選ばれた魂

 草原を抜けて、森の樹木を搔い潜って……。四時間歩き通すのは大人の男でもキツイ道程だった。しかも敵影が無いか警戒しながらの進軍である。

 ランは何度かセイヤに背負われていた。見事なのはアオイだった。イサハヤ殿が二度休憩を入れてくれたが、それでも女の身、しかも怪我が治り切っていない状態の長距離移動は大変なはずだ。だというのに彼女は一切の不満を漏らさず、俺達の脚に決して遅れなかった。


「ここまで来たらもうすぐのはずです」


 励ますつもりで俺はアオイに囁いた。小さく頷いた彼女は大量の汗を掻いていた。やはり身体がしんどいのだな。


「ほら洗濯板女、そっちの手もお貸しなさい」


 ミユウがトモハルと繋いでいない方のアオイの手を引き、自身の腕と絡ませた。


「え……何?」


 戸惑うアオイにミユウは吐き捨てた。


「倒れられたら迷惑なんですの。いいから体重をわたくしにお預けなさい!」


 ミユウは素直じゃ無いな。つらそうだから支えてやる、と言えば良いのに。

 ここでランの傍を飛んでいた案内鳥が方向を変えた。


『僕、行かなきゃ』

「新しい魂か?」

『うん。でもかなりのおじいさんだ。ずいぶん遠くに落ちたし、キミ達と合流はできないだろう』

「そうか……」


 飛び去る案内鳥を見てシキがぼやいた。


「ご主人達は案内人を味方に付けてたのか。そりゃこっちの情報が筒抜けになる訳だよ。使えるものは何でも使う主義か?」

「そうだと言いたいところだが、案内人の方から協力してくれている」

「へぇ、おモテになることで」


 そういう軽い話じゃないんだが。鳥の扱いに対してはシキにも伝えておかなければならないな。


「これは冗談抜きの頼みになるが、あまり案内人を使おうと考えないでくれ」

「何で?」

「あいつは地獄では、全ての魂に対して公平な立場でなければならないんだ。俺達だけを贔屓ひいきすることは禁止行為に当たる」

「規則が有るのか。もし破ったらどうなる?」

「統治者によって、存在そのものを抹消される」

「……! そいつはエグイな」

「ミユウも同じ規則の下で動いている。だから身を守る以外で戦いには参加しない」

「ああ、そういえばそんなことを言っていたな……」


 シキは、トモハルと共にアオイを支えるミユウを見やった。


「あいつは結局何なんだ? 人間に見えるが別の何かなのか?」

「俺にも判らない」


 俺達の声が届いていたようで、ミユウが答えた。


「人間ですわよ。二回死んで、現在は地獄の住人となりましたが」

「二回死んだ……?」

「ええ。草薙クサナギヨウイチというジジイに殺されましたの。二回とも」

草薙クサナギヨウイチ氏だって!?」


 これまで黙っていたイサハヤ殿が驚きの声を上げた。草薙クサナギヨウイチとは生前は州央スオウの英雄、そして地獄に落ちた今は最強の管理人となった人物だ。


「どういうことだ?」

「言葉の通りですの。現世で一度、地獄で一度、計二回あの糞ジジイに殺されたのですわ」

「現世で……? しかしヨウイチ氏が事故で亡くなったのは六十年近く前の話だ」

「ええ。その前の戦争でジジイとエンカウントしましたの。わたくしは当時、イザーカ国軍に所属する兵士でした。中隊長でしたわ。船からミユウ平原に上陸したところを、ジジイの騎馬隊にやられましたの。今思い出しても忌々しい老人ですわね」

「まさか……戦争と言うのは、ミユウの連合戦か?」

「存じません。わたくしが戦死した後に名付けられた呼称ですもの」

「地獄で殺されたというのは?」

「それは申し上げられません。地獄に関する情報開示はとてもデリケートなんですの」


 ここまで話しておいて勿体付けるのか。しかし彼はとても重要な事柄を話した。


「死んでも、おまえのように地獄で存在し続けることができるのか?」


 それならば管理人の仮面を壊して生命エネルギーの供給を止めても、父さんは消えなくて済むかもしれない。

 期待を持って俺は質問したが、ミユウは首を左右に振った。


「……普通は、無理ですわ。魂は地獄の第一階層に留まる限り、少しずつ摩耗まもうしていきますから。戦ったり激しく感情が揺さぶられた時に、魂は削れてしまうんですの」

「以前案内人に聞いたことがある。魂は削れて、そこから新たな生命体が生まれるって。ヨモギがそうだったって」

「え? あの狼が!?」

「うん。おまえが拾った猫もそうだ。獣だけじゃない、第一階層を覆う草や木といった生命体はみんな、魂の欠片かけらから生じたんだそうだ」


 シキが足元を見た。彼の靴が踏み付けている草や虫、それらが元は人の魂だったと知り複雑な表情となった。


「知らない間に少しずつ魂は削れていきます。地獄で半年も過ごせば魂はズタボロですわ。たとえ現世の肉体が無事だとしても魂は死んだ状態……、寝たきりで目覚めない植物人間となってしまうのです」

「そんな……」


 既に地獄で一ヶ月以上過ごしているアオイが蒼ざめた。


「だが五年前に死んだ父さんは地獄でずっと管理人をやっている。地獄時間は現世時間の六十倍だから、三百年間も魂を保っているじゃないか!」

「仮面が守っているからです」

「あの仮面にはそんな効果も有るのか……?」

「ええ、神器ですもの。ですが仮面の無いあなた方は裸の状態です。できるだけ早く現世へ戻ることをお勧めしますわ」

「しかし」


 イサハヤ殿がミユウを見据えた。


「それならば何故おまえは存在している? おまえにも仮面は無い」


 ミユウは少し考える素振りをしたが、答えた。


「そのことについては秘密事項なのですが、あるじ様ご自身が以前触れた話題ですから、ちょっとだけお話ししましょう」


 ミユウは視線を俺に合わせた。


「地獄と相性の良い魂というものが有るんですわ。皆様も傷を回復したり破れた衣服を直したりできますでしょう? その能力が非常に強い魂がまれに出現するんです」

「おまえがそうだというのか?」

「そうですわ。わたくしも魂は摩耗致します。ですがすぐにまた造り治せますの。わたくしのような者は、地獄で半永久的に活動することが可能なんです。地獄に選ばれた魂とでも申しましょうか」


 選ばれた魂……。まさか、統治者に相性が良いと言われた俺とミズキもそうなのか?


「ミユウ、俺とミズキは……」

「エナミ、知らずに済むのならそのままでいなさい」


 被せるように俺の発言は止められた。


「古今東西、権力者は不老不死の手段を探そうとするものですが……。長く存在することが、幸せなこととは限りませんのよ?」


 いつもはふざけた態度のミユウが真剣な眼差しをしていた。だから俺はそれ以上聞けなかった。

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