第2話 メテオ・クライシス②
オリジナルの記憶を引き継ぐ形で無常がこの世に生まれてから二年の月日が経過した。
老いる事のない代替ボディとして作られた彼は、あの日から一切成長せず今も小学校高学年程度の外見年齢を保っている。
その日、無常は研究所の椅子に座ってコーヒーを飲みながら、テレビを眺めていた。
服装は簡素な半袖半ズボンの服に、上からはサイズが大きくてブカブカな白衣を羽織っている。
今の自分の子供の姿に似合っていない事は分かっているが、これはせめてものオリジナルへの手向けのようなものだ。
オリジナルは夢を叶える事が出来なかった。だからというわけではないし、この白衣に彼の魂も何も宿っていない事など百も承知だが、せめて彼の形見である白衣くらいは一緒に夢の先へ連れて行ってやろうと思ったのだ。
あれから無常は結局一度も誰かと顔を合わせる事はなく、税金の支払いなどは全てパソコンで手続きを済ませていた。
「博士。こちらを」
「ご苦労、
無常の前にコーヒーのお供としてケーキを出したのは、茶色の髪の静かな印象を受ける大人の女性であった。
しかしよく見れば眼球はガラス玉のようであり、メイド服から見える指先などは義手のような不自然さがある。
彼女は無常が作り出した、有能な助手のうちの一体だ。
助手は全員で十体いて、名前は面倒なので『初』の『形』である彼女――初形から始まって
普通に一号二号とかでもよかったのだが、変にテンプレを外して捻った結果、逆に呼びにくい名前になってしまったのは無常の失敗である。
「メカジガースのバックパックの方はどうだ?」
「現在、
「よし」
初形から何かの作業状況を聞き、無常は満足そうに頷いた。
それから、子供の舌ではやけに美味く感じられるケーキを口に入れる。
上機嫌で見ているテレビは、朝の八時からやっている子供向けのヒーロー番組だ。
こんな物を見る事が稚拙である事くらいは理解している。童心を捨てきれぬ大人になれない大人がオリジナルであった。
しかし今の無常はオリジナルの記憶を引き継いでいるものの、それでもオリジナルとは別人の、二年前に生まれたばかりの外見通りの子供だ。
ならばこうした物を愛するのも全くおかしくないと自己正当化をした。
そろそろ敵の怪人が追い詰められて巨大化し、それを倒す為にヒーロー側がロボットを出す頃である。
『おのれ! 恐るべし、拡散戦隊ダンエンジョー! かくなる上は!』
画面の中でヒーローに追い詰められた敵怪人のヌレギーヌが最後の手段の巨大化をし、ヒーロー達を踏み潰そうと迫る。
だがヒーロー達はそれを予想していたように、五人一斉に武器を天に掲げた。
これこそ、巨大化した怪人に対抗出来る唯一の存在を呼び出す為のポーズなのだ。
「超合体! キングニュースフェイク!」
ヒーローの掛け声と共に五体のマシンが基地から出撃し、空中で合体していく。
そして一つになった時に現れたのは、巨大怪人と並ぶほどの巨体を誇る雄々しくも勇ましい正義の巨大ロボだ。
空に輝く太陽を下から見上げつつ、ロボットの巨大さを印象付けるアングルがたまらない。
そしていよいよ巨大ロボットが敵へと近付いて行き――。
『番組の途中ですが、アシレマ合衆国のジーン・マイケル・リヴェラ大統領の緊急記者会見の映像が届きましたので、予定を変更してそちらをお送りします』
「おい!」
今まさに最も盛り上がるという場面で、突然画面に金髪のおっさんが映し出された。
これに無常は憤り、テレビに掴みかかるが勿論意味など全くない。
一体何だというのだ。そもそもここは日本だ。
何故アシレマ合衆国の大統領の記者会見などがこの大切な番組を中断してまで流されるというのだ。
アシレマ合衆国は世界一の経済大国で日本の大事な同盟国でもあるが、それはそれ。これはこれだ。
画面の中の大統領は沈痛な面持ちで、記者団に向けて言葉を発する。
