卑怯者の罠(三)

「はい……?」


 ノエミは号令を出したマサオミ様を睨んだ。


「大将さん、あんた状況解ってる? この子の指を落としてもいいんだね?」

「やってみろ! 次の瞬間テメェの四肢を切り離してやる!!」


 マサオミ様の気迫にノエミは押された。


「こ、この子が痛い思いをしてもいいって言うんだね?」

「聞け、屑が! 俺にはな、一人でも多くの部下を生かして連れ帰るという責任が有るんだよ! その子を犠牲にすることが罪となるなら俺が背負う! 地獄の最下層にだって行ってやるよ!!」


 ……弓を持つ俺の指に力が戻って来た。アオイとモリヤも一度置いた槍を拾った。


「くっ……、この! 本当にやってやる! あんたのせいだからね、畜生!!」


 ノエミはランの手を取った。しかし頭上を旋回していた案内鳥が急降下して、黒い翼でノエミの視界をさえぎった。


「あの馬鹿!」


 素の男の声でミユウが呟くのを聞きながら、俺はノエミに速射した。鳥に当てないように狙いを下げた矢は、ノエミの右太股に突き刺さった。


「あぅっ!?」


 よろけたノエミからランが離れた。ランは近くに居たマヒトの元へ走った。


「このぉっ、邪魔だよ!」


 ノエミは短刀で鳥を薙ぎ払った。何十枚もの羽が、黒い血が噴き出したかのように切り取られた。そしてノエミはランに暗器である針を投げ付けたが、マヒトがランを覆うように抱きしめて彼女を守った。


「キエェェェイ!」


 気合と共にトモハルが石灰岩から飛び出して、近付いていたシキ隊の中年剣士に斬り掛かった。下品な笑いを漏らしたあいつだ。


「うおっ!?」


 中年剣士は咄嗟に自分の刀を前に出してトモハルの刀を受けたが、勢いの付いていた攻撃を止め切れずに後ろへよろめいた。

 そこへ狙いすましたかのようにミズキの双刀が襲い掛かり、男の右腕と脇腹の肉を裂いた。


「くふっ……」


 その場に両膝を付いた男の首を、トモハルの太刀が一撃で刎ねた。

 奇襲を受けてあっという間に部下の一人を失ったシキは舌打ちをした。


「撤退だ!」


 煙玉を投げて奴らはまた逃走を図った。トモハルとミズキが追い掛けようとしたが、射手が見えない中で数本の矢を威嚇射撃として放ち、追跡を阻んだ。


「ラン!」

「セイヤおにいちゃん!!」


 ランはマヒトに守られて無傷で済んだようだ。迎えに来たセイヤに抱き付いた。


「ごめんな、怖い思いをさせてごめんな!!」

「ふっ……、ふえぇぇーん」


 恐怖から解放されたランは大声で泣いた。


「もう大丈夫、大丈夫だから!!」


 一方ではミユウが案内鳥に詰め寄っていた。


「ちょっとあなた、何をやったか解ってらっしゃる!? 死に急いでますの!?」

『……翼を少し切られただけだから大丈夫、死ぬ怪我じゃないよ』

「目に見える傷のことを言ってるんじゃないですわ! わたくし達には積極的な手助けをするなという、重い規則が有ることをお忘れ!? 存在自体を消されたいんですの!?」

『でも……僕は……』

「今回のことを主様あるじさまがどう判断するか……」


 結果としては、今日もシキを取り逃がしてしまった。だが隊の男を一人仕留めたし、それに……。

 俺は歩を進めて、ノエミの二メートル先まで近付いて彼女を見下ろした。

 俺の矢を脚に受けたノエミは地面にへたり込んでいた。煙はここまで届いていないので、悔しそうな表情がハッキリ見えた。


「……無様だな、危険を冒して潜入したというのに、隊長はおまえを見捨てて逃げて行ったぞ?」


 俺の皮肉をノエミは聞き流した。


「あれだけのことをしたんだ。もう言い訳は効かない。おまえは確実に殺される」


 この脅し文句にもノエミは動じずに、俺を冷ややかに睨むだけだった。そういう風に訓練されているのか?

 ……つまらないな。

 泣きわめいて命乞いをしてみろよ。俺の母さんみたいに。

 その時気付いた、ノエミの右手の妙な動きに。ああ、こいつ服の裏地に隠してある針を取り出す気だ。次は接近戦が苦手な射手の俺を人質にするつもりか? 舐めるなよ糞女が。


「はぁっ……!」


 ノエミがくぐもった悲鳴を漏らした。俺が放った矢で、右手中指が飛ばされたからだ。

 彼女は切断された指を左手で押さえようとした。が、今度は左手の人差し指と中指が同時に飛んだ。


「あああああっ!?」


 良い声だ。ようやくノエミは怯えた瞳で俺を見た。良い表情だ。


「ま、待って……、私はシキ隊長の命令に従っただけなのよ」


 俺は新しい矢を弦につがえた。


「待って、待って、お願い!!」

「……もしおまえが、貴重な情報を持っているのなら楽に殺してやるぞ? 十数えるうちに話せ。できなければ長く苦しむことになる」


 俺の台詞を聞いたノエミの顔は傑作だった。自分がやったことをやり返されたんだからな。


「数えるぞ。いーち、にーい」

「ちょっとエナミ、悪趣味よ? こんなことで遊ぶのはやめなさい!」


 アオイが余計な口を挟んで来たが、俺は無視して続けた。


「さーん、しーい」

「よせよ、エナミ……」


 セイヤの声も聞こえた。横目で窺うと、離れた所に居た仲間達が全員揃っていた。一様に呆然とした表情で俺を見ている。


「ごーお……」


 ここでノエミが服の胸元から何やら取り出した。とても小さいソレを、奴は自分の口へ運ぼうとした。俺は手の甲を射貫いて止めた。


「うあぁぁ!」


 うめいたノエミの手から丸薬が転げ落ちた。毒をあおって自害するつもりだったな。


「女だからって簡単に死ねると思うなよ? 俺の母さんだって、散々いたぶられて殺されたんだ」

「あ、あの件には、私は関与してない……。当時は訓練生だったの、あの話は本当なのよ!」

「そう思って除外してやろうと思ったのに。駄目だわ、おまえら。全員罪の重さが解るように、同じ目に遭わせてやらないと駄目なんだ」

「エナミ、もうやめろ」

「エナミ!」


 仲間達の声が虚しく響いた。

 再度弓を構えた俺を、ノエミが化け物に対峙したかのような目つきで見つめた。

 何故おまえが俺をさげすむ? 化け物は、汚らわしいのはおまえ達の方だろう?

 母さんを殺して父さんも殺し、姉さんを闇に沈めたじゃないか。その償いはキッチリしてもらう。

 ……不愉快な視線だな。そうだ、次はあの目を射貫いてやろう。

 俺は狙いを定めた。

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