急に訪れた別れ(一)
ヒュンッ。
俺が放つ前に、後方から別の矢が飛んで来てノエミの上半身に刺さった。
「か……はっ!」
仲間の中で俺以外に弓を扱える奴と言えば……、やはりおまえか。振り返った俺は弓を構えたセイヤを確認した。
とどめを刺さずに遊んでいる俺を止める為か? だが見ろ、精密射撃が苦手なおまえの矢は急所を外れて、ノエミの鎖骨の僅か下に刺さっているぞ。あれでは死ねない。俺の手助けをしたようなものだ。
しかしそのセイヤの横で、今度はマヒトが幅広短刀を投げる姿勢を取っていた。
「待て、マヒ……」
俺が止める間も無く、マヒトが投げた短刀はノエミの心臓に深く突き刺さった。
「っ……」
声を立てずにノエミは仰向けに倒れ、そして絶命した。
「おいおい……」
待てよ、勝手に死ぬんじゃない。これからだったのに。
黒いモヤに包まれていくノエミを見ながら、俺は
「簡単に死なせてしまったじゃないか! セイヤもマヒト何してくれるんだよ!?」
セイヤは蒼ざめるばかりだったが、マヒトが言い返して来た。
「何やってんだはおまえの方だろーが! おまえ今何してた!?」
「………………。敵の尋問だ」
「噓吐け! 相手の言葉を聞く気なんて無かっただろーが! 痛みを与えて遊んでただけだ!!」
俺はムッとした。マヒトに向き直った。彼は何故か大量の汗をかいていた。
「家族を殺した相手に制裁を加えることの何が悪い? おまえには身内を殺された経験が無いから解らないんだ」
「ああ解らねーよ、父ちゃんも母ちゃんも生きてるからな! でもな、おまえがやったことが正しくないってことなら解る!」
「正しさってなんだよ?」
「俺は軍に入った時に習ったぞ! 相手のソンゲンを傷付けるような殺し方はするなって! それと生命イジが困難にならない限りは、決して略奪行為をするなって!」
俺は即座に反論したかったが、上手い言葉がすぐには出て来ず、しばし黙ってしまった。
父さんにも言われていた。狩る獲物はできるだけ、与える苦痛を少なく殺せと。それが命に対する礼儀だと。
でも、人間相手になると狩りとは違う。どうしても憎しみや悲しみの感情が前に出てしまう。
「……綺麗ごとだ。尋問の時には痛みで相手を従わせるし、行軍すればどこかの村で必ず略奪が行われる」
吐き捨てた俺に、マヒトは悲しそうに言った。
「エナミは、俺のことを助けてくれたじゃんか……」
マヒトの声のトーンが変わった。弱々しい。
「覚えてるか、俺が管理人に脚を
マヒトがマホ様に襲われていた時のことか。ミズキと二人で助けに入ったんだったな。
「……おまえとシキ達は違う。あいつらは家族の仇なんだ」
「あいつらを許せなんて……言わねーよ。あいつらはやり過ぎた。
何だ? マヒトは酷くつらそうに見えた。心情的な部分だけではなく、身体的にも。
「マヒト、おまえどうかしたのか?」
マヒトは笑った。
「……本当のおまえは、人の心配ができるイイ奴だ。俺の……初めての友だ…………」
言い掛けて、マヒトの動きが一時止まった。
「マヒト?」
呼び掛けに彼は応じなかった。もう一度名前を呼ぼうとしたその時、マヒトはその場に倒れ込んだ。
「マヒト!?」
俺よりも先に、アオイとモリヤがマヒトに駆け寄った。
「こいつ凄い熱ですよ!?」
「ちょっとマヒト、あなた何処かやられたの!?」
「う……ぐ…………」
見たところマヒトに傷は無い。軍服だって破れていない。しかし彼は苦悶の表情を浮かべて倒れたままだ。
「……あ!」
俺には一つ心当りが有った。
「マヒト、ランを庇う時にノエミに針を投げられていた。あれが刺さっていたんじゃ……?」
俺の言葉を聞いたイサハヤ殿が、大声で指示を出した。
「二人共、マヒトの衣服を剝ぎ取れ!」
すぐさまアオイとモリヤがマヒトの軍服を脱がしに掛かった。上半身脱がせたところで、アオイが悲鳴を上げた。
「何よ、これ! どうしてこんなことになっちゃったのよ!?」
マヒトの背中の数ヶ所がコブのように盛り上がり、赤紫色に変色していた。
「毒を受けたんだ……」
「毒!?」
俺はノエミが倒れた辺りを振り返った。奴の身体も魂も、とっくにこの第一階層から消えていた。
「ノエミは死にました! あいつの武器も消えたはずでしょう!? 針が消えたんなら塗ってあった毒だって!」
俺の主張をミユウが首を振って否定した。
「攻撃して来た相手や武器が消えても、受けたダメージは残りますの。魂に刻まれた傷は、本人自身が休んで治すしか無いんです……」
「治すって、でも……」
「どうすればいいですか!? 腫れた部分を切り取ればいいんですか!?」
マサオミ様が絶望的な見解を述べた。
「……無駄だ。ノエミが死ぬよりも先に、毒が全身に回ってしまったんだろう。毒のせいでマヒトの身体の機能はきっとズタボロにされた。回復の速さが追いつかないんだ」
「そんな!」
「馬鹿! マヒトの馬鹿! 何で早く処置しなかったのよぉ!!」
早く処置していたとしても間に合ったかどうか。針が刺さった場所が悪かった。イサハヤ殿のように腕ならまだしも、マヒトは背中。重要な臓器のすぐ裏側だ。
「…………ヒッ。……ヒッ、ヒッ」
うつ伏せのマヒトの身体が大きく揺れ出した。
イサハヤ殿が鎧の懐部分から小刀を抜き出した。あれによく似たものを俺は見たことが有った。ミズキが持っていた、瀕死の味方にとどめを刺す小刀だ。
イサハヤ殿は屈んで、マヒトの首筋に小刀を当てた。
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(闇落ちエナミと説得するマヒトは、↓↓クリックで見られます)
https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16817330662792317598
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