだった。

今でも着ていく服に迷った時はこれを着ていた。


恵美が私を見ていう。

「変わらないねー、なんか安心する」


それに対して垢抜けた美恵に私はちょっと気後れして私はいう。

「美恵は変わったね、すごい大人っぽくなったよ」


美恵はそうでしょと言わんばかりにふふふと微笑んだ。

大体二人でいる時は、恵美が8割くらい話して、その間に私が相槌を打ちながら、少し自分の意見を言うって感じだった。


私たちは、予約しておいた店に入って行った、この間雑誌で見つけた少し大人っぽいスイーツ店だ。


美恵はワーキングホリデーで2年間イギリスに行っていた。

向かいに座った美恵は洋画の中のキラキラした感じで、店内のクリスマスシーズンの内装と相まって原色で彩られたハッピーエンドで終わるディズニー映画のような質感だ。

昔は結構地味な服装で、性格は積極的だったけど今みたいにバッチリ決まった感じじゃ無かったと思う。

でもその悪戯っぽい笑い方は変わってなくて、大人になったんだなとしみじみ母親のような気分になる。


「向こうはどうだった?」

「イギリス人の彼氏できた?」

私は矢継ぎ早に質問した。


やっぱり男の人で変わったのかな?

「できたよ〜、帰る時別れちゃったけどね」


あっけらかんと言う恵美に私は少しショックを受ける

「えー、大丈夫?」

私が心配して聞くと

「いや、こっちも半分は英語の勉強も兼ねてって感じだったしね。」

「別にそんな深刻なことじゃないよ」

「大体みんなそんな感じでしょ?よっぽど相性が良かったらそっから進展するのかもしれないけど?」

相性ってなんの相性よ…

何か私が空想しているようなことよりもずっと先のことを恵美が経験しているのかと思うと、モヤモヤと悲しいような、嫉妬のような何とも言えない感情が湧いてくる。

そんな軽いノリでいいの?って言いたかったけど、明らかに私の方が遅れているんだろうなって思って、そのまま相槌を打った。


それから一通り、美恵の留学の話を聞いて少し間が空いた。


「美春は最近どうしてるの?」

「わたし?わたしかぁ…」

「いや〜普通にバイトしてるよ。私は美恵みたいにやりたいことも無いしな〜」


「ダメだよそんなんじゃ!」

「幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ」

「まずはアクションを起こさないと!」

芝居がかった仕草で恵美はそう言った。

「まずさなんかやっていかないとさ?そしたらそれがまた何かの呼び水になってさ、その中でやりたいことができていくんじゃない」

「うーん、そういうもんなのかな〜」


私は煮え切らない返事をした。なんていうかな。確かに恵美は海外に行ったりしてかっこいいと思うけど、みんながみんなそう生きなければいけないのかなって考えるとなんか違う気がした。


「ぼーっとしてたらさあっという間に時間が経っちゃうんだから」

「キャリアを積んで代わりのきかない人間にならないと」


そういうけど、私はお母さんが別の人だったら嫌だし、弟もそう。

代わりの効く人間なんていないんじゃないかなって思う。

恵美はそう言うことを言ってるんじゃないのかもしれないけど。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


引間 涼



三日後の約束の日、俺は押入れの奥から、こたつ布団を出して部屋の模様替えをしていた。

模様替えといっても、部屋にあるテーブルにこたつ布団をかけてこたつにするだけなんだが、今年はそれどころじゃなくてずっと寒いまま、小さい電気ヒーターひとつで過ごしていたのだ。


こたつ布団をかけて天板を設置してコタツに入る。そして入れられるだけの予定に派遣会社のバイトを入れようとした。

考えてみればもう年の瀬も迫ろうとしている。

この書き入れ時に稼いでおいた方が色々と得策だろう。そう考えてこたつの中で携帯をいじる。


無性に何か食べたくなって、カップ麺が積み上げられた棚からシーフードヌードルBIGを一つ手に取った。何だろうなこのイライラは。

それから冷蔵庫を開けてみたが、俺はほとんど自炊はしなかったから冷蔵庫には干からびたパンとコカコーラ、わさびやおろしニンニクなどの調味料、そして賞味期限切れのスライスチーズが入っていただけだった。


俺はその中からわさびを取ってパルスイートをかけて混ぜ合わせる、これで辛さが倍になるのだ。

そして賞味期限切れのスライスチーズを消費するために全部入れた。


中国製の電気ポットでお湯を沸かして、注ぐといい感じにチーズが溶けている。


そして少し長めに麺をふやかした後に、どのデスソースを入れようか迷う。

なんとなくシーフードヌードルにはハラペーニョが合う気がしたが、何かもっと刺激が欲しい気分だったので、結局一番辛いブートジョロキアを選ぶ。


真っ赤でチーズの黄色が見えなくなるくらいデスソースを入れたら、その上に最初に作ったパルスイートワサビを上に入れる。


完成だ!


