流寓人

 アキラ殿が手配してくれた馬車に揺られて、俺とセイヤは徴兵前に生活していた村へ向かっていた。受けた傷は完全に塞がったが、長距離歩くのはまだ厳禁だと軍医殿にキツく注意された。


「みんな驚くだろうなぁ。俺が司令の親衛隊入りなんて。しかも国民に大人気のマサオミ様だもんな!」


 セイヤの声が弾んでいた。

 俺達はマサオミ様の親衛隊に入り兵団に残ることを決めた。これからは遠く離れた王都で暮らすことになるので、セイヤは家族へ報告としばしの別れを告げに、俺は身の回りの整理をしに一度村へ帰ることにしたのだ。

 ちなみに現在は負傷による休職扱いになっていて、六割だが給金を支払ってもらっている。ありがたいことだ。明細を見て親衛隊の給料の高さに驚いた。


「できれば末比マツビの街まで行って、トオコの墓参りをしたいんだけど……」


 セイヤが窓の外を眺めながら呟いた。

 トオコの亡骸なきがらは街の共同墓地に埋葬まいそうされているはずだ。店で可愛がっていた妹分に後のことを頼んだと、生前のトオコにちらりと聞いた。


「外出許可は三日だけだからなぁ。村に着いてみんなに挨拶して回って、家の中整理して必要な物準備して王都に向かうとなると……」

「村から王都までは馬車でも一日掛かる。王都と別方向の末比マツビにまで寄る時間は無いな」


 この馬車と御者ぎょしゃには村に滞在してもらって、王都に向かう際にも世話になる。

 墓参りができないと、判りやすい顔で落ち込んだセイヤに俺は付け加えた。


「でもいつか必ず一緒に行こう。俺達が立派になった姿を見せて、トオコを安心させてやろうな」


 彼は顔を輝かせた。


「おう! ……それはそうとエナミ、元気が無いが大丈夫か? どっか痛い?」


 声に覇気が無い俺は心配された。実はさっきから少し胃の辺りがムカムカしていた。


「軽く酔ったみたいだ……」

「あちゃ~、おまえ、以前にも荷馬車に乗せてもらった時フラフラしてたもんな」


 荷馬車の時は寝不足気味だったのでそのせいかと思ったが、たっぷり休養を取ったはずの今回も酔ってしまった。十七歳にして初めて知ったが、俺は乗り物酔いしやすい体質らしい。父さんと州央スオウから桜里オウリへ亡命した時も馬車か船に乗ったのだろうが、二歳の頃なので覚えていなかった。

 イサハヤ殿の強さに憧れて、馬上から矢を射る騎馬兵を目指したかったのだが……無理かな?


「アキラ殿に酔い止めもらえば良かったな。一回馬車止めてもらって休むか?」

「そんなに酷くはないから大丈夫……」

「そっか。眠れるようなら寝ちゃった方がいいぞ? 兄ちゃんの嫁さんも乗り物苦手らしいけど、完全に酔う前に寝ちゃうと楽だと言ってた。俺の肩にもたれていいから」


 そうするか。俺は瞼を閉じた。馬車の振動を赤ん坊に使う揺りかごだと思え。


 ……………………。


 思った以上に揺り籠戦法は上手くいった。眠気がじんわりと強くなっていく。お言葉に甘えてセイヤの肩を枕にさせてもらった。

 うつらうつらしている俺の脳裏に、地獄で過ごした光景がよみがえる。最近は眠りに落ちる前にいつもあの日々を思い出している。


 おかしいよな。

 俺は現世よりも地獄の世界の方が、より色鮮やかで美しいと思えてしまうんだ。

 ほぼ毎日曇っていて、誰かが傷付いて、悲しくて泣いて、それでも。

 こういう所も、俺が地獄と相性が良いとされる由縁ゆえんなのかな?


