アオイの変化

 シキは胸の上にサクラと名付けた猫を乗せて眠りについた。時々うーんうーんとうなされていた。胸が圧迫されると怖い夢を見るんだよな。俺もガキの頃の昼寝で、寝相の悪いセイヤの腕を乗せて悪夢に苦しんだことが何度か有る。着物姿で髪の毛が伸びる人形に囲まれる夢が一番怖かった。

 サクラを降ろしてやろうかと思ったんだんだが、この猫ときたら忍びのシキ以上に気配に敏感で、俺が抱こうとする度にシャーッと威嚇いかくしやがる。仕方が無いので放っておいた。


「エナミ、見張りの交代よ」


 アオイが俺に近付いて来た。


「アオイさんが交代役なんですか? 今日は休んでいた方がいいですよ!」

「さっきまで寝ていて、流石にもう回復したわよ。だから私から連隊長に言ったの」


 三時間きっちり休んだのか。なら大丈夫かな……?


「だからエナミ、あんたも好きにしなさいな」

「……………………」


 俺の見張りが終わったのなら、ミズキだって自由時間に入ったはずだ。彼と話すチャンスだ。でも、俺の考えはまだまとまっていなかった。


「どうかしたの?」

「あ……、ちょっと悩んでいることが有って……」

「何だ、私で良ければ相談に乗るよ?」


 そう言ってアオイは笑顔で俺の隣に腰を下ろした。そういえば彼女は長女で、非常に面倒見が良い人だとモリヤが言っていた。

 アオイに相談してみるか? 彼女は恋愛事にうとそうだが、だからこそ兵士の中で一番擦れていない感じがする。俺と感覚が似ているかもしれない。


「実は俺……、気になる人が居るんです」


 俺は意を決して打ち明けた。


「その人のことを考えると胸が苦しくなるんです。でも相手は俺と同じ男で……。だから、どうしていいのか分からないんです」

「ミズキのこと?」

「ふわっ!?」


 言い当てられて思わず高い声が出た。


「知って……気付いていたんですか?」

「もしかして、って思ってたの。あんたとミズキは、あんたとセイヤとは少し違うなって」


 アオイは自分のことに対しては鈍いのに、周囲のことはよく見ているんだな。


「ミズキの気持ちは判っているの?」

「……俺を好きだと言ってくれました。ハッキリ恋をしていると。それで……くちづけされました」

「わ」


 アオイは頬を染めた。こういうところは純情だ。


「エナミはその時……どう思った? 嫌だった?」


 あの瞬間を思い出して俺の頬も熱を持った。


「嫌じゃなかったんです……。一方的に、俺の気持ちを確かめずに行動したことに対しては腹が立ちましたが」

「そっか……」

「それにミズキに抱きしめてもらうことは好きなんです……。くちづけの前も、後も……」


 俺は顔全体が火照ほてった。アオイも耳まで赤くなっている。


「エナミもミズキに恋をしているのね?」

「っ…………」


 ああ、そうなんだ。気持ちを誤魔化さずにもう認めよう。俺はミズキが好きなんだ。

 俺はアオイに頷いた。


「なら自分に正直になりなさい。男同士だからって何よ。周りが何か言って来ても気にすんな。私一人ででもあんた達を祝福してあげるから!」


 おお……。


「アオイさんは同性同士の恋愛に偏見が無いんですか? 桜里オウリと違って、州央スオウでは同性婚は認められていないんでしょう?」


 今朝仕入れた知識だ。


「結婚までは駄目だけど、同性同士で付き合っている人達は居るよ? そういう恋愛を取り扱った小説は本屋で人気だし」

「マヒトに聞きました。本当にそいういった書物が存在するんですね」

「うん。読むとけっこうドキドキするのよ? 私も一時期ハマったの」

「あ、それ俺も読んだこと有るわ。ノエミが持ってた。けっこうハードな内容だったぞ?」


 寝ていたはずのシキが会話に参加して来た。


「おまえ起きていたのか!?」

「忍び舐めんな。人が近付いたら気配で起きるわ」

「それにしてもそんな本を読んでるなんて、みんな進んでるんだな……」

