新拠点とシキと猫

 俺達は小さな丘が連立するエリアに到着した。ぐるりと周辺を見渡してマサオミ様が言った。


「うん、いいんじゃね? 西側が崖で湿地帯に隣接してるんだな?」

「そうだ。湿地帯へは北側に下れる道が在る。湿地帯は隠れられる場所が多い上に、遠回りとなるが森林地帯にも繋がっている。管理人とこの近辺で戦う場合、湿地帯をランの緊急避難場所としよう」


 イサハヤ殿とマサオミ様は新拠点の地形を踏まえて、戦略や見張りの位置を話し合った。


「案内人に聞けねぇから確実じゃねぇが、今のところ近くに敵となるものは居ないようだな」


 気を張って歩いて来たみんなの表情がゆるんだ。朝シキを捜しに滝まで行って、戻って来てすぐに父さんとの戦闘、そして新拠点への引越しだったもんな。流石に疲労で身体が重い。


「疲れてるとこワリィが、ミズキは北東、エナミは東南の見張りについてくれ」

「はい!」

「あっ……はい!」


 ミズキとまた別れてしまった。でもいいか、見張り中に頭を整理しておこう。


「他の者はひとまず休め。奥に行き過ぎて崖から落ちないようにな。次の見張りについては後で連絡する。それでは解散!」


 みんなキョロキョロしながら新拠点となった丘群の中へ入って行った。うん、外からでは中に居る者の姿が見えない。いざとなったら別エリアへ逃げられるし、管理人戦には適した地形だと思う。管理人であるマホ様に強襲された時も、何だかんだで逃げ延びられたからな。


 俺は自分の見張り位置へ移動して、土壁を背にして座り込んだ。そして付いて来たシキに言った。


「おまえも落ち着ける場所で休んで来いよ。ちゃんと身体を横にして回復に集中しろ」


 シキの脈拍を測った時はギリギリの正常値だった。決して健康体ではない状態で歩かせて、弓まで引かせてしまった。本人は完全回復したと強がっているが、軽い貧血を起こしていると思う。


