同じ空の下で

 曇り空の下、屋外訓練場でトモハルとアオイが互いの武器で打ち合っていた。

 アオイの槍を訓練用の木刀で弾いたトモハルの右脚に、若干の痺れが走った。


「………………」


 顔をしかめたトモハルをアオイが気遣った。


「やっぱり痺れますか、中隊長」

「そうだな……」


 カザシロの森でセイヤに背中を刺された際、背骨を通る神経を傷付けてしまったようだ。一生後遺症が残るかもしれないと軍医に言われていた。

 幸い痛みは無く痺れも弱いので、今のところ日常生活に支障は出ていない。しかし痺れのせいで脚さばきが僅かに遅れてしまう。騎馬兵として乗馬しても脚の踏ん張りが必要となる。この先トモハルが戦士として大成するのは難しいだろう。


「軍師になればいいんですよ!!」


 アオイが唐突に提案した。


「中隊長は冷静だし頭がいいですし、戦士の気持ちも解りますから、本気で目指せば素晴らしい軍師になれると思います!」


 アオイはトモハルが落ち込んでいると思って励ました。軍師が彼に合っていると言ったのは本心からだが。

 トモハルは彼女の気持ちを察してフッと笑った。


「ありがとう、だが心配するな。私はそれほど気にしていないんだ」

「そうなのですか……?」

「命を拾っただけでも幸運だったと思う。それに、父と和解する良い契機なのかもしれない」


 御堂ミドウ家長男のトモハルが実家を出たのは、権力に取り憑かれた父親に対する当てこすりだった。その父親が実は国の為に、大臣の地位を守り京坂キョウサカと戦っているのだとしたら……?

 まだ京坂キョウサカについて記してはいないが、一度家に戻りたいと手紙を出したら両親は歓迎すると返信して来た。


「意地を張って一剣士にこだわるよりも、文官に転身して父の補佐をした方が良いのかもしれない。それに傍に居れば京坂キョウサカの魔の手から父を護衛できる」


 静かに聞いていたアオイは微笑んだ。


「私は中隊長がどんな道を選んでも、ずっと応援し続けます」


 トモハルも笑い返したが、とんでもない指示も追加して来た。


「あたりまえだ。おまえは私の伴侶になるのだから。帰省の際はおまえを伴って家族に紹介するから、そのつもりで準備しろよ」

「はいっ!?」


 アオイは何度も目をまたたいた。


「そんなこと、今初めて聞きましたよ!?」

「今初めて言ったんだから、そうだろうな」

「急に言われても困ります!!」

「急じゃない、帰省は五日後だ。それまでに心を決めろ。おまえの分の外出届けも出してある」

「そんなの横暴です! 決める前に私の意志の確認をして下さい!」


 現世へ戻ってから公認の恋人同士となった彼らは、今日も訓練場で大声で口喧嘩をし始めた。それを他の兵士達が遠巻きに見ていた。二人の痴話喧嘩は第二師団では見慣れた光景になりつつあった。


 隣接する兵団詰所の二階の窓から、イサハヤも苦笑交じりに彼らを見守っていた。


(仲が良いほど喧嘩をするとはよく言ったものだ。毎日毎日よく飽きないな。あれで一時間後にはケロッと仲直りをするんだものな)


 イサハヤは空を見上げた。厚い雲が陽をさえぎっているが、彼は曇り空が嫌いではなかった。


(地獄の日々を思い出す。エナミ、キミもこの空を見上げて同じように思っているのだろうか?)


 彼が所属する第二師団は州央スオウへ帰国していた。エナミが居る桜里オウリの地とは遠く離れてしまった。


(だが、同じ空の下に私達は存在している。生きている限り必ず再会できる。だからそれまで、どうか無事でいてくれ……エナミ)


 祈りつつイサハヤは窓を閉めた。



☆☆☆



 陽が傾いて西の空が赤く染まる時間帯。あと少しで国境越えという地点で、シキは三人の男達に囲まれていた。


「隊長、本当に生きてるとはな」


 顎髭を生やした男が刀をシキへ向けた。シキは溜め息を吐いた。


「俺が生存している情報が外へ漏れたってことは、第二師団には他にも間者が紛れているってことだよな。俺に内緒で仕込むとはホント、京坂キョウサカさんは人を信用してないな」

桜里オウリへ行ってどうするつもりだ? 国を売るのか?」


 色黒な男も抜刀していた。かつての部下達にシキは宣言した。


「自分を取り戻しに行くんだよ」

「……はぁ?」

「隊長、大怪我して頭がイカれちまったのか?」


 鞭を持った男が下品に笑った。シキは挑発に乗らず静かに言った。


「忠告しておいてやる。京坂キョウサカさんの元に居ても使い捨てにされるだけだぞ?」

「何を今更……。それが忍びというものだろう?」

「そうだな、俺もそう思い込んでいた。それなら確実に金をくれる京坂キョウサカさんに飼われようってな」


 奴隷根性が身体に染み付いていた。成果を出せなければ自分達は無価値だ。そんな環境でシキも仲間達も育ってきたのだ。


「……主人を変えてみたらいい。俺達の技は優れている。それを誇りにしたくはないか?」

「言ってもしょうがないことをグチグチと……。とにかく隊長、いや隊長だな。あんたを桜里オウリへ行かせる訳にはいかないんでね!」


 二人の剣士がシキへ襲い掛かった。横へ飛び退きながらシキは短刀を投げ付け、それは鞭使いの喉仏に突き刺さった。

 色黒の男はシキが下がった左を刀で薙ぎ払ったが、斬り裂かれたのはシキが羽織っていたマントのみだった。外したマントを彼に被せて視界を塞いだシキは、自分の太刀でマントごと男を突き殺した。


「!………………」


 一瞬で仲間二人を倒された髭の男は言葉を無くした。シキは無表情で彼に近付いた。


「悪いな、俺が生きていることを知っているおまえを生かしてはおけないんだ。大切な使いの最中でさ」

「う、うわあぁぁぁ!!」


 破れかぶれで髭の男はシキに挑んだ。彼の上段斬りを冷静にかわしたシキは、反撃の刀で男の首筋を斬った。


「せめて、楽にきな……」


 生き方を変えられなかった元部下達の死を、シキは憐れみの感情を抱いて眺めた。ずいぶんと自分は人間らしくなったものだと彼は自嘲した。

 そして胸元に手を当てた。懐の中にはイサハヤから託された親書が二通入っていた。

 宛先の一つはマサオミ。内容は州央スオウの現状を知らせる報告と、京坂キョウサカを倒し国を変革するという意志表明だ。イサハヤと佐久間サクマ司令の連名で二人の血判も押されているので、これを読めば本気だと桜里オウリ側は思うだろう。

 二つの国の未来を変える大切な親書。それを届ける使者に自分が選ばれて、シキは生まれて初めて仕事を誇らしいと思った。


(しっかし……)


 問題はもう一つの親書の方だ。宛先はエナミ。マサオミへ渡す物よりも遥かに分厚い。封印されているので内容の確認はできないが、受け取ったエナミが確実に困り顔になる気がした。イサハヤとエナミが再会した時どうなるか、考えるとシキは今から頭が痛くなった。


(ま、いいか。イサハヤさんが変なちょっかい出して来ても、俺がご主人を守ればいいんだから)


 シキは夕陽を背に、片手を横に出して腰を曲げる芝居掛かったお辞儀をした。

 闇の仕事をしていたかつての仲間達、雇い主であった京坂キョウサカ、そして道化師だった自分自身に決別する為に。

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