俺はワサビとチーズがちょうどブレンドされるように、麺を掬い上げてそれを啜った。


シーフードとチーズのうま味の後に、デスソースの辛味強烈な辛さが襲ってくる。

が、口の中は口内炎で溢れていたので、それがもう辛さなのか痛みなのかも分からなかった。

その痛みに俺は思わず目を瞑った。

 

そして最後にわさびの辛さが鼻を襲って、涙と鼻水が溢れてくる。


辛さと炭水化物を摂取した時のあの脳が麻痺する感じで、俺のイライラはだいぶ和らいできた。

そして俺が冷蔵庫からコーラを出そうとして立ち上がると玄関の方でガチャガチャと音が聞こえてきた。


カチャン


鍵を開ける音が壁を伝ってきた。

1Kの安普請のアパートでは伝わってくる音だけで玄関の様子が手に取るようにわかった。


俺は背筋がゾッとした。泥棒だろうか?それともまた…

俺は万が一用に準備してあった金属バットを押入れから出して身構えた。


そしてユニットバスに入って待ち構えた。

ユニットバスの床は濡れていてそれが靴下に染みて気持ち悪い。


俺はしばらく待ち構えていたがそれ以上何も聞こえなくなった。

5分くらい経っただろうか?

俺は恐る恐る玄関の方を覗き込んだ。


と同時に鋭い拳が喉に刺さった。息ができない。

それと同時に、俺の手からバットがスルリと捻り取られた。


浅黒い手に見覚えのあるスーツだ。

水谷だった。

水谷の顔を見るなり俺は吐き気がして気分が悪くなる。

そこから離れようとするも、水谷が俺のジャンパーの首元を掴んで後ろに引き倒す。


尻餅をついた俺に水谷は言った。

「大丈夫だ安心しろ、俺は簡単には逃さないからな」



ーーーーーーー



そうだ、今日は、水谷の事務所に行く予定になっていたんだった。

だが俺はどうしても行きたくなくなってすっぽかしたんだ。


水谷は俺を車に乗せると言った。

「お前にもバイアスが働いているみたいだな。」


「それはつまり、俺が目星をつけた事件現場の犯行が認知バイアスを発生させる物質で引き起こされたことを意味している。」

「この捜査される側も、何らかのバイアスの武器を使ってる可能性が高いってことだ。」


うーん頭がこんがらがってきた。


つまり水谷による説明はこうだ。

水谷は俺が帰った後に、ここ最近の不審な未解決事件をいくつか調べたらしい。

そしてその中に認知バイアスを歪めるものが含まれていた。

だからそれに目星をつけた時点で俺にもその事件の認知バイアスが働いて、俺自身がその事件を認識したり、積極的に関わったりすることに対しての拒否反応が出ているということらしい。


しかしそんな状態だったらこの事件の助手として俺ができるような仕事なんてあるんだろうか?

