ただ、恋しくて(二)

「エナミ……!?」


 俺と密着したミズキは、身体を一度ビクンと大きく震わせた。


「駄目だエナミ、離れるんだ!」

「嫌だ!!」


 俺は駄々っ子のように返した。


「あんたはいつもそうだ! 自分の気持ちを押し付けてばかり!」

「……悪いと思っている。だからこそ、おまえと距離を置こうとしているんだ」

「そこが違うんだって! 俺の気持ちをいつも無視して結論を出すから怒ってるんだ!」


 俺はミズキの背中に頭を埋めた。


「ちゃんと確かめろよ。俺の気持ちを聞いてくれよ……」

「エナミ……」


 今ミズキは困惑しているのだろう。

 彼の考えを理解できず俺はずっと不安だった。彼だってそうなんだ。俺が何を考えているのか解らないのだ。

 だからちゃんと言わなければ。言葉にしなければ。


「俺は、あんたとそういう関係になってもいいと思っている」

「えっ……?」


 熱で頭がぼうっとした。背中越しなのがむしろ幸いした。ミズキの顔を見ながらだと緊張で舌がもつれてしまっていただろう。

 俺は深呼吸をして脳に新鮮な空気を送り込んだ。大丈夫だ、正直になればいいだけだ。


「俺も、ミズキに恋をしている」

「!?…………」


 言った。

 俺が震え、ミズキも震えた。

 想いを伝えるって何て難しい挑戦なんだろう。


「エナミ……」

「俺達は両想いなんだ。恋人同士なら、そういう関係になるのは自然のことだろう?」


 これじゃあ、俺の方からしようって誘っているようなものだな。でもいいんだ、その覚悟で来た。 

 ミズキは少しの間沈黙した。俺は背中にしがみ付いたまま、目をギュッとつむって彼の次の言葉を待った。


「……エナミ、本気で言っているのか?」

「こんなこと冗談で言えるもんか」

「だが震えている。怖いのだろう?」

「初めてなんだから当然だ。あんただって」

「俺のこの震えは恐怖から来るものではない」

「!」


 彼の性衝動を目の当たりにして俺の脚はすくんでしまった。俺が一度受け入れたら、きっと彼は途中で止まれなくなるだろう。

 怖いさ。だけどミズキに去られることはもっと怖い。この気持ちを無かったことにはもうできない。


「俺は生きて現世へ戻る。ミズキのことだって死なせない。それでも、この世界では人は簡単に死んでしまうんだ」

「……………………」

「マヒトだってモリヤだって生きたかったはずだ。それでも、彼らに明日は来なかった」


 ミズキの身体に回す腕に意識せず力が入った。


「俺は後悔したくない。今の自分の気持ちを大切にしたい。怖いけど……でも……」


 言うんだ。勇気を出せ。


「俺はミズキ、あんたの温もりが欲しいんだ」


 その瞬間、ミズキは俺の腕を外して振り返った。

 彼の顔を久し振りに真正面から見た気がする。そんな感想を持つ暇も許されないほどに性急に、ミズキは俺の唇を奪った。

 熱い。二人の熱が交わった。

 そして彼は抱きかかえる形で、地面へ俺を押し倒した。ミズキは解放されたのだ。


「エナミっ……」


 切ない声でミズキは俺の名を呼んだ。彼を愛おしいと思った瞬間、涙が頬を伝った。不安や恐怖で流れた涙ではない。自分の中に生まれた強い想いに感動したのだ。

 俺はミズキが好きだ。世界中の誰よりも。この先何が遭っても、彼を愛したことを後悔しない。


 俺は瞼を閉じて、自分の全てを彼に許した。



☆☆☆



 月が寝転ぶ二人を照らしていた。

 雲が多い地獄では月を見られる日が少ない。以前にも綺麗な月が出ていた晩が有ったが、その時もミズキと月見をしたんだったな。

 俺の隣にはミズキが居る。明日も明後日も、これがあたりまえの日々になることを切に願った。


「エナミ……」


 額のはちがねと髪紐かみひもを外して、髪を下ろしたミズキは普段と印象が違っていた。彼がくつろぐこの姿は俺だけが独占したい。


「身体はつらくないか?」


 ミズキに問われて、照れながら俺は頷いた。


「エナミ、月が綺麗だぞ……」


 ミズキは目を細めて笑った。


「前にも綺麗な月をおまえと見たな。また一緒に見たいと思っていたんだ」


 ああ、ミズキも同じように感じていてくれたのか。


「俺もだ。またあんたと月見ができて嬉しい。これからもずっと、こうして二人で同じ景色を見たい」

「そうなるさ」


 ミズキは俺を抱き寄せようとして一旦止まった。ん? 俺はミズキの目線の先を追ってたまげた。


「とっ、トモハルさん!?」


 北側にトモハルが居て、俺達を見ながら呆然と佇んでいた。何でいっつもいっつもコイツは間が悪いんだ!

 いや、小丘群はみんなのものだ。共有スペースでイチャコラしていた俺達が悪いんだよな。


「見張り番お疲れ様」


 ミズキが金縛りにあっていたトモハルに声を掛けた。そうか、彼は北東の見張りをやっていて今終わったところか。

 って、そんなことはどうでもいい! ミズキは何とか大丈夫だが、俺は、今の俺は人前に出てもいい姿じゃない!!

 あわあわしながら散らばっていた衣服をかき集めて身に着ける俺を、ミズキは今度こそ抱き寄せた。トモハルに見せ付けるように。おーい。

 そして彼は片手をトモハルへ振った。


「おやすみ」

「あ、ああ、おやすみ二人とも……」


 トモハルはぎこちない動きでその場を去っていった。気を遣わせてすまない前髪ビョーン。


「ミズキ!」

「何だ?」

「何であんたは平然としていられるんだ? 見られたぞ!?」


 ちょっと前までは俺以上に照れ屋で、トモハル曰く恥じらう乙女だったくせに。見せ付けるとは何事だ。


「恋人同士の自然な行為だ。堂々としていろ」


 そう言ってミズキはクスクス笑った。ええ? 今度は俺が呆然とする番だった。

 あれか? 経験済みになって自信を持って調子に乗っちゃったか? そうなのか? こら。人間は謙虚さを失ってはいけないと俺の父さんが言っていたぞ?


「明日みんなにからかわれるかもしれないぞ? 主にミユウに」

「構わない。何を言われても俺は動じない。自信が付いたからな」


 あ、やっぱり。


「自信って、あんた……」

「おまえに愛されているという自信を持てたんだ。何を恐れる?」

「!…………」


 こいつってば。また殺し文句をサラッと言ったよ。激しく感情が揺さぶられた時も魂は削れるってミユウが言ってたぞ? 愛の囁きがまさに殺し文句になるんだぞ? ばーかばーか。


「俺を愛しているだろう? エナミ」

「う……」

「言ってくれ」


 悪戯っ子のようにミズキがせがんだ。


「愛……してる」


 素直になると決めたから。でも埋まりたいほど恥ずかしいぃ。

 ミズキは微笑んで、きっと真っ赤になっている俺にくちづけをした。

 俺達は長く特別な夜を過ごし、そして共に眠りに落ちた。




■■■■■■

(いったーーーー!!!! ミズキくんエナミくんおめでとうイラストは↓↓からどうぞ)

https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16817330666226875300

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