「身体がダルかっただろうに、無理をさせて悪かったな」


 詫びた俺に、シキは強張った表情を返した。


「何だよ」

「ムズ痒い」


 シキは俺の隣に寝転んだ。


「ここで寝る。ご主人が移動する時に起こしてくれ」


 主人にモーニングコールを頼むとは図々しい下僕だ。だが休む気になったようで良かった。


「……ご主人さぁ、そんなお人好しだと足元をすくわれるぞ?」


 空を眺めてシキが呟いた。寝るんじゃなかったのか。


「お兄さんが経験上から忠告しておいてやる」


 シキは確か三十代のはずだ。お兄さんは微妙な線だと思ったが、そこはスルーしてあげた。


「あのなご主人、善い人間はカモにされて利用されるだけなんだ。早死にするぞ? もっと悪くしたたかになれ。俺のようにな」

「おまえは悪い人間なのか?」

「筋金入りのワルだ。だから今までしぶとく生き残れた」

「なら、悪くてしぶといおまえが傍で守る限り、俺の身は安全な訳だ」

「!……」


 シキは目を丸くして、それから噴き出した。


「違いねぇな」


 笑うシキの胸を目掛けて飛び込む茶色い影が有った。忍びのシキはその茶色い塊を反射的に鷲掴わしづかみにした。


「にゃあ」


 あのトラ猫だった。


「おまえかよ」

「完全に懐かれたな、名前を付けてやれ。でもあまり立派にならないように。ヨモギに恨まれるから」


 シキに呆れ顔を向けられた。


「だったらもっとカッコイイ名前を付ければ良かっただろうが。何で灰色狼にヨモギなんだよ」

「俺が付けたんじゃない。俺がヨモギ団子好きだからヨモギにしようってセイヤが言い出して、みんながそれに賛成したんだ」

「ご主人は甘党か」

「そこはどうでもいい」

「セイヤって俺に弓を貸してくれた筋肉質の男だっけ?」


 借りたのではなく強奪したそうじゃないか。おかげで助かったが。


「俺には真木マキ連隊長と流星のマサオミさん以外の情報が無いんだよ。隊の連中のことを教えてくれや」

「そうだな。まず一番押さえてほしい点は、マサオミ様を流星と呼ぶなということだ。あの方はその渾名あだなが大嫌いなんだ。斬り殺されるぞ」

「……了解した」

「なーご」


 トラ猫も返事をした。大丈夫だ、そもそも猫のおまえは流星と発音できない。


「まずは州央スオウからな。前髪が長い剣士が御堂ミドウトモハルさん。中隊長だ。たいていイサハヤ殿の傍に控えている」

「ああ、前髪にょーんの人か」


 俺は前髪ビョーンと密かに呼んでいる。


「女性の槍使いがアオイさん。分隊長だ」

「健康的なお嬢さんね。あれは磨けば光るタイプだぞ?」

「エロい目で見るなよ? 手も出すなよ?」

「解ってるって」


 彼女はモリヤを失って深く傷付いている。しばらくはそっとしてあげたい。 


「続いて桜里オウリだ。筋肉質の射手はセイヤで間違い無い。俺と一緒に徴兵された村人で、元々は農夫だ。弓の経験はほとんど無い」

「へぇ、それで矢を飛ばせるのは大したもんだ」

「素質は有るんだ。次に小さな女の子、彼女はランだ。母親に虐待されて盗みを強要されていた。その罪で地獄に落ちたみたいだ」

「……そうか」


 ランの境遇はシキと通じるものが有るのだろう。


「それから知っていると思うが長髪の剣士、彼はミズキ。桜里オウリ兵団の正規兵で小隊長だ」


 彼の名前を出すと心がざわつく。重症だな。シキにその様子を見抜かれた。


「ご主人はさぁ、ミズキのことどうするのか決めたぁ?」

「う……。話はしに行く。まだ何を話せばいいのか分からないが……」

「甘酸っぱいねぇ。恋すると幸せか? どんな気持ち?」


 恋!? 第三者から見て俺は恋をしているように見えるのか? やっぱり……そうなんだろうか。

 ミズキに何処にも行って欲しくない。俺と居てほしい。俺を見てほしい。彼に対して独占欲が生まれ始めている。


「説明なんてできない。自分が恋した時のことを思い出してみろよ」

「いや~、経験無いからさぁ」

「え、そうなのか!?」


 俺はびっくりした。


「あんたは色恋にも慣れていると思っていた……」


 シキは苦笑した。


「身体の関係には慣れてるよ? 男も女もな。でも金か一時の快楽だけの関係だ。惚れた相手としたことはねぇな」

「ええと……ソウシは?」

「あいつは家族だよ。血の繋がりが無くても家族だったんだ」

「シキはモテそうだけどな。言い寄ってくる中に好みの相手は居なかったのか?」

「今日も一日生き延びられたって生活をしてたからさ、ソウシ以外の弱点を作りたくなかったんだよ」

「そうか……。無神経なことを聞いてすまない」


 シキは手を伸ばして俺の腰を軽く叩いた。


「ご主人には謝り癖が有るのか? 犬の為に暗い顔すんなよ」

「いや、それとこれとは話が別だろう?」

「はは、もういいか……。俺がくすぐったさに慣れるしかねぇな」


 シキは乾いた笑いの後でトラ猫を見た。


「おまえの名前、ずんだ餅のずんだにするか」

「シャアアッ」


 猫はシキを威嚇いかくした。名前が気に入らなかった模様だ。


「何こいつ、人の言葉が解るのか!?」

「解るよ。人間の魂から生まれたんだから」

「ああそうか。じゃあ……桜餅のサクラでどうだ? 桜里オウリとも関連が有るし」


 猫は喉でゴロゴロ音を鳴らした。今度の名前は気に入ったらしい。


「すげぇなこの猫! こいつで一儲けできるんじゃねぇか!?」

「現世に連れて行けないから、無理」


 俺は冷静に突っ込んだ。




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