「じゃあどの道、俺ができる仕事はないんじゃないか?」


水谷は憚ることなく言った。

「大丈夫だバカとハサミは使い用っていうからな」


「それにお前は少なくとも俺の説明したことを認識できている」

「お前は俺みたいになれるかもしれない」

水谷のその言葉を聞いて俺はまた吐き気が込み上げた。




四谷 美春


すっかり話し込んで、恵美と別れて自宅の最寄駅に着いた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。


線路沿いの道は街灯があまりなくて、帰りはいつも心細い気分になる。

今日は月明かりもなく、街灯の灯りの届かないところは真っ暗だった。

私は足元を見ながら少し目が慣れてくるまで慎重に歩いた。

その時、後ろから車のライトが私を照らした。

狭い道なので私は、ほどんど無いくらい狭い白泉の内側に身を寄せる。

隣は線路になっていて、そこから伸びている雑草が体に当たった。


車は私の横をゆっくりと通り過ぎたかと思うと、赤いブレーキランプがついて、その場に停車した。



引間 涼


事務所に着いた

水谷が、広げた地図には候補となる場所に印が付けられていた。


そして俺に対して兄が犯行現場に選ぶならどこを選びそうかを尋ねた。

説明は一切なしだ。

水谷によると、俺に説明したところで、どうせ認知バイアスで妨害されて理解できないから意味がないらしい。


しかし、そう言われても、俺は兄が選ぶだろう場所なんて全く心当たりが浮かばなかった。

俺が自分なりに推理を組み立てようとしていると水谷は言った。

「直感だよ!直感!頭を空っぽにしろって、お前が考えたってしょうがないんだから」


容赦ない物言いに不快になる。


俺は水谷を物憂げに一瞥した後、少し投げやりに、候補の中の一つを指差した。


「ここかな」

俺が選んだ場所に大きくバツをつけていく水谷。


「なあ選択ってのは難しいと思わないか?」

水谷は不意に言った。


「自分の直感に従えば従うほど、それが間違いだってことだってあるんだよな。」

俺は何も答えなかったが、水谷は続けた。

「なあ絶対に選ばないであろう選択肢が唯一の正解だったら、人はそれをどうやってそれを選んだらいいんだろうな?」


そして『何か』をやりながら、俺の選んだ場所とともに、順番をふっていく。

そして俺にまた次の候補を聞いた。

そして俺はまた直感で選ぶ。

一通り作業が終わると水谷は言った。

「さあ行こうか」




ーーーーー


四谷 美春


気がつくと私は縛られて仰向けに寝ていた。台座のようなものは硬くて冷たい。

寒くて体が小刻みに震えている。

何か言おうと試みるが声が出ない。

カチカチと時計の音だけが聞こえる。

恐怖を紛らわせるために私は何か空想を始めようとする。

だけど何も浮かんでこない。

何も考えたくない。




引間 涼


俺たちは水谷の赤茶色のセダンに乗り込んだ。

候補に挙げた現場を一箇所ずつ回っていくのだ。

つまり全部試すってことだ。


「じゃあ最初に俺に選ばせたのはなんだったんだ?」

俺は水谷に愚痴る。

「最初から正解があるわけじゃないからな。こういう未知の相手の場合はなんでもやってみることが大事なんだよ。

そういって水谷はシガーライターでタバコに火をつけた。

俺はすかさず窓を開ける。

手回し式の古いセダンの窓は硬かった。今どきパワーウィンドウじゃないってあるか?

日産のインフィニティQ45。

30年前の車種だ。

水谷曰く、マニュアル車じゃないと信用できないらしい。

遠隔操作される可能性があるという。




最初に回った場所は倒産した会社の工場跡だった。俺たちは、差し押さえの看板を外して、中に入って確認する。水谷は生い茂った雑草を革靴で器用に踏み倒しながら進んでいく。

俺はその後ろに着いていった。

中を確認するが何もない。

そして車に乗って次の場所へ。

その繰り返しだ。

俺は移動する間、助手席で水谷の言った『絶対に選ばないであろう選択』について考える。

俺は自分が絶対に無理そうな大学を志望して、大学受験に失敗したことを思い返していた。

本当は考えたくもないんだけど、今の状況だとこんなことを考えた方がいくらかマシだった。

これも認知バイアスのせいだろうか?


今思えば本当に馬鹿だなと思うんだけど、俺はどことは言わないが、自分の実力では到底無理な大学を受験した。もちろん、模試でも良くてD判定だったので、当時の担任からも別の大学を勧められた。

でもそこで、『自分が受かりそうな無難な学校を選ぶってこと』がその時の俺にとっては『絶対に選べない正しい選択』だったのかなと考える。


俺は可能性ってやつを信じて、真剣に打ち込めば何かが開花して、全く別の新しい自分になれるような気がしてたんだよな。


でも実際そんなことはなくて、俺たちは能力の壁みたいなのに引っかかって、虚しく滑り落ちて、全部失敗して後の祭りになって、そして後悔しながらやっと気がつくんだ。

最初からもっと無難な選択をしておけばよかったってさ。


もしそうしていたらどうなっただろうか?ガブリエルが俺の前に現れることもなく、クリスマスの寒空に、街の幸せそうなネオンから遠く離れた廃工場で、こんな頭のおかしい中年男と不法侵入を繰り返すこともなかっただろうか?


俺たちはもう、半分以上の事件現場の候補を潰して回っていた。水谷は地理的条件を無視して目星をつけた順に回っていたから、移動にかなり時間を要した。

もう時刻は深夜の0時を回ろうとしている。


「ここに何も無かったら残りの候補は明日にしよう」

水谷がそういって、車を止めてタバコを取り出した。

今まで辞めていたタバコをこの事件を機にまた吸い始めたという。

水谷はかなりのヘビースモーカーだった。今日半日でもう二箱は吸っているんじゃないだろうか?

俺は煙たいのが嫌だったから、先に車から降りて行った。

「先に見てくるよ」

その場所は江東区にある印刷所の一つだった。

クリスマスの深夜にはその場所しんとしていて、だだっ広い駐車場に、水谷のインフィニティだけがポツリとエンジン音を吹かしていた。


暗がりの中を建物の方に歩いていく。何か些細な違和感があった。ここから引き返したくなるような。逃げ出したくなるような、今までと同じように門の前にあった立ち入り禁止の看板を退けて入って行く、近づくたびに何か不穏な気味悪さを感じる。



中はまだそんなに古くない印刷機が置かれたままになっっていた。最近潰れたんだろうか?


しかし中を見渡しても、何か事件の痕跡を見つけることはできなかった。

つまりこれで全ての候補は消えたわけだ。俺がそこにぼーっと立っていると、後ろから血相を変えた水谷が走ってきた。


何やら喚きながら、俺を押し除ける。

「見えないのか馬鹿野郎!」

俺を通り過ぎる時にかろうじてそれが聞き取れた


そうして、水谷が何かをした。


そうすると今までそこに何もないように思えたところに薄ぼんやりと何かが見えた。


水谷が何か言って激怒している。俺は胸ぐらを掴まれて、その方向を見せられた。


そこには、ガラクタで作られたような台座に横たわる女の姿があった。


水谷に引っ張られて、その前に座らされた。目を背けようとする俺の髪の毛を掴み見せようとするので、俺はおずおずと近づいてその顔を覗き込んだ。

その女の唇は青く震え、肌からは血の気の引いていた。


ん?何か見覚えのある。

俺はふと懐かしさを感じた。

あのマックの店員じゃないか?

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