『今から半年前、我が国の優秀な天文学者が宇宙にある彗星を発見しました。
これは、まだどこにも発見されていなかったもので、名前もありません。新発見の彗星です。
この彗星は……あー、勿論、極僅かな可能性でしかありませんし、あくまで最悪の事態ならばという話でしかないのですが……地球に直撃する可能性があります』
大統領の言葉に記者団がざわめいた。
当たり前だ。確定ではないとはいえ、隕石が落ちる可能性を示されたのだ。
しかもわざわざ緊急記者会見を開くくらいだ。ただの小さい隕石ではないだろう。
大統領は更に話を進める。
『隕石が地球に落ちる事自体は珍しくありません。
昨年には民家の屋根を突き破って道路に隕石が落下した事件もありました。
五年前には遊園地に落ち、道を歩いていた親子の丁度すぐ前に落ちた事もありました。その隕石は今は博物館で飾られています。
しかし、今回の隕石は……15kmあります。現代を生きる我々には古代の真相は残念ながら分かりませんが……学者によれば、恐竜を滅ぼした隕石と同じくらい大きいという事です。
もしも……勿論仮定の話ですが、もしもこれが地球に直撃すれば……人類は滅びるかもしれません』
ざわめきは先程よりも更に大きくなった。
遥か未来の事だと思っていた世界の終わり。
それがまさか、こんなに早く来るなどと誰が予想しただろう。
記者団は口々に大統領へ質問を捲し立てるが、大統領はその全てを聞き入れない。
まずは黙って全部聞いてくれ、という事なのだろう。
『そこで我々は、世界各国と協力して極秘に宇宙船を建造しました。予算に糸目をつけずに造り上げた人類史上最高のロケットです。
このロケットで彗星に上陸し、核弾頭で彗星を破壊します。
勿論そんな事をしなくても軌道が逸れて地球には来ないと信じていますが……念の為です。
どうか過剰に恐れないで下さい』
「……初形君、どうだ?」
「はい、今アシレマのデータベースに侵入し、彗星の位置と軌道予測データを割り出しました。
率直に申し上げて直撃コースです。地球に到達するまでに他の彗星とぶつかる可能性もありません。
外的要因がなければ、まず軌道が逸れる事はないかと」
無常の問いに、さも当然のように初形が答えた。
侵入した、と言っているがパソコンなどに触った形跡はない。
しかし彼女の頭の中からはパソコンが駆動している時のような音が僅かに聞こえている。
「アシレマの作戦は上手くいきそうか?」
「彗星の深部に核弾頭を埋め込んで爆破する計画のようです。計算上の深度、火薬量共に間違いはありません。全てが予定通りに上手く運べば成功するでしょう」
「そうか。で、全てが上手くいく確率は?」
「限りなく低いかと。宇宙船が彗星の破片にぶつかる可能性もありますし、着陸時に座標が狂うかもしれません。彗星の地表の固さも……これについて責めるのは酷ですが、全くの未知数ですのでぶっつけ本番です。そもそも掘削出来ない可能性も考慮すべきかと。
彗星に無事着陸出来ても、やはり未知のエリアですので全てが予定通り行くのはまず不可能かと思われます。ガスの噴出に噴火、太陽光の照射、宇宙服の耐久性の限界……挙げればキリがありません」
初形と話しながら無常は小さく溜息を吐いた。
それから椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げる。
「隕石による人類滅亡の危機に、それに立ち向かう宇宙船か。まるでハリウッド映画だ」
「ハリウッド映画はお好きですか?」
「でかいロボットが出る奴は大好きだ。2005年に公開された『ジャパン帝国』は笑ったよ。
東京タワーとスカイツリーが合体して800mの巨大な侍ロボットになってアシレマ合衆国を襲うんだ。
一体日本は何だと思われているんだろうな?」
「それはエリック監督最大の駄作として酷評された映画ですが……」
