【一発ネタ】特撮のロボを本気で作りたい夢追い博士君(82歳)【出落ち】
壁首領大公(元・わからないマン)
第1話 メテオ・クライシス①
私は特撮が好きだ。
いや……特撮というよりは、そこに登場する巨大ロボットが大好きだ。
子供の頃に見た巨大ヒーローが主人公の特撮では、ヒーローよりもむしろ、それと戦う巨大ロボットを応援していたように思う。
赤、青、緑、黄、桃の色鮮やかな五人の戦隊ヒーローが活躍する番組では、いつも番組最後の十分間は画面の前に張り付いて巨大な合体ロボットが登場するのを心待ちにしていた。
天を突く怪獣が主人公の映画で、その怪獣を迎え撃つべく生み出された機械仕掛けの巨大な鋼の怪獣には心を躍らせたものだ。
いつかそうしたロボットが現実になると信じていて、誰も出来ないならば自分でそれをやってやろうと思った事を覚えている。
小学校の卒業アルバムに将来の夢は巨大ロボットを作る博士と書き、中学高校専門校と進んでも変わらず、それだけを夢見て走って来た。
機械工学を専攻し、とにかく暇さえあれば本を読み漁って知識を蓄えた。信じればいつか夢は叶うと我武者羅に走っていた。
ああ、分かっている。子供染みた夢追い人だって言うんだろう。
そんな事は言われなくても自分で分かっているんだ。
私が愛した特撮はどれも基本的には子供向けで、子供を楽しませる為の空想だ。
いい歳をした大人がテレビの前に齧りついて熱中するものじゃない。
巨大なロボットも夢物語……大人になるにつれて、そんな事は嫌と言うほどに痛感させられた。
年々科学は発展し、子供の頃は僅か8ビットでゲームが動いて子供達が熱中していたが、気付けばゲーム機は大いなる進化を遂げてグラフィックも限りなく現実へと近付いている。
だが……ああ、遠い。私の目指す夢は遥か遠く、未だ空想の世界から出て来てくれない。
夢に向かう途中で、様々なものを造った。
何度も表彰されたし、話題にもなった。特許も取った。
インターネット上では未来から来た人間だとか、未来に生きているだとかも言われた。
子供の頃に大好きだったロボットの実物大の模型を造り、緩やかな動作ではあるが実際に動く物だって造って見せた。
それでも遠い……遠いのだ。私が造り上げたいのは、人のように機敏に動いて空だって飛べる巨大なロボットだ。
画面の向こうにいる、幼き日の夢なのだ。
そこに辿り着く事が出来ないならば、私の生涯に一体何の意味があるというのか。
部屋の隅に乱雑に積み上げられた表彰状もトロフィーも、美麗惨事を綴った手紙も、どれも私が欲したものではない。
周囲からの評価なんてなくていい。金も要らない。それらは全て夢に向かう為に得ただけの副産物で、私が真に欲したものではない。
一度でいい……一度でいいんだ。私は画面の向こうにしかいない、幼き日の夢が目の前にいる姿を見たいんだ。目の前で動いて欲しいんだ。
あの日の夢を、現実に引っ張り出したいだけなんだ……。
だが時間は無情だ。どんどん過ぎ去っていき、私はどんどん老いていく。
立つ事すら苦労するほどに腰は弱り、裸眼ではほとんど何も見えない視界は半分以上が白く濁っていた。
だから、私は寿命を何とかする為に研究を重ねた。
本当はそんな事よりもロボットを造りたかったが、その為には時間が足りない。
時間が欲しい。夢に届くまでの時間が……。
その為に、私は好きでもない研究に没頭せざるを得なかった。
方法は何でもよかった。それが人道に反するものだろうが知った事ではなかった。
だから私は、私の細胞を使ってクローン人間を作り出し、それを新たな身体とする事で生き延びる事を考えた。
そしてその研究は十年以上の年月を経て完成し、培養液の中には若き日の私に瓜二つな少年が浮いていた。
……いや、瓜二つは嘘だな。見栄を張った。正直、大分美化はしていると思う。
女性物の服を着せてしまえば少女と言い張っても騙し通せてしまいそうな程度には顔立ちが整っていた。
このクローン体は私が造り出した特殊な細胞で出来ており、細胞老化が起こらないようになっている。
つまりは……不老だ。身体も、脳も決して老いる事がない。
このクローン体に私の知識を転写する事で私は不老不死に限りなく近づく事が出来る。
だが、これではまだ九割。このままでは記憶を転写しても、それは私の知識を持った私そっくりな別の誰かにしかならない。
私ではない。それでは駄目だ。
私が見たいのだ。他でもない私自身が、夢の叶う瞬間を見届けたいのだ。
そこにいるのは私自身でなくてはならない!
