ただ、恋しくて(一)

「俺、ミズキと話して来ます」

「よし頑張れ! 上手くいくように祈ってる」


 アオイが俺の背中をバンと叩いて気合を注入した。サッパリしたいい人だ。後輩に好かれるのも頷ける。


「ミズキの見張りは北東だったよね。まだ北側に居るんじゃない?」

「はい。行って来ます」


 立ち上がった俺にシキが追随ついずいした。


「捜すの手伝ってやるよ。安心しな、見付けたら二人だけにしてやるから」

「にゃー」


 シキの腕からサクラが飛び降りた。


「なーご。なー、なー」


 茶色いトラ猫は一度俺達を振り返り、そして北方面に向かって短い脚でトテトテと歩き出した。まるで付いて来いと言わんばかりに。

 俺とシキは顔を見合わせた後、サクラの後を追った。

 サクラは迷路状態の小丘群を、とある一点へ向かって進んでいった。


「あ……」


 驚いた。サクラが行き着いた先にはミズキが居た。


「にゃ」


 得意気なサクラの表情から、これが偶然では無いと判った。サクラは人を捜す能力に長けているらしい。猫は犬ほど鼻は利かないはずなんだが。


「エナミ……」


 ミズキは俺を見て、明らかに困ったなという顔をした。傷付くぞ。ちょっと前まではよく一緒に行動していたのに。


「じゃあな、ご主人」

「待てシキ、トラジと何所へ行く?」

 

 猫を抱きかかえて去ろうとするシキをミズキが止めた。


「トラジじゃない。こいつの名前はサクラに決定した」

「何故茶トラに桃色の名を付けた」

「ヨモギを名付けたおまえ達に色について批判する権利は無い。ヨモギと釣り合うように、茶菓子関連で桜餅から取った」

「それならいい」


 ミズキとシキのやり取りを聞いて俺は気持ちがいた。そんな不毛な会話はどうでもいいんだよ。


「ミズキ、あんたに話が有る」


 切り出した俺と、ミズキは目を合わせようとしなかった。


「……分かった、話してくれ」


 ミズキが承諾したので、再びシキが去ろうとしたのだが、


「待てシキ、おまえもここに残れ。おまえはエナミを守る犬だろう? 主人の傍から離れるな!」


 またもやミズキが止めた。


「あのな、ご主人はあんたと二人きりで込み入った話がしたいんだよ。俺は少し離れるだけだ。何か遭ったら駆け付けるさ」

「……………………」


 そんなに二人きりになるのが嫌なのか。この時点で俺は既に泣きそうなんだが。


「もうすぐ日が暮れる。今日はもう大将さん達も行動を起こさないだろ。焦らずゆっくり、気の済むまで話し合うんだぞ?」


 俺にささやいてから今度こそシキは去った。

 二人だけになった途端、ミズキは俺に背を向けた。


「……話が有るなら、手短に頼む」


 向き合うつもりすらないのか。俺は腹を立てた。


「こっちを見ろよ」


 ミズキの腕を掴んで俺の方を向かせようとしたのだが、


「俺に触れるな!」


 一喝されて俺は手を引っ込めた。


「そんなに……? そんなに俺と居るのが嫌なのか……?」


 ここまで拒絶されると目の前が暗くなる。シキは別の可能性を提示してくれたが、やっぱりミズキは冷静になって、恋愛は男同士でするものではないと考えを改めたんじゃないのか?


「俺のこと……気持ち悪くなったか?」


 泣かないように堪えるのが精一杯だった。


「それならあんたから離れる。でも……頼むよ、ハッキリ言葉にしてくれ。何も言われずに避けられるのはキツイ……」

「ごめん」


 違う。欲しいのは謝罪の言葉じゃない。


「俺が知りたいのは、ミズキが俺をどう思っているかということだ。あんたは勇気を出して俺を好きだと言ってくれたじゃないか。今はもう、俺を見ることすら嫌なのか?」


 後ろ姿のミズキからは感情が窺い知れない。だから余計に不安になった。

 ついに俺の瞳から涙がこぼれた。


「こんな状態のまま……戦いになんて出られない」

「エナミ……泣いているのか!?」


 俺の震える声にミズキは気付いた。


「さあな。気になるならこっち向いて確かめてみろよ」

「……見れないんだ」

「何で!?」

「おまえを見たら……、おまえに対する気持ちが溢れてしまう」


 俺への気持ち?


「それは何だよ? ちゃんと言葉にしてくれ」

「……………………」

「好きか嫌いか言うだけだろ! 蛇の生殺し状態はやめてくれ!」

「好きだ!!」


 ミズキは声を絞り出すように叫んだ。


「俺の気持ちは変わらない! エナミ、おまえが好きだ!!」

「!………」


 救われた。ただそれだけだった。嫌われていなかったのだ。


「なら、どうして俺を避ける?」

「言っただろう、気持ちを抑えられなくなるんだ」

「好きだという気持ちは良いことだろう? 抑える必要が有るのか?」

「エナミおまえは……、おまえは純粋だからそう思うんだ」

「?」

「俺は……、おまえの身体を滅茶苦茶にしたいという衝動に襲われる」

「!?」


 それはつまり……、シキの推察が当たっていたということか?

 

「ミズキは俺と……その」


 火照ほてりが復活した。顔だけではなく身体も熱い。


「恋人同士や夫婦がやる……、そういった行為をしたいと思っているのか?」


 聞く側と聞かれる側、どちらがより恥ずかしいんだろう。


「……そうだ」


 ミズキに肯定されて心臓の鼓動が一気に早まった。


「でもエナミがそこまで望んでいないことは解っている。だから手は出さないと決めているのに、おまえと居ると理性が飛んでしまうんだ。初めてのくちづけの時もそうだった」


 脚も震えて来た。天女のように美しいミズキ。だけれど男なんだと改めて思い知らされた。


「これ以上おまえを傷付けたくない。俺達は二人きりにならない方がいいんだ」


 俺だって男のくせに、男のミズキを怖いと思った。でも同時に、強く求められて喜んでいる自分も居た。


「エナミ、他の誰かの元へ行け」


 そう言ってミズキは歩き去ろうとした。ああもう、こいつは!

 俺は背中からミズキに抱き付いた。そして怒鳴った。


「一人で勝手に決めるな!」

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