 ミズキ、あんたと会えた場所だから地獄が懐かしいんだと思っていた。確かにそれは一つの要素だけど、それだけじゃないんだ。

 他のみんなとも素直な気持ちで関われただろ? いつ死ぬか判らない場所だったからこそ、みんな自然体でいられたんだ。

 泣いた以上に笑ったよな。酒盛りまでしちゃってさ。

 戦争している相手である州央スオウの兵士とも、家族の仇である隠密隊のシキとも、地獄で会えたから仲間になれた。地獄が仲を取り持ってくれたと表現するのは言い過ぎだろうか?


 俺さ、自分のことをずっと居場所の無い流寓人リュウグウビトだと思っていた。

 でも、自分の望む居場所を造れている人ってどれくらい居るんだろう?

 地獄でいろんな人と話して、みんなそれぞれ悩みや苦しみを抱えているんだって知ったよ。あのイサハヤ殿やマサオミ様ですらな。それぞれが望むものを手に入れようともがいていた。


 思うんだ。最初は誰でも流寓人なんじゃないかって。

 沢山の経験をしに彷徨さまよって、大勢の人と関わって、それでようやく自分の居場所を知るんじゃないかって。


 俺は社交的な性格じゃないからさ、未だに積極的に友達作りなんてできない。べったりした人間関係を面倒臭いと感じるし、正直、相手に拒絶されたら怖いってのも有る。

 だけどミズキ、あんたに対しては俺は常に積極的でありたい。

 何を言いたいかというと、これから俺はあんたを追い掛けるということだ。それこそ比喩ひゆ無しで地の底まで。


 イサハヤ殿達が州央スオウで革命を起こそうとしている。それに協力すると決めた俺達は、いずれ戦場を渡り歩く生活をすることになるだろう。

 京坂キョウサカの支配下にある多くの敵兵を殺めることになるだろうし、俺自身も命の危険に晒される。ミズキや父さん達が繋いでくれた命だから、決して無駄にはしないよ。生きられるように頑張るよ。

 それでもさ、一生懸命やっても駄目だった時、兵士の俺はまた地獄に落ちるだろうけど、その時は怒らないで迎えてくれよな。


 ミズキは優秀だから、ひょっとしたら俺が行く頃にはもう天へ昇っているかもしれないけど、それなら天界へ追い掛けるまでだよ。何年、何十年、何百年掛かってもミズキ、俺はあんたの背中を追い続ける。

 そんなに長い間気持ちが続く訳が無いと思っているか? 甘い。ミユウは三千年以上も地獄の統治者を想い続けているんだぞ?

 あ、あいつの本当の名前はサーシャだったな。現世に戻った途端に思い出したよ。


 しつこい? 仕方が無いだろう、俺は居場所を見つけてしまったんだ。ミズキの隣が俺の居場所なんだと勝手に決めた。現世では叶わなかったから、地獄か天界で必ず再会してやる。地獄ではいつも先に行動を起こされていたけど、今度は俺が主導権を握るぞ。まうんとぽじしょんだ。

 必死過ぎて気持ち悪い? 解ってる。根暗男が恋心をこじらせた結果だ。


 もちろんミズキ、あんたの気持ちは尊重するよ。あんたが俺と関わらない別の道を選ぶと言うのなら、大人しく身を引こう。あんたを困らせたい訳じゃないから。でも俺が想い続けることは許してほしいんだ。

 思うに、俺の胸には大きな穴が空いてしまっている。それを塞げるのはミズキだけだから。

 桜里オウリとか州央スオウとか関係無く、俺が素の俺で居られるのはあんたの前だけなんだ。二つの国と地獄を彷徨ってようやく解ったよ。自分の居場所ってやつが。


 いつか再会できた時にさ、もしもミズキもまだ俺を好きでいてくれたら……、また一緒に月を見上げよう。


 みんなとの思い出話をしながら二人だけで。未来への希望に満ちていた、あの晩のように。




■■■■■■

 次回はついに最終話。「彼」が登場します!!

(エナミの地獄での思い出風景は、↓↓クリックで覗けます!)

https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16817330668708109739

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る