第4章 そなたにもういちど きかいをあたえよう
明けていよいよ新学期の登校日。
と言っても、下級生にあたる一年の入学式は昨日終わったらしい。
今日から俺も二年生だ。
なんとなく後輩が出来るってだけでエラソーに浮かれてソワソワしてしまう。
といっても俺は帰宅部なんだけど。
――いや、このくだり一回やったわ!
どういうことなんだよ、これって一昨日の新学期の朝じゃん。
俺の前には装備する前の学生服がある。
そして時計を見ると、もうじき階下のキッチンから母さんの声がするに違いない。
「早く起きなさい! ご飯が冷めちゃうわよ!」
ほらやっぱり。
少し離れた小さな公園の入口では同じ高校の女子が待っていた。
「おはよ。始業式だから今日は早かったね。それじゃあ行こうか」
いわゆる俺の幼馴染でご近所さん。
幼稚園の頃からずっと同じ学校に通う
知ってるっつーの。
誰に向けての紹介なんだよ。
それにしてもヤバいな。
今朝のシーツ女神が催促してたのは例の五十二文字の羅列、復活の呪文か。
だからたぶんまたセーブされていない一昨日から始まったのか。
しかも、二日分の学校生活をもう一度やれってことだろ?
始業式のあの長い校長のスピーチも。
考えただけで気が遠のく。
だもんで、桃花との会話もまた繰り返しだ。
「やだ、風邪ひいたの? 気をつけてよね」
「はい」
「そう言えば
「いいえ」
「そういう言い方って叔父さんに失礼だよ。だって仲良しだったんでしょ?」
ありゃ? 前回と回答を間違えたか?
うーん。実際に小学生になってからは会ってないんだけど。とりあえず桃花の心象を良くしておくために嘘でもついておくか。
「だったら叔父さんのために、秀ちゃんもしっかりしないと」
「はい」
「またその気の無い返事。秀ちゃんったら、いっつもそうなんだもん!」
なにこれ?
俺が何を間違えたっつーの?
単なる二択じゃん。
その日は桃花と大した会話もできず――つっても俺もはい、かいいえ、しか喋れないけど――そのまま終わった。
やはり校長のスピーチは長かった。
しかし、俺は昨日までの俺とは一味違う。
桃花との会話の選択肢は失敗したが、明日、すなわち始業式の翌日から始まる通常授業の六科目ぶんの教科書とノートを持参していたことだ。こいつらを先にロッカーや机の中に置き勉しておく。
これで明日の持ち物は装備品の学生服。スマホ、そして弁当。そこに明後日の授業の教科書を入れておく。
これを繰り返して置き勉をすれば、いつでも通学カバンの中には余裕がある。
翌日。
事前に今日の科目の教科書は持っていったので、予定通り明日やる未履修の授業のぶん、せいぜい三つか四つ持っていけば良いわけだ。
なんとなく機嫌を戻したのか、いつものルーティーンだからかはわからないけど、いつもの公園で待ってた桃花とふたりで学校に向かった。
今日もマスクをして露骨に咳をしたりしたので、周囲の男友達も、あいつは風邪だと勘違いしている。すべて計画通り。
そうやって『おととい終えたばかりの二度目の今日』を淡々とこなしていた俺だったが、三時限目になったら異変があった。
担当の先生がなにか紙の束を持って皆に言う。
「さて、二年生になってさっそくだが、去年までの授業をどこまで把握できたのか、まずは小手試しに小テストをしよう」
おいっ、ここでまさかの戦闘エンカウントとは!
さすがに繰り返している一昨日と完全に同じにはならないのか!
でも、学力も記憶も体力もゲームの呪いの前後で変わった様子はない。
今の俺なら一年の時のテストなんてきっと簡単に勝てるはず。
いざ初陣だ!
うん? 俺の名前が書けない。
どういうことだ? 氏名の欄に俺の名前を書こうとしてるのに、全然ペンが走らないんだけど。
だって三・三・四のヘンな文字割でも五十二文字までは書けたじゃん。
とりあえずいったん、第一問を解いてみる。普通に答えが書ける。
じゃあ氏名を書こう、と思うとどうしても俺の名前が書けない。
仕方ないから第二問を解く。これもわかる。
でもどうしても俺の名前が書けない。
平仮名とかは書けるのに漢字が書けない。
俺は記憶を手繰り寄せて、例のレトロゲームに関する情報を漁った。
名前の記入、もとい入力に関してはどうやら四文字以上は入力できない。
しかも濁点まで一文字としてカウントされる仕様だったはず。
ヤバい!
俺の名前、
つまり平仮名四文字の縛りがあるから濁音のある奴や名前が四文字以上の奴は当時は勇者にすらなれなかったってことだ。勇者の名前を入れる際に自分の名前が入らなくて、さぞ落胆したことだろう。気の毒に。っていうか俺もだな。
違う違う。小テストだからそんな感慨に耽る時間を割いている場合じゃない。
幸いなことに氏と名の欄は分けてある。ここに強引に平仮名四文字で濁点も含めずに書きこむしかない。
俺はクラスメイトへの迷惑も省みず、盛大に咳をしてから挙手をした。
先生が近寄ってきたところでテスト用紙の裏に書いた文字を見せる。
『てくび いため てかんじ
もうま くかけ ませんな
まえは ひらが なでもい
いです か』
「なんだ、風邪だけじゃなくて腱鞘炎か。それで構わないから気をつけろよ」
上手く先生は騙せたようだ。
氏名の欄に俺の名前を書く。
テストの結果はどうでもいい。俺の名前をどうやって平仮名四文字にするか。
むしろそっちに時間を割いたぐらいだ。
その日の帰りのホームルームでさっそく返された小テストを見てクラスの男子どもは俺のことを嘲笑った。
そのテストの氏名欄にはこう記したからだ。
『はにうた しうちろ』
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