第5章 それをすてるなんて とんでもない!
帰り道もカクカクと直角に曲がりながら歩く俺。
その隣を歩く桃花は相変わらず俺の事を心配そうに見ている。
「秀ちゃん。今日の小テストの結果は気にしない方がいいよ。だって喉風邪を引いているだけじゃなくて腱鞘炎だったんだもん。体調が万全じゃないから仕方ないよ」
どうやら桃花は俺が他の男子に笑われたのはテスト結果だと思っているらしい。
そうじゃなくて名前が平仮名四文字しか入れられないから『はにうた しうちろ』になっただけの話だ。当時は同じ辛酸を舐めた子供がたくさん居ただろう事は充分に俺も味わった。
「だから無理しないでね。はい、これ」
桃花はいつの間に用意したやら、やくそうとちからのたね――じゃなくて喉飴と栄養ドリンクをくれた。
これには回復魔法のように俺の心のヒットポイントがみるみる戻っていく。
魔法使いとは、なかなかやるな、桃花。
あとこれもやはり乱数によるエンカウントの産物なのだろうか。
桃花との会話の内容が『一昨日』とは少し違う。
「明日は体育だけど見学した方がいいね」
そうだ。
装備品ががくせいふく。所持品でたいそうふく。
着替えは視覚的に一瞬で終わるので、人目を忍んでトイレか体育倉庫でこっそりとするしかない。所持品の枠にも気を付けねば。
スマホ、筆記用具、弁当で三枠消化してしまう。明後日の置き勉も用意しておかないとだ。
帰宅した俺は、その晩、ベッドの脇にスマホとメモ帳とペンを置いた。
というのも例のシーツの神様っぽい女の人の声を待っていたから。
あの復活の呪文を聞き逃すと、また『一昨日』から始まってしまう。
さぁ女神様、俺はもうこれから寝ますからね。
いつでも降臨してきてくださいませ。
そうやって待ってるが全然来ない。
やがて眠気に負けてうつらうつらとし始めた時に、突然声が響いた。
俺は激しい眠気と頭重感で朦朧とする意識の中、慌てて枕元のペンとメモ帳を取る。そして頭の中に響く声を聞き逃すまいと、必死に文字を綴っていく。
その声を何度も聴き返し、自分の文字を読み返すと力尽きたように枕に突っ伏してうつ伏せになって二度寝を始めた。
翌朝。またしても神々しい光が俺の身体を包み込む。
データセーブのシーツ女神からの催促の時間だ。
いざ昨晩の復活の呪文を、と思ったが、冷静に読み返すとロクに開いていない瞼と働いていない頭で書いたので、字が汚すぎて全然読めない。
おいおい、これは『べ』か『ぺ』か、どっちだよ。
頭の中に浮かぶ文字列は『だ行』と『ん』は含まない六十四文字だけなのに、手元のメモに書いてあるってどういうことだ? 俺のヒアリングミスか?
とにかく、今はゆうべの俺を信じて進むしかない。
……。
……。
明けていよいよ新学期の登校日。
と言っても、下級生にあたる一年の入学式は昨日終わったらしい。
今日から俺も二年生だ。
なんとなく後輩が出来るってだけでエラソーに浮かれてソワソワしてしまう。
といっても俺は帰宅部なんだけど。
――いや、もういいよ、このくだり!
全然先に進まないじゃねぇか!
俺は学校へ行く準備も忘れて、叔父さんのレトロゲーム機を握ると頭上高くまで振り上げた。
『こいつのせいで、とんでもない目にばっかり遭わせやがって!』
俺は叔父さんのレトロゲームをRPGゲームが挿さったまま地面に叩きつけた。
途端に世界の色が狂う。
俺の身体が細かい欠片の集合体になって自分で自分が判別できない。
勝手に足が歩く。
少し離れた小さな公園の入口では、画素が粗いけどおそらく同じ高校の女子っぽいドット絵が待っていた。
「おはよ。始業式だから今日は早かったね。それじゃあ行こうか」
声の主はいわゆる俺の幼馴染でご近所さん。
幼稚園の頃からずっと同じ学校に通う
しうちろはいきなり ももかのおしりをさわった!
「きゃーっ、なにすんのよ!」
ももかのおやじが あらわれた!
しうちろが みがまえるよりも はやく
ももかのおやじは おそいかかってきた
ももかのおやじの こうげき!
かいしんの いちげき!
しうちろは なかまをよんだ!
しうちろのりょうしんが あらわれた!
しうちろのりょうしんは しゃざいのことばをとなえた!
ぺこぺこと あやまっている!
つうこんの きわみ!
ビィーーーーーッ。
それから俺達は奇妙な音を立てて完全に制止してしまい、あたりの風景はガラガラと音を立てて崩れ去っていった。
『ぬわーーっっ!!』
俺が声にもならない悲鳴とともに身体を跳ね上げると、そこはベッドの上だった。
外はまだ暗い。どうやら夜明け前のようだ。
そう。今日はいよいよ新学期の登校日。
と言っても、下級生にあたる一年の入学式は昨日終わったらしい。
今日から俺も二年生だ。
なんとなく後輩が出来るってだけでエラソーに浮かれてソワソワしてしまう。
といっても俺は帰宅部なんだけど。
そんな日々を何度も何度も無限ループしているうちに、ようやく復活の呪文が合っていたようで次の日の朝に進めたのは体感的には五月の頭。でも世間では四月上旬の始業式から三日目という暦だ。
結局裏ワザ、当時はウル
だからチートはできない。
じゃあいっそ、抽選結果のわかっている数字選択式宝くじでも買って大金持ちになってやろうとも考えたが、やはりデータロードの度にエンカウントが変わるみたいで、そういうズルもできなかった。
季節はずっと四月なのに、俺だけ精神年齢がひと月オトナになったような気すらした。このままだと外側は高校生なのに中身だけが老成したじいさんになってしまう。
はやくこの呪いを解かないと。
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