だから私は、記憶だけではなく何とかして私自身をこのクローンに転写出来ないかと研究を重ねた。
脳の移植は無理だ。私の脳は既に劣化してしまっている。脳を移植しても、そう時を待たずして認知症になるだろう。
そうなれば少年の姿をした老人が出来上がるだけで、何の解決にもならない。
若い脳が必要だ……それも劣化しない脳が。
だから私は古い肉体と古い脳を捨て、それでいて私自身を捨てる事なく新たな肉体に転生せねばならない。
転生……そう、転生だ。
私は生まれ変わりたいのだ。私のまま、この知識を持ち越してもう一度最初からやり直したい。
だが時間がない。
もう私の身体は限界だ。
指先が思うように動かない。頭の奥が暗い場所に沈もうとしているような嫌な感覚がある。
視界が流れ、気付けば自分が床に這い蹲っている事に気が付いた。
死ぬのか……? 私は死ぬのか?
最後の力を振り絞って、培養液とコードで繋がっているヘッドギアを頭に被った。
これのスイッチを入れれば記憶の転写は始まる。
だが意味がない。先も言ったように、記憶だけをいくら転写してもそれは私の知識を持った私ではない誰かになるだけだ。
「……は、はは……」
私はここで死ぬ。
記憶を写してもう一人の私を作ろうが、私はここで終わる。
乾いた笑い声が口から洩れる。
……無意味な人生だった。
夢にも届かぬ、無駄な生涯だった。
人は私を成功者と羨むだろう。
私の持つ財を羨望するだろう。
だが結婚もせず子供もなく……夢を追う事だけに全てを費やし、その夢すら叶わなかったこの人生は、どうしようもないまでの負け犬であった。
何もかもを諦め、脱力感に全てを委ねる。
もしも来世などというものがあればもう一度、私は私として生まれたい。
神や悪魔がいるならば、どうか……どうか……。
――その時、私は不思議なものを見た。
死を前にして、今際の際に私は確かに視た。
それは現世を超越した何かであった。私の理解を超えた空間……いや、空間なのかこれは? 人の言語では到底説明仕切れない理屈を超えた世界が私の前に広がっている。
いくつもの何かが流れていた。それは人が魂と呼ぶものなのかもしれない。
様々な色の数多の光が流星のように流れ、七色の輪が視界を埋め尽くす。そして宇宙の時間が私の前を駆け抜けていった。
宇宙が始まる前の無の世界。宇宙の開闢……地球の誕生……終焉。そして再誕。
それが繰り返され、私は生と死、そして距離と時間をも超越した場所に自分がいる事を理解した。
あらゆる知識が私の中に流れ込んでくる。
私は宇宙と同化し、宇宙は私に同化する。過去現在未来を生きたありとあらゆる魂が混ざり合い、私もまたその中に還ろうとしている。
人類の全ての英知……過去に失われた知識。未来にこれから生まれる知識。その全てを私は知った。
魂にとっては時間など無いというのか……きっと人間という矮小な存在では永遠に理解出来ない世界なのだろう。
……いや! そんなのはどうでもいい!
今なら分かる! 今なら
私の追い続けてきた夢! 私が本当に造りたかったもの! その造り方が、そこに至るまでの道のりが今の私ならば分かるんだ!
出来る、出来るぞ! 幼き日のあの夢を、空想から現実へと引き上げる事が今の私なら出来るんだ!
だから……だからどうか神よ。お願いだ、私を身体に戻してくれ。私に後僅かだけの時間をくれ。
私が今得た、生者では得られぬ知識の一部は私の複製に転写されるかもしれない。
だがそれでは駄目だ。だってそれは私じゃない。
私が、私自身が夢を叶えたいんだ。夢が叶う瞬間を私自身が見届けたいんだ。
だから……嫌だ! 死にたくない! 死にたくない!
目の前にあるんだ。追い続けた夢が今、手の届く位置にあるんだ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!