「内緒だけどな、桜里オウリと仲が良かった頃は、真木マキ連隊長と上月コウヅキ司令をモデルにした本が出回っていたんだぞ? 国と性別を越えた大恋愛物語だ」

「えええええ!?」

「何それ知らない! 知ってたら私も買ってたのに!!」

「ちょ、アオイさん……」


 頭が痛くなってきた。


「何でイサハヤ殿とマサオミ様のお二人が……」

「そりゃ両軍で大人気の二人だからなぁ。イケメンだし。素材として抜群だろ? 兵団の追っ掛けやってる女は多いからな」

「私は桜里オウリと同盟関係を結んでいた頃はお針子やってて、兵団関係に疎かったのよね……。その時お二人を知ってたら絶対に読んだのに!」


 アオイは本気で悔しそうにしている。マヒトの村のリリカさん、彼女はきっと熟読したな。


「それはそうとして大将のお二人は、自分達がモデルになった本の存在をご存知なのかな……?」

「知らんだろう。上流の方々が行く立派な書店にはそんな本置けないさ」

「そうね。庶民の間の隠れた文化よね」


 良かった。マサオミ様が知ったら何人もの血が流れるところだった。


「そういった本というか文化に触れて来たから、アオイさんは同性同士の恋愛に免疫が有るんですね?」

「それも有るけど……、モリヤに言われたから」

「モリヤさん……ですか?」

「うん。あいつ、幸せの形は人それぞれだって」


 俺も胸を打たれた言葉だった。


「言っていましたね。形に囚われないでって」

「私さ、あれからモリヤの言ったことを何度も考えたのよ。その通りだよね、幸せの基準は人それぞれ。だから私、もっと視野を広げてみようって思ったの」


 アオイの瞳は真っ直ぐ前を向いていた。一点の曇りも無い。


「トモハルさんに言ってましたね。無理をしてでも幸せになってやるって」

「そうよ。だからあんたも幸せになる為に前へ進みなさい。何もしないで後悔するなんて勿体無いわよ。もし駄目だったら愚痴に付き合って慰めてあげるから、ドーンと行っておいで!」

「俺も慰めてやるぞ、ご主人」

「あんたが言うと何か卑猥ひわいね」

「言うねお嬢さん」

「戦闘で私を真っ先に狙ったこと、忘れてないからね」

「ワリィ」

「獅子にも狙われるし……。私弱いつもりは無いんだけどなぁ。現世でも地獄でも桜里オウリ兵を討ち取って生き延びてきたんだし」

「アオイさんは隊の中で一番長く地獄に居るんですもんね。一ヶ月ともうすぐ十日ですか」

「えっ、お嬢さん凄いじゃん」

「それでも私のこと、弱いって思ってるでしょ?」

「仕方がねぇよ。お嬢さんは外見が可愛いから」


 シキの軽口にアオイは更に顔を赤くした。エロい目で見るなと言っただろーがシキ。


「ちょっと、馬鹿にしないでよ! 私は兵士なんだから!!」

「その前に一人の女だろーが」

「う……。そうだけどさ」

「ご主人にいろいろ助言してるけどさ、お嬢さん自身には気になっている奴とか居ねーのか?」


 アオイがハッとした表情になった。もしや彼女にも胸に秘めた相手が居るのだろうか。

 モリヤ……とは仲が良かったが、姉弟みたいだったよな。では別の誰かなのか……?


「……居るみたいだな。なら行動起こしな。何もしないで後悔するのは勿体無いんだろ?」

「………………」


 アオイの瞳が揺れていた。これで判った。彼女も誰かに恋をしている。


「ドーンと行ってきな。駄目だったら俺とご主人とで慰めてやるから」

「……やっぱりあんたが言うと、卑猥」

「ははははっ」


 アオイは意中の相手に想いを伝えるのだろうか。そうしたらいい。この世界では簡単に大切な人が居なくなる。モリヤさんのように。

 今会えるのなら、相手が存在しているのなら恐れずぶつかるべきなんだ。俺も。


(ミズキ……)


 俺は覚悟を決めた。

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