「確かにストーリーは酷かった。だがフルCGで描かれた侍ロボットは格好良かったんだ。それだけで私にとっては傑作さ。あれもいつか作りたいね」
ははは、と笑いながら無常は煙草をくわえて火を点けた。
だがすぐにゲホゲホと咽てしまい、煙草を床に落とす。
オリジナルが愛用していた銘柄だが、やはりこの子供ボディには適さないようだ。
「ハリウッド映画ならば何人かが犠牲になり、最終的に地球は救われます。博士はそうなるとお考えですか?」
「さあな。だが地球が滅びるのは困るっていうのだけは確かだ。
まだ見たい番組が沢山あるし、それを作る有能な脚本家やプロデューサーが死ぬのはもっと困る」
無常の思考は、少しばかり常人とは離れたものであった。
地球が滅びるのは困るが、それは見たい番組が見られなくなるからだ。
逆に言えば、それさえ無事が保証されるならば彼は地球が滅びようが全く気にせず自分だけ宇宙に脱出して、一切心を痛める事なくそのまま何もなかったかのように過ごすだろう。
無常は執着したものにはどこまでも執着するが、一方で興味を持たない物にはどこまでも無関心であった。
「地球を救うヒーローなんて私からは一番遠い人種だが……まあ、いざとなれば真似事くらいはやってみようか。
……なあ? 我が愛しの君よ」
そう言い、無常は横へと視線を走らせた。
その先にあるのは強化ガラス……更にその奥には巨大な格納庫のようなものあった。
この位置から見えるのは格納庫のほんの一部分……ガラスの向こうに鎮座している何かの銀色の胴体だけが見えていた。
◆
アシレマ合衆国主導のもと、人類を彗星による滅亡から救うプロジェクト、『フューチャー計画』は今まさに実行の時を迎えようとしていた。
発見者の名前を取られて『ケンタビオス』と名付けられた彗星は、このまま進路を変えなければ118時間後……つまり約五日後に地球に衝突する。
その時に予測される被害はまさに人類滅亡級だ。
高さ数千メートルの津波が世界各国を飲み込み、空へと巻き上げられた大地の残骸は流星の雨となって世界中に降り注ぐ。
地球は三十分に渡って揺れ続け、海は沸騰し、空は赤く焦げ、地球の構造プレートすら変えて激しい地殻変動を引き起こすだろう。
現在各国が種の保存を図る為に急ピッチで地下シェルターを建造し、人々は自分もそこに入れてくれと暴動を起こしている。
日夜に渡り市民と警官隊の衝突が続き、買い占めや略奪、傷害に殺人といった事件が蔓延っていた。
この計画の成否で人類の……いや、地球の運命が決まる。
未来を迎える為に、絶対に成功させなければならないミッションだ。
「皆、覚悟はいいな? 我々の肩に全人類の運命がかかっている」
宇宙服を着こんだ白髪頭のケヴォン船長がクルーに告げる。
世界の未来を決める為に選抜されたのは八人の精鋭だ。
宇宙飛行士であり、月面着陸の経験もあるケヴォン船長。
掘削のスペシャリストのクラークと、その弟子のベニー。
爆薬のスペシャリストはアンドレイという名前のスキンヘッドの男だ。
ロケットの設計者であるパヴェル博士はロケットに何かトラブルが発生した時の為に同乗している。
陽気なジョニーな厳つい男だが、見た目に反して素晴らしい医療の技術を持っている。
残る二人は厳しい訓練を乗り越えた宇宙飛行士で、名前をジャンとベティという。
ベティは紅一点ながら、優秀な宇宙飛行士で周囲の信頼も厚い。
いずれも、地球の未来を救うために命を投げうつ覚悟でここに来ている。
「さあ行くぞ! 地球の未来の為に!」
未来を背負った勇者達が船長の言葉に頷き、そして船へと乗り込んでいった。
人類の期待と希望を背負い、フューチャー号がいよいよ発信する。
地球滅亡までの残り時間は――118時間!
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