死にたく――。
――ない。
……………………。
…………。
◆
研究室に、哀れな老人の死体が転がっていた。
名を
小・中・高と常にトップの成績を維持し、とりわけ科学分野においては多大な才を発揮した男だ。
学生の時には既にいくつもの成果を残し、彼の研究は世界にも認められた。
人類初の木星への有人着陸を果たしたのも彼の設計した宇宙船であった。
いくつもの賞を総なめにし、その名は世界に轟いた。
誰が呼んだか未来人。人は彼を、皮肉と賞賛を込めて未来からやってきた天才と称えた。
だがそんな天才も寿命には逆らえず、物言わぬ屍となって床を転がっている。
さぞ無念だったのだろう……その顔は恐怖に引き攣り、最期の一瞬まで命にしがみ付こうとしていた執念が感じられた。
その彼の前に、水音を立てて誰がが立つ。
幼い少年だった。年齢は十一か十二に達しているか否かというくらいだろう。
濡れた黒髪をかきあげ、憂鬱そうに死体を見下ろすその姿は整った顔立ちと相まって少女のようにも見える。成長すればさぞ端正な顔立ちになるだろう。
たった今、オリジナルの記憶と知識を引き継ぐことで目を覚まし、培養液から出てきたクローン体……それがこの少年だ。
顔立ちは志中葉博士の若かりし日に似ているが、実物に比べて遥かに秀麗になっているという事は、博士本人しか知らぬ事だろう。彼にも、どうせ新しく生まれ変わるならばハンサムになりたいという欲があったのかもしれない。
志中葉博士であって志中葉博士ではない。死を目の前にした博士の記憶の一部を受け継ぐことでこの世ならざる知識を得た彼は、しかしそれでも志中葉博士とは異なる別人であった。
少年は壁にかけてあった白衣を羽織り、床に倒れている自らのオリジナルに語り掛ける。
「哀れな人だ。夢を叶える手段を得たのに、夢を目の前にして……さぞ、無念だっただろうな。
ああ、我が事のように分かるよ博士……私には、君の記憶があるのだからね。
その無念に、心から同情する……安らかに眠れというのは定型文だが、とても安らかになど眠れないだろうな……」
記憶を引き継いだからこそ分かる。
彼が死を前にしてどれだけ無念だったかが、彼の記憶を通して痛い程に伝わって来る。
だからクローンの少年は博士を心底哀れみ、だがその口元は何かを堪えるように歪んでいた。
「……いかんな。笑うべきではないと分かっているのに笑みを抑えきれない。
だが博士、君なら私の気持ちを私以上に分かってくれるだろう? 何せ夢が目の前にあるのだから、笑うなというのが無理という話だ。
私は君ではない。君の記憶と知識を引き継ぎ、君の若い頃の容姿と少し似ているだけの別人だ。生まれたての別の誰かだ。
だがこの夢は君の夢で、そしてそれを引き継いだ私の夢でもある。
許してくれ……そして、ありがとう博士……最後に素晴らしい
少年は死体のポケットを探り、そこから財布を抜き出した。
これから先、生きるには戸籍や身分証明書が必要になる。
だから博士が使っていたものを、そのまま使わせてもらう事にした。
年齢もあって容姿は随分違うが……まあ、そこはどうにでもなるだろう。
「博士の名前と戸籍は私が貰っておこう。それがないと不便だからな」
少年は……いや、志中葉無常はパソコンの電源を入れた。
明かりに照らされた顔は歓喜に歪み、口元は三日月のように吊り上がっている。
指先は驚くほどの速度でキーボードを叩き、夢に向かう為の計算式を高速で描き出していた。
「く……くくく……くふっくふふふ!
出来る……出来るぞ! オリジナルから流れ込んで来た死後の、奇跡の知識はほんの欠片なれど、それでも私の夢を叶えるには十二分!
今の私ならば、現代の科学では到達出来ない遥か未来の頂きに至る事が出来る!」
余程嬉しいのだろう。
端正な顔を歪に歪め、狂気染みた笑い声を発しながら少年は高らかに叫んだ。
「待っていておくれ、我が夢達よ! もうすぐだぞ!
すぐに、お前達を空想から現実へ連れ出してやる!
ああ、楽しみだ! 会えるのが楽しみだなああァァァ!
会えるんだ……
ふっ、ふひ! ふひひひ! ひひひっひひひぃーーー!」
秀麗な顔を醜悪に歪め、口の端からは涎を垂らして恍惚とし、服を着る手間すら惜しんで少年は夢を現実にするべく行動を開始した。
少年の夢を抱いたまま老人となった男の執念と狂気は、本人が死んでも消える事なくクローンの少年へと引き継がれた。
その行き着く先は――きっと、ロクなものではないのだろう。
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